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お宮参りならぬ感謝参り

無題

お宮参り

「お宮参り」という言葉を知っている人は多いかと思います。でも、その由来や意味を知らない人も多いのではないでしょうか?

お宮参りとは、我が子の誕生から、男児は31日目、女児は32日目に行う儀礼。子供が生まれて初めて神社(産土神)や仏閣に参拝し、お守りや数珠をいただいて子供の長寿と健康を祈る行事。30日を無事に過ごせた感謝と、これからの成長を願う祝いです。

つまり、簡単に言うと、我が子のこれまでの成長を感謝して、これからの成長を神様に願うという伝統であり、文化です。

伝統を活かしてよりハッピーに!

娘が産まれ、私達の父と母がおじいちゃんおばあちゃんになる。日本の伝統はこうした、血の繋がりである家族が一緒に時間を共にするものが多く、すごく大事だと感じています。このお宮参りも、みんなで集まってご飯を食べて、喜び、そして笑顔を育む。まさに、日本の伝統であり、当たり前のように行われてきました。最近では、少しづつ減ってきてはいると思いますが、お宮参りとして、写真を撮ったり、食事をしたりとしてる人はまだ多いのではないでしょうか?私達家族もそう考えることもありました。しかし、2020年以降、世界を震撼させたコロナ禍もあり、そしてさらに、よりこの伝統、文化をいいものにできないか?と考え、お互いの両親にお宮参りはしないことを告げました。すると、揉めたわけではないのですが、どこか納得いかないというか、寂しいというか、残念というような感じでした。

我が子の成長を願うだけでいいの?

私達夫婦は、妊娠が決まってから、様々な行事を「我が子のために」ではなく、「もっとみんなのために」、「みんなと一緒に笑い合って、一緒にみんなでハッピーを作るための」行事にしていくことを決意し、実践してきました。詳しくは、下記の記事を見てください!

このお宮参りも、我が子の成長を願うためのものであり、もっとみんなと一緒にハッピーを作っていけるものにしていきたいと考えました。

感謝参り

では、一体何ができるのか?妻と娘と何度も話し合いました。お互いの両親も納得し、喜んでくれるものに、そして、もっと多くの夫婦や家族が、笑顔になって、未来がもっとより笑顔になるものにしたい。

そして、私達はこの子が産まれてから32日目から「ありがとうを見つけていく」ということをすることにしました。これが、感謝参りのはじまりです。我が子の成長を願うのではなく、我が子と一緒に、私達が、「今」を生きることができることは、様々な人や生命、そしてモノのおかげだということを日々の生活の中で見つけていくというプロジェクトです!そして、「ありがとう」を見つけ、写真を撮り、その時の想いをコメントに残しておきます。そして、100日目までのありがとうを見つけ、アルバムにして、娘・自分達へ・親へ、そして多くの方々への贈り物にしていきたいと考えました。こちらがその動画です。良かったら見てみてください!

※もし、このアルバムが欲しい方がいたらご連絡ください(笑)

感謝参りをしての気づき

約70日間、妻と娘と毎日欠かすことなく、「今日は何に、ありがとうをしようか?」と話し合い、歩いてきました。最初は、時間を合わせたり、考えたりと大変でしたが、慣れてくると習慣になっていて、楽しかったです。

私たちが一番が感じたことは、この感謝参りは、私達大人のほうがより大きな気づきがあり、やったほうがいいのかもしれないということです。これほどまでに、日々の「ありがとう」を見過ごしてきてしまっていること。これほどまでに、自分達の事しか考えていなかったのかということを気づかせ貰ったのです。

この写真をお互いの両親にも毎日添付しました。そもそも、この感謝参りの第一日目は、お互いの両親ということで、両家集まってZOOMでこの感謝参りの「はじまり」と「感謝」を伝えました。最初は、なんだか、分かったような分からないようなと、いった感じでした。しかし、日が進むにつれて、毎日の「ありがとう」を楽しみにしてくれるようになり、コメントを返してくれるようにもなりました。ある日、父がこんなmailを返してきました。「今でも、なんとか自分の足で立てることに感謝したい」と。当たり前に自分の足で歩いてきた父ですが、今は脳幹出血で杖を突いたり、車いすに乗ることもしばしば。それでも、まだ、自分の足で立つことができるということに感謝をしたいという言葉に、とてつもなく大きなものを貰った気がしています。私達は、気づかぬうちに、便利なことや、楽しい事、生きてること、今出来ていることがすべて当たり前だと勘違いしてしまっているのではないか?すべては、その今を作りだす、様々な「ありがとう」の積み重ねでできているのに。

私達は、子どもが産まれ、「この子のため」にと願い、思い、愛することは決して悪い事ではなく、むしろ素敵なことなのは間違いありません。ただ、この喜びや幸せが当たり前ではなく、沢山の生命やモノのおかげであることを感じながら生きていくことが大事なのではないでしょうか?

むしろ、私達はこうして、我が子のためにという想いが強すぎて、産まれてきたばかりの我が子に、嘘の世界を教えてしまっているのではないでしょうか?

人には迷惑をかけないこと。優しくしなさい。と、我が子に教えている人は多いかと思います。でも、逢いに来てくれた我が子に、その逆の「我が子の幸せ」つまり、私や私達だけの幸せを教えてしまっているのではないでしょうか?このまま、本当にこの伝統や文化を未来に繋げていくことは、未来の笑顔に繋がるのでしょうか?今一度、私たち大人が立ち止まって、みんなで考えて行く必要があるのではないかと感じています。

最後に

と、いろいろと書きましたが、大事なことは、私達家族もまったく出来ていないという事です(笑)だからこそ、多くの皆さんと一緒に、ここからはじめていきたい!そう感じています!日々の毎日を一緒に「ありがとう」を見つけ育みあう家族、そして世界へと!

ぜひ、一緒に「ありがとう」で溢れる世界を目指しませんか?






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