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「夏の夜の夢(真夏の夜の夢)」あらすじ解説【シェイクスピア】

1600年ころの作品と言われています。日本では関が原の戦いです。出雲の阿国が活動中です。日本とイギリス、洋の東西で演劇が活発化した時代です。題名は有名ですが、実際見たり読んだりしたひとは少ないのではないでしょうか。その判断は正解です。面白くありません。シェイクスピア入門としては、おすすめできません。

あらすじ

ギリシャのアテネ(アセンズ)の公爵(というか王様)の結婚式の直前、若い貴族のカップル2組が、好いた好かれたのドタバタ喜劇を繰り広げます。最後はめでたくマッチング。王様含んで3組のカップルが出来上がります。

題名問題

「夏の夜の夢」は、昔は「真夏の夜の夢」と訳されていました。メンデルスゾーンが劇付随音楽を作曲して、特に「結婚行進曲」が有名ですので、その題名で定着してしまいました。しかし原題は、「A Midsummer Night's Dream」です。Midsummerは夏至です。だから正確には「夏至の夜の夢」のはずです。「真夏の夜の夢」は誤訳です。

でもさらに劇中では日付が4月末のようなのです。夏至とは遠い日付です。内容に即するなら「4月末の夜の夢」です。原題の「A Midsummer Night's Dream」からして間違ったタイトルづけなのです。つまりタイトルからしてまったくもって意味不明なのです。

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実は4月末はドイツではワルプルギスの夜に該当します。つまり乱痴気騒ぎをする日です。「乱痴気騒ぎ劇」というのを隠すために題名わかりにくくしています。というのがこの話の重要な下敷きです。
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無駄に多い登場人物

この作品は面白くありません。登場人物が無駄に多すぎるからです。こちらが登場人物一覧表です。主役は赤文字の4人です。

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ライサンダー(男)とハーミア(女)のカップル

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ハーミアになぜか横恋慕するデメトリアス(男)、
振られても振られてもデメトリアスが好きでつきまとうヘレナ(女)

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の4人が主要キャラです。最終的には魔術でデメトリアス(男)がヘレナ(女)のことを好きになります。ライサンダー(男)とハーミア(女)はもともと好きあっていますから、二組のカップル+王様カップルが完成します。

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3カップル、6人さん、めでたしめでたしです。

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デメトリアス(男)の心を変えた魔術は、精霊の王様オーベロンの惚れ薬です。便利な薬があったものです。オーベロンの手下のパックが、眠っている目に薬を塗ります。目が覚めて最初に見たものを好きになる薬です。
最初パックは間違えてライサンダー(男)に塗ってしまいます。ライサンダー(男)はヘレナ(女)に惚れてしまいます。当然ハーミア(女)は怒り狂います。という間違いによるドタバタが喜劇の中心です。最終的には正しく魔術を使ってカップル2組が完成します。つまり本当は男女2組+パックだけで、最低限の演劇は可能です。

この話だけならギリギリ楽しめそうなのですが、さきほど出てきた精霊の王様オーベロンと、

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その奥方、タイターニアが存在しています。この奥方が、かなり邪魔です。

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元来妖精王オーベロンが惚れ薬の利用を考えたのは、妻のタイターニアが可愛がっているインド人の子供が可愛くて、自分に欲しいと思ったからです。しかしタイターニアは夫にインドの子を譲りません。

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それで惚れ薬をタイターニアに塗って変な奴に惚れさせて、そのすきにインド人の子供を奪おうという計画立案しました。まことにくだらない計画です。アテナ人カップル2組の問題を解決してやろうとしたのは、インドの子収奪作戦の、ただのついでだったのです。

そろそろこのへんで容量限界を超えます。しかしキャラはさらに増殖してゆきます。アテネの庶民の6人組です。王様の結婚式に劇を上演して、ご褒美をもらおうと考えています。

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庶民の6人組のうちの一人ニック・ボトムが、パックの魔法によってロバの頭に変えられます。パックに惚れ薬を塗られた妖精王妃タイターニアは、こともあろうにロバ頭のボトムに惚れてしまいます。

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タイターニアは気持ち悪い頭の男ににベタぼれになっている恥ずかしい姿を夫のオーベロンに咎められます。それで可愛がっていたインドの子を夫に渡してしまいます。作戦は成功です。

このように登場人物増えるにつれ、ストーリーが不明確になってきます。ストーリーが不明確な作品が、面白いはずがありません。

人物対句表現

どうも、対句を発展させていったら人物が増殖しすぎた、というのがこの作品の実態ではないでしょうか。

ライサンダー=ハーミアの相思相愛カップルと、
デメトリアス=ヘレナの片思い×2のカップルが、
元来対になっています。シェイクスピアはこれを大事にしようと考えたはずです。

そこで登場するのは、人間世界の王様夫婦⇔妖精世界の王様夫婦の対です。
人間王様も、妖精王様も両方ドタバタカップルをなんとか結婚させてやろうと考えています。両方良い王様です。

おきさきも対

彼らのきさき二人も対になっています。まず妖精妃タイターニア。自分の信者の女性(妊婦)がインドに居たのですが、出産の時に死んでしまったので、産まれた子供を連れてきています。

「大海をみはらるかす黄色い砂原で、遠く潮路をたどる商船を眺めては、その数をかぞえ、そお帆が浮気な風をはらんで、おおきなお腹のようにふくれあがるのを、一緒に声をたてて笑ったこともある。

あれ(信者の女性)は船のあとを追うように、泳ぐようなかわいい足どりで(そのころはもう、あの子を身ごもっていて、けっこう大きなお腹をしていたものだから)その帆かけ船のまねをして、浜を滑るように走りまわり、いろんなものを拾って来て、この手に渡してくれたものでした、航海を終えて戻ってきた商船が、たくさんおみやげを積んでくるように」

このインド信者の子供は、貿易利益を意味します。妻が独占していた貿易利益をダンナが奪い取ります。奪い取る道具はパックに持ってこさせた惚れ薬。

オーベロンはパックに命じます。
「その草を取って来てくれ、すぐに戻って来るのだぞ、鯨が一里と泳がぬうちにな」
パック
「地球ひとめぐりが、このパックにはたった四十分」

ここで訳者福田が鯨と書いているのは、リヴァイアサンのことで、海の怪物です。

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貿易船などひとひねりの戦闘力です。パックの地球ひとめぐり四十分のスピードも、もちろん貿易船では勝負になりません。戦闘力でも速度でも圧倒的優位。だからダンナは妻の貿易利益を奪い取れたのです。

人間の妃のヒポリタ

さて、妖精妃タイターニアと対になるのは人間妃のヒポリタです。元アマゾン族。王様シーシアスは武力で彼女を手にした、という設定です。妖精王は武力で子供を手にし、人間王は武力で妻を手にします。そのヒポリタは、妖精妃タイターニアと同じように過去語りをします。

「私も昔、ハーキュリーズやカドマスに連れられて、クリート島の森にスパルタの猟犬を放ち、熊狩りをしたことがあります。その勇ましい吠え声といったら、あとにもさきにも聞いたことがありませぬ。森だけではなく、空も泉も、あたりを包む自然のすべてが 一つになって、内なる想いを歌いあげるかのよう、そんな気がしましたもの。本当に始めてでした、不調和な音がそのまま歌になり、雷鳴が快く耳を慰めるなどとは。」

この犬の話題をする箇所、かなり唐突です。前後とあまり繋がっていません。意味的にはこの後の庶民6人組の演劇を、王と王妃が前もって称賛しているのですが、同時にさきほどのタイターニアの過去語りと対になっています。

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表にしてみました。同じように過去がたり。山中と海岸、猟犬と帆船、聴覚と視覚が対になっています。なっていますが、あんまり意味がありません。対句のための対句です。やっぱり面白くありません。

庶民と妖精の対

庶民6人組と妖精も対になっています。「インドの子」は人間ですが、妖精世界で養われているので妖精に分類します。

妖精パックは最後に口上述べますが、劇中劇で口上述べるのはクィンス。両者は対です。
インドの子は最初妖精王妃タイターニアに可愛がられていますが、タイターニアがパックの魔術で惚れてしまうのではニック・ボトム。この両者も対です。

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先程の過去語りと同じくゆるやかに対になっています。しかしこれまたあんまり意味がありません。対句のための対句です。この作品有効打ではない対句が多すぎる印象です。だからわかりにくくなる。楽しめない。しかし次の対句だけは最高です。

劇中劇

この作品のクライマックスは、庶民6人の、恐ろしく下手くそな劇中劇です。逢瀬の恋人同士がふたりとも死にます。勘違いによる自殺です。それを鑑賞するのが、勘違いから結局幸せな状態に落ち着いた、恋人2組+王様夫妻の6人です。

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結ばれる3組6人のカップルの結婚⇔庶民6人によるカップル自殺の劇中劇。
クライマックスの劇中劇が、それ以外の劇全体の対になっているのです。実は劇の準備でさえそうです。

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物語の冒頭でハーミア(女)の父イージアスが、娘の恋を妨害します。好きではないデメトリアス(男)と結婚しろと強要します。しかし最終的には娘の意思が通ります。王様もイージアスも認めます。これは父の権威が失墜する物語なのです。

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ところが庶民6人組の劇中劇の配役も、親の権威失墜を暗示しています。最初は恋人たちの両親が出演することになっていましたが、稽古しているうちにピラマス父は堀に、シスビー父は前口上に、シスビー母は月の役にかわります。つまり、父母の存在が劇中でも消されてゆきます。親の権威の消失を、リアルカップルと、劇中劇カップルの対句で表現できています。

物語は、親のイージアスが王に娘の勝手な結婚を禁止してくれと頼むシーンから始まります。その物語のクライマックスである劇中劇が、親の権威失墜を内包している。

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そしてその劇中劇は、前述のごとく物語全体の対句になっている内容です。頭がこんががらがりますが、凄い構成力です。ここらへんはさすがですね。やはりシェイクスピアは世界文学史上トップクラスの才能です。密度が違います。この劇があんまり好きになれない私でも、素直に脱帽します。

売れる作家

後世、シェイクスピアの最大の崇拝者といえるゲーテが、「ファウスト」でこのオーベロンとタイターニアを取り上げます。ゲーテに可愛がられていたメンデルスゾーンも作曲をしました。だからさほど面白くないのに、結果として有名作品となりました。ゲーテがオーベロンとタイターニアを取り上げたのは、「ワルプルギスの夜」の次の章、「ワルプルギスの夜の夢 あるいはオーベロンとティターニアの金婚式」で、です。「夏の夜の夢」をパクって「ワルプルギスの夜の夢」、本当にシェイクスピア好きなんですね。

この「ワルプルギスの夜」とか、「夏の夜の夢」とかは、要するに乱交パーティーなんですね。日本でも昔は神社ではそうでして、暗闇の中で誰が相手かわからないままいたしておった。地方によっては戦後すぐくらいまで続いていたようですが、西洋社会ではタブー度が高いので、そんなにデーター残っていなようです。雰囲気わかりやすいのは小説では司馬遼太郎の「燃えよ剣」です。

幕末の物語ですが、淫靡なお祭りの様子が描かれています。場所は東京都府中市の大國魂神社です。

不思議なことにこの祭りも、ワルプルギスや夏の夜の夢と同じく、4月末から5月頭にかけてです。

「夏の夜の夢」は作中、2組の男女がひんぱんに屋外で眠りこけます。

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眠った挙げ句に恋する相手を取り違えます。これも暗示でして、本当はライサンダーもデメトリアスもハーミアもヘレナも、あんなことやこんなことを、とっかえひっかえでえらいこっちゃ、だったのです。観客も身に覚えがありますので、大変楽しめる。

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といってダイレクトに表現すると上演禁止となります。最低限の構成、男女二組とパックのみの芝居では、お上に禁止される確率は高くなります。それでこんな構成にしたのではというのが私の推測です。ちょっと見ただけではけしからん劇という証拠を挙げるのが不可能になっている。だからきわどい話でも上演可能。

なるほど、シェイクスピアというのは売れる作家です。たいしたもんです

追記

黒井さんのより徹底した読解が登場いたしました。お読み下さい。

ほかシェイクスピア




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