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「男であることのつらさ」を考える。

こんな本を買ってみた。

「どうして男はそうなんだろうか会議」という本の表紙。

まだ読んでいないけど、僕の最近の問題意識について考えるきっかけになるといいな、と思っている。

僕は男だけど、「やっぱり男であることって結構つらいな……」と思うことがよくあって、その感覚に向き合ってみたいな、と思う。

幼少期から「男はこうあらねばならない」という空気にさらされ、そこに馴染めないものは価値が低いものとして扱われ続け、大人になればその価値観で成功した者たちが我が物顔で、他人に迷惑をかけると「男だから仕方ない」と開き直る。
それが男への憎悪を生み、弾き出された者も連帯責任を負わされる。

「女の敵は女」とか言いたがる人は多いけど、「男の敵は男」と言う人はあまり見かけない。
でも、僕は確かにそう感じている。
正確に言うと、「男の敵は男」というよりは「男が男に有利になるようにつくった社会の中で、望んだわけじゃないのに男として生み出されてしまうこと」に由来する苦しさ。
男の方が女の2倍自殺者が多いということもおそらくそれが原因なんじゃないかなぁ。

敵、という言い方をしたけど、今生きている人たち、新しい世代の人たちはみんな僕と同じで、「自分で望んだわけじゃないのに男として生まれちゃった」わけだから、男という属性を責めるのは筋違い。
社会のしくみと意識を変えていきたい、という話。

僕は「男らしさ」はとても苦手だけれど、ミサンドリストとは相容れない。彼らは属性を攻撃して憎悪している(または、蔑むことで安心している)だけで、その構造を無視しているように思う。
むしろ、敵と味方に分けることで構造を強化してるよね。

「男らしさを求められる社会では男であることがつらい」というのは、「女らしさを求める社会では女であることがつらい」というのと対立するどころか、ほぼイコールなんだよね。
「女はつらい」に対して「男だってつらい」と牽制するのとは全然ちがうんだ。

男が悪い、女が悪いという話じゃなく、どちらもが苦しまずに済む新しいしくみを作れるようにしていきたいし、それを妨げているのは何なのか、ちゃんと考えたい。


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