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【短編小説】まーちゃんとラーフラ【19枚/15分】


 せんたっきはヒマラヤ山脈。
 雨が手すりをたたいて鉄琴みたいな音がする。
 大むかし、雨は何日も何ヶ月も、何年もふりつづいたんだって。どれくらいむかしかというと、きょうりゅうが生きていたくらいむかし。
 雨がふりつづくと、洪水になる。
 洪水になると、そこで暮らしていたきょうりゅうたちはどこにもいくところがなくなって、どんどん山の高いほうににげていく。そしてとうとうてっぺんにたどり着く。ヒマラヤ山脈のてっぺんにあつまったきょうりゅうたちは、生死をかけたたたかいをはじめるんだ。
 まずアロサウルスが、小さな草食きょうりゅうをおそって食べてしまう。プロトケラトプスはたちまち骨だけになって、崖から落ちていった。ステゴサウルスとかアンキロサウルスはけっこうがんばってたたかうけど、やっぱり食べられてしまう。それで、肉食恐竜だけが生きのこる。
 リヒトが持っているなかで一番つよいのは、ティラノサウルスだ。だからさいごに生きのこるのはティラノサウルス。
 大きいのと、小さいの。
 あかいのと、おうど色の。
 おもちゃの種類がちがうけどリヒトは親子ってことにしている。二匹は雨の中、静かにじっと待っている。
 雨はまだやまない。
 大きいティラノサウルスはだんだんお腹が空いてきて、イライラしてきて、小さいティラノサウルスを小づきはじめる。ツン、ツンって、くちばしでいじめるみたいに。強くつっついているとき、リヒトはつっつく方の気持ちになる。じゃまだよって、意地悪をしたくなる。
 太古の雨は、まだまだやまない。ついに大きいティラノサウルスは、小さいティラノサウルスにおそいかかる。そしてパクッと食べてしまう。
 小さいティラノサウルスをことんと床へ落として、リヒトは通りに目をやった。街灯の向こうの暗闇から、とうめいな傘を差したまーちゃんが歩いてくるような気がして、じっと目をこらす。
 まーちゃんを待っている時間はきらいだ。だから、この場所もすきではない。ムージカハイツの二階のろうかは、茶色いサビの匂いがして、床に穴があいている。そのせまい通路をふさぐようにせんたっきが二台ならぶ。ひとつはリヒトとまーちゃんのうちの。もうひとつは、二〇三号室にすんでいるブラキオばあさんの。
 ブラキオばあさんの部屋の扉はいつもすこしだけあいていて、部屋の中のくらやみがのぞいている。ばあさんはだいたい、ねている。一日二回の宅配弁当をうけとって、あとはごみ出しのときくらいしか見かけない。しゃくとりむしみたいに背中をまげて、小枝みたいな指で手すりにつかまりながら、ゆっくりと階段を上り下りしているのをたまに見かける。
 雨はやみそうになかった。
 床に落としたおうど色の小さいティラノサウルスをひろいあげるとき、リヒトは小さいほうの気持ちになった。てのひらでつつんで、汚れていないか傷がついていないか丁寧にたしかめた。
 きょうりゅうをぜんぶひろったら、つぎはダンスパーティをすることにした。せんたっきは、ダンスホール。こんやはティラノサウルスのけっこん式で、大きいのと小さいのは、向かいあってダンスをおどる。
 その夜、まーちゃんはなかなか仕事から帰ってこなかった。ひとりでふとんに入るのがいやだから、ダンスパーティーはいつまでもいつまでもつづく。
 
「おはようございます」
 うすい玄関とびらの向こうからハキハキした声が聞こえたので、穴があいたスニーカーをつっかけてリヒトは外に出た。
「ねえ今日の放課後、空いてる?」
 声の大きい高田さんをむしして、リヒトはとびらをそっと閉めた。まーちゃんをおこさないように、しずかに、しずかに。布団から畳にはみ出してる、まーちゃんの茶色いきらきらした髪が見えなくなるまで見おくる。
「きいてる?」
 高田さんは先にアパートの狭い外階段を降りはじめた。高田さんの黄色いランドセルの上に二本の三つ編みがヒモみたいにたれているのをぼんやり見つめながら、リヒトは黙って後に続いた。
「私きょう、塾の時間まで暇なんだけど、放課後おじゃましてもいい? 私もとなりのおばあさんに会ってみたいんだけど」 
 三つ編みがぴょんとはねて、高田さんが振り向いた。丸くて分厚いメガネの向こうの目がじっとりとリヒトを見つめている。
「ねえ、きいてるの?」
「……べつにいいけど」
 リヒトはようやく口をひらく。この前一度だけ部屋に入って話したことがあるだけで、リヒトはブラキオばあさんのことをじつはあまりしらない。先週、とびらの隙間からうなり声が聞こえてきて、おそるおそる中に入ってみたら、長い白髪の人がベッドの上でうなされていた。水が欲しいと言われたから、水道から一杯くんであげた。コップに口をつけて水をのむときの、口をもぐもぐしている動きが竜脚類が草を食んでいるようすにどこか似ていた。だから、ブラキオばあさんだ。
「あーあ、まじで塾だるいなあ」
 高田さんは真新しいミント色のスニーカーを地面に擦りながら、半歩先を歩いている。家が近いというだけで、ふたりは毎朝一緒に登校していた。それは当人たちの意思ではなくて、入学式の日に、ふたりのお母さんがそう決めてしまったのだった。リヒトと高田さんの間では、ほかに仲の良い友達ができたらべつべつに行くという話をしているけれど、二年生の夏になろうとしている今も、高田さんはリヒトのアパートのインターフォンを押す。帰りはたいていバラバラだ。高田さんは習い事と塾が忙しいけど、リヒトは暇だから放課後学校や児童館をぶらぶらしてから帰る。
 その日、小学校の帰りの会が終わって校門に向かうと、高田さんはもう待っていた。
「おそい」
 高田さんは早足に歩き出したので、リヒトもあわてて後に続く。
「終わったらすぐ来たよ」
「ふうん。ていうか、また帰りの会で怒られてたでしょ」
 知ってたんだ、とリヒトはきまり悪く思った。
 二年一組の帰りの会の終わりが遅くなったとしたら、その原因はきまってリヒトだった。リヒトは何かというと、提出物を忘れていたり、みんなで使うはずの何かを壊したり、些細なことで友達とケンカをしてところかまわず椅子や荷物を投げつけてみんなを困らせるようなことをしてしまうからだ。怒鳴りちらして、関係ない子の水筒のお茶までぶちまけてしまうからだ。
 スイッチ入っちゃったの? と高田さんは聞く。その言い方はちょっとちがう気がした。スイッチは自分で入れたり切ったりできるけど、リヒトは自分のなかでジタバタあばれまわる恐竜を、自分の力でおさえておくことはできない。リヒトの飼っている恐竜はとにかく凶暴で、大声をあげて教室中を走り回り、怒りを露わにする。一度暴れだすとだれも手が付けられないから時々おそろしくなる。けれどリヒトのほうでも、本当は自分はこんなに強いんだぞって示したいばかりに、あばれ恐竜をそのままにしてしまうからたちがわるい。
「誰かに何か言われたの?」
 言いたくなくてリヒトがだまって歩いていると、高田さんはしかたなく話題を変えた。
「それ、なあに?」
 高田さんはリヒトの両手におさまっている黒っぽい半球を指さした。
「図工で作った」
「知ってる。私のクラスもやってるもん。なに作ったのってこと」
 寄せ豆腐の半球のパック容器を油性ペンで塗りつぶして、枝や石をボンドで付けてある。ドーム型のチョコケーキみたいにも見える。作っていて自分でも何だかわからなかったけれど、リヒトはたった今ぱっと頭の中に浮かんだ答えに、しっくりきた。
「お墓」
「え、こわいんですけど。誰のお墓?」
「誰がいいかな」
 こわい、と言われて図に乗って、高田さんが入れる人を決めてもいいよ、と言った。
「やめてよ」
 高田さんは心外だ、というように手を振った。それからもう一度くすくす笑って、やめてよって言った。高田さんはお墓に入れたい人が頭に思い浮かんだとみえる。リヒトにはそれが誰だからなんとなくわかった。高田さんは二年二組の女子のあいだで、ちょっと変わり者扱いをされていて、いっつも一人でいる。好きで一人でいるんだって高田さんは言うけど、きっとイヤな人がいるにちがいない。だから、きっとその子のことを思い浮かべたのだろうとリヒトは思った。
 一度家に帰った高田さんは、手にユニクロの紙袋を下げてリヒトの家にやって来た。
「あつ。リヒトくんエアコンつけてー」
 高田さんは塾のバッグを下ろしながら手で顔をぱたぱた仰ぐ仕草をする。リヒトはエアコンのスイッチを取って、しばらく考えてやっぱり窓を開けることにした。まーちゃんが、電気代が払えないと言っていたのを思い出したのだ。
「はい、これ」高田さんはローテーブルの上に紙袋の中身を並べていく。カップ麺に、ポテトチップスに、レトルトカレー、小さいパックの牛乳。
「ごめんね。あんまりなかった」
「ううん」
「おばさん、最近話してないけど元気?」
「うん、まあ」
 リヒトは牛乳だけ冷蔵庫に入れながら答える。ほんとうは、まーちゃんはこのごろ元気がない。お昼の仕事も始めたからかな。とつぜん大爆発してしつこくリヒトを言葉でいじめたあとは、泣いてしぼんですぐに寝てしまう。土日も仕事だからあまり一緒にはいられない。
「お母さんに、そんなもの持ち出してどうするのって聞かれちゃった」
「なんて言ったの」
「リヒトくんちにあげるって。そしたら、大丈夫なのかなって心配してた。夜誰もいないなんて、リヒトくんがかわいそうだって」
 かわいそう。まるでリヒトじゃない誰かのことをしゃべってるみたいで不思議な気持ちだった。何にも見たことのないくせに、と高田さんのお母さんがきらいになりそうだった。
「よけいなこと言うなってえ!」
 空気がビリビリするほど大きな声が出た。リヒトはイライラするとつい、すぐにどなってしまう。しまったと思うけれどもうおそい。高田さんはびっくりして目を丸くしている。
「ごめん」
 つい先程の、担任のこわい顔を思い出してリヒトはうなだれた。けれど高田さんは引きつった顔をすぐ引っ込めると、ため息をついて「早くブラキオばあさん見にいこうよ」って明るく言った。
 高田さんのこういうところがすきだ、とリヒトは思う。
 二〇三号室へ近づくにつれて、ドアの隙間からブラキオばあさんの部屋のあまくてすっぱいにおいがただよってくるのがわかった。
「おじゃましまーす」
「あら、また来たのねえ」
 小さな音でドアをノックしてから、リヒトはゆっくりとドアを開けた。リヒトの部屋と同じで、とびらを入るとすぐにリビングで、二つしか部屋がない。どちらも畳に布切れの薄汚れた敷物がしいてあった。ブラキオばあさんは、散らかったリビングの一番奥にあるベッドに寝巻き姿で腰かけていた。一日中ここに座っているのかもしれない。
「二組の、高田さんです」
「こんにちは」
 よく来たわねえ、とブラキオばあさんはふにゃふにゃの口元をほころばせた。髪は長くてぼさぼさだった。新潟にいるリヒトのおばあちゃんよりずっとよぼよぼしている。ひいおばあちゃんはいないから、わからないけど。
そしてよぼよぼふにゃふにゃでも、言葉ははっきりとしていた。
「さっきまでねえ、あなたたちと同じくらいの子たちが遊びに来てたのよ」
「そうなの? どんな子?」
 リヒトは言いながら部屋を見渡す。
「大勢。あんたたちとおんなじくらいの子や、大きい子もいたわね。赤ちゃんを背負ってるお兄ちゃんもいたわよ」
「そんな子、いるんですか?」
 高田さんは首をかしげる。けれど目は好奇心できらきらしている。
「いるわよう」
 当たり前だわよ、というようにばあさんは深く頷く。
「……学校には行ってないみたいなの。親がいないからね。そのあたりの家の軒先を借りて、暮らしてるのね。たくましいよねえ。貧乏なんて気にしない。みんな目がきらっきらしてね、おばちゃんおばちゃん、なにか楽しいことしようよって、うるさいくらいなの。だからねえ、お菓子とか折り紙やなんかも買ってあるんだけど」
「その子たちが作った折り紙、ありますか?」
 高田さんは授業中みたいにハキハキ質問する。
「どっかに、あるわよ。外でも遊ぶけどねえ、やっぱりどこかさびしいのね。安心できる場所がないから、いつも気を張ってるでしょ。だからここへ来るとね、大きい子もすっかり甘えて、おばちゃん、おばちゃん、面白いお話してって言うのよ。今日もね、さっきまでいたのよ。あなたたちとおんなじくらいの歳でね。でもね、あなたたちが入ってきたら、ぱーっと逃げるように出てっちゃったの」
「二階なのにですか?」
「そうよ。恥ずかしがることないのにね。蜘蛛の子が散るみたいさ」
 高田さんはうろんげに窓の外を見やる。
 前にも聞いた話だったので、リヒトは退屈して部屋の物品を見まわした。飾り棚に色褪せた色紙が並んでいて、子どもたちの寄せ書きの真ん中に大きな文字で「公子先生へ」とか「ありがとう」と書いてある。ポストカードの類も一緒に立てかけてあって、きれいな海辺の写真や花の絵に混じって、埃をかぶった紙切れに
  笑いなさい。
  笑いたくなくても笑うのよ。
  笑顔が人間には必要なの。
 と書かれていた。鉛筆の手書きで、手紙のようでもないから、ブラキオばあさんが自分のために自分で書いたのかなとリヒトは思った。
 ブラキオばあさんは歌うように淀みなくしゃべりつづけた。子どもたちとどんな遊びをしたとか、どんな話をしたとか。真剣に聞かなくてもいい話だからか妙に居心地がよくて、ばあさんのおしゃべりをBGMに一時間ほど居座って、二人は帰った。
「あのおばあさん、やっぱりぼけてたね」
 家に戻ってくると、高田さんが興奮気味に塾のカバンを背負いながら言う。
 でしょ、と生返事をしながらリヒトはリビングのテーブルの前にすわって、さっきの図工の作品に手を加えている。家にあった赤い針金で黒いドームをさらに飾りつけたあと、ドームの中に恐竜を入れようと考えついた。おうど色の、小さなティラノサウルスならちょうどいいかもしれない。
「じゃあ私行くね。ねえそれ、きょうりゅうのお墓なの?」
 高田さんがテーブルの上をのぞきこむ。
 リヒトは黙っていた。ティラノサウルスのしっぽをドームに押しこむのに夢中なふりをしていたら、そういえばさ、と高田さんは誰ともなしにつぶやく。
「うちのお母さんがこんどリヒトくんと恐竜展行こうって言ってた」
 パッと高田さんを振り返ると「また明日ね」と言いのこして、高田さんは玄関からさっそうと出ていくところだった。

「おばあちゃん、起きてる?」
 二〇三のドアの隙間からはめずらしくほんのり明かりがもれていて、その光をよすがにリヒトは弱々しく声をかけた。
 そっと体を中に入れると、スタンドの小さなひとつの灯りの中に、ベッドに腰掛けているブラキオばあさんの曲がった背中が見えた。灯りは部屋の隅ずみまではとどかずに、暗闇がそこかしこにうずくまって、息をひそめてばあさんが死ぬのを待っているような気がした。
「あんた、また来たのねえ」
 ブラキオばあさんは宙にむかってつぶやいた。来たよ、とリヒトは返す。もう何度も通っている馴染みの子どもになったような気持ちでベッドのかたわらにすわり、ばあさんを見上げた。暗闇から今にもなにかが迫ってくるような気がして、リヒトは背をぎゅっと丸めて毛玉だらけの布につつまれた膝に手をのせた。
「おかあさんに怒られたんでしょ。おばちゃん、耳はいいんだからね」
 どうしたの、話してご覧って言われてるみたいで。それでリヒトは手に持っていた代物をおずおず目の前に出した。のこっているのは黒いドームの部分だけで、台座はまーちゃんにまっぷたつに破られてしまった。
「まーちゃん、泣いて怒りだしちゃった。……ぼくのお墓だよって言ったから」
 リヒトのつぶやきに、ブラキオばあさんは要領を得ない顔で微笑んでいる。よくわかってないみたい。
 まーちゃんの怒鳴り声を聞いて、電気をつけて待っていてくれたのかな。そんなわけないか、ぼけてるし。そう思ったらかえって気が楽になった。 
「……ぼくさ、まーちゃんに、ママに嫌われてるかもしれないんだよね」
 リヒトは小さな小さな声で告白する。
 するとばあさんは、顔を悲しそうにくしゃっとゆがめた。
「そんなことないわよう。そんなことはね、絶対にないのよ。絶対よ。まあね、あのお釈迦様だってね、自分の子に『じゃまなもの』なあんて名前をつけたくらいだからね。かんたんなことじゃないのよ、子どもを慈しみ育てるってのは。かんたんなことじゃ、ないのよ」
 ばあさんは小さな声で繰り返してしきりに頷いた。
 じゃま。まーちゃんにそう言われたことはなかったけど、どなりながら、髪の毛を引っ張りながら、まーちゃんがぼくに言いたかったのはきっとそれだったのかもしれない。リヒトが悪い子だから。「あんたのお母さんなんかいつでもやめてやるわ!」ってわめいてたし。
「……じゃあ、産まなきゃよかったじゃん」
 口にしたら、急に喉のあたりがじわっと熱くなった。恥ずかしくて顔を見られたくなかったから、リヒトはぎゅっとひざを抱えて両目の窪みをひざの皿に乗せた。おろおろしていたばあさんは、背中をとんとんと、硬い指で撫でてくれた。
「そんなかなしいこと言わないでよ。あんたがいなくなったら、おばちゃん、かなしいよお」
 ブラキオばあさんの冷たい手がリヒトの体を力強くすくいあげて、腕の中にぎゅっとつつみこんだ。
 かなしいよう、かなしいようと言い聞かせるようにくり返すブラキオばあさんの声を聞いているうちに、べつの涙が溢れてしまいそうになった。
 かなしいよう、かなしいよう。
 そのしわがれたあたたかい響きを、リヒトは忘れないだろうと思った。
 部屋の隅はあいかわらず暗くて、それはまーちゃんを待っている夜の暗さと同じで、けれどふしぎと安心した。この暗闇こそがぼくがいる場所なんだ。いる場所をしっかりとたしかめて、そしたら、ここからどこへも行けるような気もした。
「おばあちゃん」
「ん?」
「ぼくはさ、ぼくは、まーちゃんが悲しんだりおこったりしているときに、となりにいて、一緒にこまってあげることしかできないんだよね」
 ブラキオばあさんは黙って聞いてくれている。涙を流すまーちゃんを見ながら、リヒトは今夜、さっき、そう思ったのだった。
「まーちゃんがそれを喜んでくれるなら、ぼくは一生懸命それをやろうと思う」
 ブラキオばあさんは背中をやさしくたたいて、えらいわねえ、そうなさい、そうなさいとつぶやいた。やっぱりよくわかっていないように思えた。けれどばあさんはやっぱり微笑んでいたから、リヒトはつられて、はにかみながら口元をゆるませた。(了)

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