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末梢性筋疲労はなぜ起こるのか?

 毎月、東洋医学研究所のホームページでは、東洋医学研究所グループの先生方が順番にコラムを担当して頂いています。
 今回は、「末梢性筋疲労はなぜ起こるのか?」と題して金沢市の二葉鍼灸療院院長である田中良和先生のお話を紹介させて頂きます。

はじめに
 私たちの身体は大小約600もの筋肉により構成されています。その種類は①心臓を動かす筋肉(心筋)②内臓や血管を動かす筋肉(平滑筋)③体を動かす筋肉(骨格筋)の3種類です。関節等の身体運動に関わる筋肉は骨格筋です。その数約400の筋肉で滑らかな身体動作を実現させています。
 「疲労」についてみていくと、厳密には「疲労」についての分類はできませんが、筋内でのph低下やグリコーゲン等の貯蔵エネルギーの枯渇が起ると運動が制限され疲労状態となります。この筋肉での疲労を「末梢性疲労」と言います。また、筋肉が働くには神経の刺激が必要となります。その指令は脳の運動野という部分から出て、脊髄を通って筋肉へと神経が繋がっていきます。これらの活動が制限されて運動能力が低下する状態を「中枢性疲労」と言います。
 今回は、骨格筋内で起こる「末梢性疲労」についてみていきたいと思います。
 ちなみに、筋疲労の定義は、「運動によって引き起こされる筋力または筋パワーを生み出す能力の低下」となります。

筋肉を動かすエネルギー
 疲労を知る上でもっとも重要なのは、そのエネルギー供給システムです。これは筋細胞だけではなく、身体のあらゆる細胞が同じシステムですが、身体活動に大きな比重を持つ筋肉ではそのエネルギー産生量が多くなります。
運動を行う時は筋肉内の3機能が連携して運動が行われます。身体を動かすエネルギーはATPという物質(エネルギー通貨)を分解することで得られます。
①ATP-CP系
 10秒以内の瞬間的動きに対応するには、筋肉内に蓄えてあるATPを分解しエネルギーを産生します。その代謝産物にCP(クレアチンリン酸)がリン酸を与えることで再びATPを合成しエネルギーを産生するという仕組みです。枯渇したATPは後に出てくる電子伝達系のもと再貯蔵されます。
②解糖系(乳酸系)
 30秒から60秒ほどの急激に筋パワーを発揮しなければならない時には、筋内のグリコーゲンを分解し、その栄養を利用してエネルギーを産生します。その際、代謝産物として産生されるのが乳酸です。
筋疲労には、この筋内に含まれているグリコーゲン量が重要となります。また前回のコラムで紹介したように、近年の研究では、乳酸は疲労には関与しているが疲労物質でないことが分かってきています。乳酸は、再び骨格筋や心臓、脳でエネルギーとして再利用されるのです。
③電子伝達系(呼吸鎖)
 長距離走などの持続運動においては、筋内のグリコーゲンを可能な限り保持したままエネルギー産生する必要があります。この時に主に使用される栄養素が脂質です。この無尽蔵なエネルギーを産生する場所はミトコンドリアという細胞小器官です。ここで解糖系や脂質における代謝生成物や、時にはタンパク質を利用しながら大量のエネルギーを産生します。
脂質を利用するシステムには酸素が必要となります。それが故にこのシステムは有酸素系とも言われます。前記の2つのエネルギー産生システムを、これと比較して無酸素系と言います。
また、このエネルギー産生では、全てがエネルギーになるわけではなく、半分以上は熱に変換されます。筋肉の量が多ければ熱の産生が多くなります。体温維持のため重要となることが分かると思います。
 このエネルギーシステムでは、「疲労」に対して重要なカギを握る「活性酸素種(以下ROS)」や「フリーラジカル」が生成されます。体内に酸素を取り込み、生命活動を行う全ての動物に共通した宿命です。食事をしても、運動をしても、勉強しても、全てROS等が生成されます。
ROS等は非常に反応性の高い物質です。その量が身体で対応できる範囲内であれば、免疫反応や細胞内のシグナル伝達など、生体恒常性維持(ホメオスターシス)が重要な働きを行います。しかし、これが度を超すと、脂質、タンパク質および核酸などの生体分子を酸化傷害するという負の作用も存在します。
 しかし、人間の身体はうまくできており、それらを打ち消してくれる機能も備えています。スーパーオキシムディアムターゼ等の酵素がそれにあたり、また、酵素以外でもビタミンEやC、還元型グルタチオンが抗酸化防御機構として働きます。
 このROSによる酸化ストレスの慢性化が、糖尿病、がん、循環器疾患、神経障害などの疾患の発症、およびその進行に深く関わっており、老化過程への関与も示唆されています。

ROSの疲労に関する働き
 近年の研究では、ROS等を除去する酵素群の機能を高めると運動における持久的パフォーマンスの向上や筋疲労が改善する報告があり、全身的な筋疲労にROS等が関与していることも示唆されています。
 また、ROS等は細胞内での脂質代謝を抑制する働きも報告されており、結果、筋グリコーゲン利用率を高めて枯渇を早め疲労しやすい状況をつくっているのではないかとの報告あります。

まとめ
 ここまでの話をまとめると、酸素を摂取してエネルギーをつくる私たち人間の身体にはROS等が必ず産生されます。運動等により、それらが過剰になることが末梢性筋疲労の大きな要因となっているということです。
 「適度な運動」を行うことは生活習慣病や老化の予防に役立つのですが、その「適度」は各個人の筋力や運動能力、運動経験によって違います。地道に自分の可能な範囲で運動することで、自分自身の運動機能の「適度」を見つけ、それを楽しく継続していくことが、身体(筋肉)にとって最適な状態のではないでしょうか。

参考文献
・河村 拓史:酸化ストレスに及ぼす疲労困憊運動と水素摂取の影響.
早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学).2018 年1月
・松浦 亮太:筋疲労を再定義する 北海道大学大学院教育学研究院紀要
第125号90-109.2016年3月
・石井 秀明:最近の疲労研究について.西田研究室 定例勉強会.2011年5月

二葉鍼灸療院

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