Netflixはなぜ実写版『ONE PIECE』に200億円も投資できるのか
フルスタックマーケティング株式会社の代表取締役CEO・清水優志(@fsm_shimizu)です。
企業のマーケティング活動を支援しています。
去る8月31日、ついにNetflix実写ドラマ『ONE PIECE』が公開されました!
僕自身は『ONE PIECE』を読み始めてから日が浅いのですが、妻は幼少期からコミックスの熱狂的なファンで、もちろん今回の実写版も楽しみにしていました。
というわけで妻と8話、一晩で一気見しました。いや〜すごかった。
公開初週の成績をハラハラしながら待っていましたが、とりあえず週間グローバル視聴数ランキングでは1位でした!
Netflixのランキングが今のシステムになった2023年6月18日以降だけを見ると、「英語ドラマ」ジャンルで最高の「視聴数」を記録しています。
作品自体の評価も高く、とりあえずは「成功!」と評価してよいのではないかと思います。
作品自体に対しての感想もいろいろあるのですが、そういったレビューは山のように出てくると思うので、僕はNetflixの製作やマーケティングについて書こうと思います。
タイトルにもあるとおり、Netflixはなぜ実写版『ONE PIECE』に200億円も投資できるのか、という素朴な疑問を解消するnoteです。
ワンシーズン8話で200億円の制作費
Netflix実写ドラマ『ONE PIECE』のシーズン1は全8話、1話あたり1時間前後のエピソードです。
そして、この1話あたりの制作費はなんと26億円。つまり全8話で約200億円もの制作費が投じられています(あの『ゲーム・オブ・スローンズ』を上回りNetflixドラマシリーズで過去最高額)。
ハリウッドの大作映画と比較しても遜色ない予算のかけ方です。
ちなみに、日本の民放の連ドラだと1話あたり高くて平均4,000万円ほどらしいので、単純計算で連ドラ60本分の予算が投じられています。
Netflixはなぜ『ONE PIECE』というコンテンツに、これほどの制作費をかけることができるのでしょうか。
サブスクリプションVOD市場の概況
Netflixが属する市場は「サブスクリプションVOD(サブスク動画配信サービス)」です。
市場規模は、OTT(コンテンツ配信)技術の進化に伴って急速に成長しており、今後も成長を続けることが予想されています。
2025年には約800億ドル、日本円にして11兆円以上のグローバル市場規模です。
従来、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌といったいわゆる「マスメディア」が大部分を占めていた「メディアとの接触時間」ですが、近年はスマホ経由のメディア視聴が急増。
2022年にはついにテレビを抜き去り、スマホが最大のメディア接触点となりました。
こうした状況を受け、サブスクリプションVODは大手企業の参入が相次ぎ、急速にレッドオーシャン化しています。
下の図は、各VODサービスの有料会員数の推移。
2022年時点では単体サービスでは依然としてNetflixが独走状態です。
オリジナル作品を制作することの重要性
競争の激化するサブスクリプションVOD市場ですが、Netflixに限らず、各社いずれもオリジナルコンテンツの制作・配信に力を入れています。
自社で制作せず、コンテンツを他社から買い付ける場合は「版権料」を支払う必要があります。
しかし、配信サービスが増えたことによりコンテンツの買い付けが進み、入札競争が激化して版権料は年々高騰。そもそも有望なコンテンツは既に確保されてしまっている状態で、他の配信サービスから買い取ろうとすると非常に割高な買い付けになります。
そこで、各社は自社制作に踏み切り、長期的な仕入れ原価を下げつつ、コンテンツを自社資産化しようとしているのです。
一度作ってしまえば他社に売ることもできますし、制作ノウハウや制作チームが内製化されればそれ自体が競争優位性になるからです。
Neflixのコンテンツ制作への投資は年々増加し、2022年にはなんと$16.7B(日本円で2.4兆円…!)になりました。
Netflix には2023年7月の時点で6,621 本の映像コンテンツがありますが、そのうち3,657作品が Netflixオリジナル作品です。
Netflixは10年間をかけて、配信コンテンツに占めるオリジナル作品の割合を50%以上にまで引き上げました(参考)。
2023年5月に発表されたデータでは、各配信サービスで最もよく見られた25作品のうち、Netflixの「Original(オリジナル作品)」の数はDisney+に次いで2位の6作品となっています。
Netflixは今後もオリジナル作品の割合を高めていくことを目指しているでしょう。
オリジナル作品がマーケティングに与える影響
上記のように、オリジナル作品制作がファイナンスに与える効果は明らかですが、実はマーケティング面でも強い影響があります。
Netflixは他の配信サービスと比較しても、オリジナル作品の充実度に関して良いブランドイメージを獲得しています。
みなさんも、配信サービスについて「どこで何の作品が見られるかわからない」というイメージを持っていませんか?
そんな中で「オリジナルコンテンツが充実している」というブランドイメージは、新規顧客獲得面で非常に有利にはたらきます。
事実、Netflixのコスト構成における「販売費」(広告宣伝費などが含まれる)の割合は、15.0%(2018年)、13.2%(2019年)、8.9%(2020年)と年々減少傾向にあります。
コンテンツに投資をすることでブランドイメージを高め、結果的にマーケティングコストを削減することに成功しているのです。
さらに、コンテンツの品質が高まれば、視聴時間数やサービス利用継続率も改善されます。
Netflixは自身の財務資料で、アメリカ世帯のテレビにおけるNetflix視聴時間の長さを示しました。CBS・NBC・ABCといった主要放送局を圧倒して不動のナンバーワンです。
少し見づらいですが、配信サービスごとの継続率(Retention Rate)を比較したデータも見てみましょう。
利用開始から6ヶ月間の継続率ではNetflixが最も高く、70%台でとどまっています。Huluと比較すると10ポイント以上の差がついていますね。
古いデータですが、2014年から2019年までの統計では、36ヶ月利用したユーザーでも50%以上が継続していることがわかります。
こういったマーケティング指標に、オリジナルコンテンツの制作・配信が強く関わっていることは疑う余地がないでしょう。
北米は頭打ち、次に狙うはアジア市場
しかし、実はNetflixの「北米」ユーザーは完全に頭打ちになってきており、2022年にはついに減少に転じています。
一方で、「欧州・中東・アフリカ」は北米を超える規模に成長していますし、「アジア太平洋」も急速な成長を遂げています。
Netflixとしては、北米市場のユーザーの流出を防ぎながら、グローバルに新規ユーザーを獲得していく必要があるわけです。
ざっくりとですが、各地域の人口と、Netflixの会員獲得率をまとめました。
アジア太平洋(APAC):43億人(0.88%)
欧州・中東・アフリカ:24億人(3.1%)
ラテンアメリカ:6億人(6.8%)
US・カナダ:5億人(15%)
このデータを見る限り、特に「アジア太平洋」地域に大きな開拓可能性があります。
実際、Netflixはアジアを強化市場としていますし、直近の新規登録者の8割以上はアジア圏から発生しているというから驚きです。
視聴される作品にも変化が表れてきており、アジア映画がグローバルランキングの上位に躍り出ることも増えてきました。
アジア市場攻略の鍵は「ネクスト・ブロックバスター」
では、アジア市場を制するためにはどんなコンテンツを制作すればよいのでしょうか。
以下の図は、Netflixのコンテンツ戦略を端的に表しています。
Netflixの強みは、独自のレコメンド(推奨)システム。
6,000を超える作品のうち、ユーザーごとに最適なものをおすすめし、視聴してもらうことで、視聴時間を最大化しています。
つまり、一度登録して見に来てもらえさえすれば、継続利用してもらえる仕組みは整っているのです。
しかし、そもそもNetflixに登録していなかったり、長らく休眠しているユーザーに対してはレコメンドすること自体ができないので、多額の投資をしているレコメンドシステムも意味がありません。
したがって、多くのユーザーを連れてくるようなキラーコンテンツである「ブロックバスター」(エンタメ業界用語で、巨額の費用をかけ大成功を収める超大作のこと)を定期的に生み出さなければなりません。
Netflix社内では「Adjusted Viewer Share」という指標で各コンテンツの価値を評価しています。
Adjusted Viewer Shareとは、「サブスク登録して24時間以内にコンテンツを見たユーザー」と「数週間ぶりにコンテンツを見たユーザー」により高いウェイトを与えた評価指標のこと。
そして、この指標に、コンテンツの制作予算を組み合わせた「Efficiency Score」というスコアが、Netflixのコンテンツの成否判断の最重要指標です。
つまり「より少ない予算で作られていて、より多くの新規ユーザーまたは休眠ユーザーに見られたコンテンツ」が、Netflixのスターコンテンツだということになります。
以下のグラフは、Netflixにおけるコンテンツカテゴリごとの視聴需要シェアを示したものです。
これを見れば「ドラマ」カテゴリでのヒットが不可欠であることは自明です。
しかし、実はNetflixの看板ドラマシリーズである『ストレンジャー・シングス』は、次のシーズン5で完結すると言われています。
Netflixは『ストレンジャー・シングス』に次ぐ「ネクスト・ブロックバスター」を探しているのです。
『ONE PIECE』制作中に配信された『イカゲーム』は、まさにアジア市場における「ブロックバスター」でした。
以下のグラフは、『イカゲーム』の週間視聴時間数の推移です。
『イカゲーム』はシーズン1の全9話で24億円(『ONE PIECE』の1話分にも満たない…!)という低予算でありながら、20週にもわたってグローバル視聴ランキングのトップ10に君臨し続けました。
『イカゲーム』がNetflixに創出した価値は1030億円と推計されています。
『ONE PIECE』も、まさにこのような「ブロックバスター」になることを期待されているでしょう。
『ONE PIECE』というコンテンツの有望性
『ONE PIECE』は、日本のコンテンツの中でも指折りの人気を誇ります。
コミックスの全世界累計発行部数は5億部を突破しており、海外でも60カ国で累計1億部以上を発行しています。
「最も多く発行された単一作者によるコミックシリーズ」としてギネスにも認定されており、名実共に世界一のマンガです。
日本のアニメ・マンガに特化した世界最大のデータベース「MyAnimeList」ではマンガとして3位、アニメとしては20位、キャラクター(ルフィ)でも3位の人気を誇っています。
マンガやアニメのファンは強固なネットワークを持っており、発信意欲や発信力も強いので、評判の良いコンテンツさえ制作し話題化すれば、視聴者を爆発的に増やすことも可能です。
また、一度『ONE PIECE』のコンテンツを作ってしまえば、Netflixは永久にその恩恵を受けられるのもポイントです。
『ONE PIECE』はこれからも世界中で大人気のマンガとして、未来の世代も含めて多くのファンに愛されることになるでしょうが、そういった未来のファンもNetflixの潜在顧客にすることができます。
さらに『ONE PIECE』は「ビンジ・ウォッチ」に強いコンテンツです。
ビンジ・ウォッチとは「イッキ見」のこと。1話目を見た人が2話目も、3話目も…と一気に見てしまう視聴スタイルのことを指します。
Netflixのような配信サービスでは、このビンジ・ウォッチが発生するかどうかをコンテンツの魅力度の判断基準に置いています。
週間少年ジャンプに連載されているマンガは、あらゆるコンテンツの中でも「次週が気になる」展開を作るのが上手く、まさに「ビンジ・ウォッチ」させるのにうってつけのストーリーになっていますよね。
このような理由から、Netflixは『ONE PIECE』に大きな期待を寄せていました。
Netflixと尾田栄一郎の7年にもわたる「死闘」
しかし、実写ドラマ化はそう簡単には進みませんでした。
原作者である尾田栄一郎先生が実写化を発表してから、Netflixでの配信が開始されるまでにかかった期間はなんと7年。
公開前に発表された尾田先生のコメントからは、なんだかいろんな苦労が読み取れてしまいます…。
国内でのプロモーションでも、製作・制作サイドと尾田先生との一歩も引かぬ本気のやり取りをそのままOOH(屋外広告)化しています。
尾田先生は脚本の段階で大幅な修正を依頼したり、何度も撮り直しを要求したりと、全力で制作に関与しました。
おかげで評価の高い作品が完成したのですが、おそらく制作費は当初の予定を大きく上回る着地になったのではないかと思います。
しかし、結果的にこれで「ブロックバスター」が生まれてくれれば、Netflixとしては申し分ないわけです。
改めて、公開初週の成績は、週間グローバル視聴数ランキング1位でした!
何より、ファンからの評価が高いことが嬉しいですね。
同作の今後の評価・動向にも注目していきたいですし、何よりシーズン2が制作されることを祈っております…。
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Netflixが実写版『ONE PIECE』に200億円も投資した理由が、なんとなくわかったでしょうか。
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