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第一回 お店のこと。

お店のこと。


新井薬師前駅。一日平均約1万8千人が乗り降りする駅は、山手線も乗り入れる高田馬場駅から10分ほど電車に揺られると到着する、長閑な住宅街。
駅周辺では、数年後の再開発を控えて、工事の白い板張りと寂れたシャッターが目立つ。
乗降客のメインは、近くの私立学校に通う生徒たちと、近所の人たち。

決して何かがあるわけではないが、最近深夜ドラマの舞台になったらしく、時折街の雰囲気に似つかわしくないキラキラとした人たちが周囲を伺っている。

そんな駅の南側、改札を出て道を渡ったすぐにあるフルーツサンド店。カラフルな断面が目を引く、薄いブルーの可愛らしい店が開くのは、週末だけ。

「クリームがホントに美味しくて」
「フルーツも珍しいものがあってラインナップが楽しい」
「今までのフルーツサンドの概念が変わるくらい美味しい」

そんなお客さんたちの声にも関わらず、なかなか人も集まらないのは、人懐っこいのにマーケティングが下手な店主が営むから。
それでも店主が店を続けるのは、買っていく人の笑顔が見たいというのと、もう一つ。
店の前が通学路になっており、そこを通る子どもたちとの交流が心底楽しいらしい。

「て~~~~ん、ちょ~~~~!!」

いつもの小学生の集団が、金曜日の午後、店頭に走って現れる。
ほんの数分話をするだけ。10人近くが同時に話をするので、誰が何を言っているかはわからないが、そんなことが続くと、自然と顔と名前は覚えてしまう。
誰かが誰かに告白をした。初出の名前に意味がわからないながらも、ただなんとなくで人を好きになっていた自分の小学生時代を懐かしむ。
妙に微笑ましくて懐かしい。そんな感覚が楽しくて、店に立っていると幸せを感じる。

数分のやりとりでも、その子たちの性格はなんとなく浮かんでくる。身体が大きくパワフルな子は、いつも少し日焼けして汗まみれ。背は高くないが眼差しが真っ直ぐした子は、いつもみんなを率いて進む方向を決める。
ある品の良さそうな、裕福そうな家の子は、いつも一番後ろで控えめにフルーツサンドを眺める。

ある日の夕方、そんな集団の一人が親を連れて店にやってきた。
いつも控えめにフルーツサンドを見つめる色白の裕福そうな家の子。親御さんも品が良くて人当たりが良い。
その場で食べるべく、母娘だけの秘密の買い食いが始まる。

「あなた、何が良いの?ほら、自分で言わないと」

親の後ろに隠れ、中々自分で言い出せないながらも、ショーケースの中は一点を見つめている。

「チョコバナナ、好きなの?」

その呼びかけに大きくうなずき、ニコッ!
日中、友達と居るときには緊張しているのか、絶対にそのときには見せないような表情を見て、その子の心根をまた一つ知った気がした。

また店を開けた金曜日、午後になっていつものバタバタとした足音と大声が聞こえる。いつもの集団が現れる。
でもいつもとは少し違った。
「まじ美味しそうだよね!」いつもの声で小学生が話しかけてくる後ろで、一人控えめな子の、いつもと違う、笑みを隠せない表情が、いつもの昼下がりを少しだけ変えた。

About Us

フルーツハーバー
東京都中野区上高田3-40-10秋山ビル1階

高田馬場駅から電車で揺られること10分。新井薬師前駅南改札からすぐの場所にある小さなフルーツサンド店。
自家焙煎コーヒーや、概念が変わるほど美味しいスコーンなども並ぶ、週末だけ開く大人の秘密基地。

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