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【Q3.拡大版立山黒部アルペンルート】序.溜池山王駅から水橋漁港まで(富山地方鉄道富山港線・フィーダーバス完全乗車)

 雇用先が加入している健保組合の医療施設に、健康診断の予約を入れてある。胃のX線検査があるコースだ。
 前日、木曜の夜から禁酒と絶食を行い、当日朝一番から診察を開始する。空腹の胃がバリウムと膨張剤で膨らむ。無意識のうちにゲップをしてしまい、胃から空気が抜け、撮影途中で粒状の膨張剤を追加で飲まされる。苦痛だが従うより他ない。
 健診終了後には、施設付属の寿司屋で無料の朝食が食べられる。職場には既に午後休を申請している。

 以上のような経緯により、今回の旅程は、健診センターの最寄り駅である東京メトロ溜池山王駅から開始される。
 
 寿司を食べ終わる。一〇時二六分、健診センター発。ここでも大規模な再開発が行われている。工事音を聴きながら、山王パークタワー横の入口から、溜池山王駅に入る。


 一〇時三二分溜池山王駅発。東京メトロ銀座線、浅草行き。最も近いJR駅、新橋を目指す。
 一〇時三六分新橋着。メトロの改札を出て地下通路を歩き、JRの改札を目指す。それなりの距離がある。途中、自動券売機で、東京都区内から目的地までの乗車券と新幹線特急券を買う。


 平日昼間の京浜東北線は快速運転を行っており、新橋には停車しない。山手線に乗る。
 一〇時四四分新橋発。
 一〇時四八分東京着。
 北陸新幹線の最優等列車、かがやきは全座席指定席で、富山駅には停車しない。はくたかにて向かうこととする。次の、はくたか561号の発車時刻は一一時二四分だ。大分時間に余裕がある。栄養ドリンクを買って飲む。
 新幹線ホームの、最も有楽町寄りの端にて到着を待っていると、一一時一〇分過ぎに入線してくる。一号車、自由席の最後尾の窓際に座る。ゴールデンウィークに東北新幹線に乗った時は、窓際の席は全て完売であった。今回のこの列車は、座席には大分余裕があるように見受けられる。


 大手町、神田付近のオフィスビル群を眺めていると、北陸新幹線のチャイム「北陸浪漫」が鳴り、車内放送が始まる。交差する首都高、日本橋川。速度はまだそこまで出ない。満ち足りた気分だ。アキバのヨドバシカメラ、田端の車両基地、赤羽以北で並走する埼京線、埼玉との都県境である荒川にかかる橋梁。前回の旅行では良く見ることが出来なかった風景を、充分に楽しむ。

 大宮の先で東北新幹線と分岐し、関東平野を北に走る。時に田園が、時に工場群が現れる埼玉北部の車窓。熊谷、本庄早稲田を何時の間にか通過して、高崎に着いたのが一二時一二分。発車するとやがて、上越新幹線が分岐していく。
 長いトンネルを抜けて、長野県に入る。地上駅である軽井沢を通過。佐久平を通過したのは何時か分からないが、上田は分かる。軽井沢では下車したことがあり、上田にも泊ったことがある。佐久平は、小海線で通ったことはあるが、下車したことはない。一度訪れた街は、何となく雰囲気を覚えているから、見る角度や速度が異なっても、視覚的に認識できるのだと思う。
 長野を過ぎた所で、ようやく車内販売がやって来る。最後尾とは言え、随分と時間がかかったなと思う。適当にビールとつまみを買って飲む。


 この、はくたか561号は、長野以遠は各駅に停車する。飯山、上越妙高、トンネルと田園と地方都市の風景。糸魚川より先では、日本海も見えないこともないように思うが、遠い上に、今日は曇天で良く分からず、印象に残らない。長いトンネルを抜けて、富山県に入る。

 一三時五四分、富山駅着。はくたかを見送る。





 県庁所在地、県代表駅だけあって、なかなかの威容である。全線高架駅だ。県庁所在地に恥じない。とりあえず構内を見て回り、記念スタンプを押す。スタンプは、北陸新幹線のスタンプと、第三セクターである、あいの国とやま鉄道のスタンプの両方を押す。あいの国とやま鉄道は、新幹線の開業と共に経営分離された、元のJR北陸本線だ。


 駅の南口には、フラットな広場がある。様々な食べ物や物品を売る、夕市がひらかれるらしい。その準備をしている傍らを、富山のシンボルである路面電車が、警報音を鳴らしながら通り過ぎる。
 
 富山駅の高架下には、路面電車が南北に通っている。
 高架鉄道と路面電車とが立体交差する風景と言えば、自分はやはり、都内の大塚駅や王子駅の駅前を思い浮かべる。いずれも都電荒川線の停車駅であり、東京の中でもなかなか趣のある風景なのだが、富山駅の路面電車を実際に見ると、格の違いを感じる。テレビの旅行番組で紹介される中欧や東欧の都市のような広がりと華やかさが、富山駅前にはある。この瀟洒な空気は、日本の他の都市では見たことが無い。


 富山まで来たからには、やはりこの路面電車に乗らなけらばならない。また、北陸に来たからには、日本海の波頭に直接触れてみたい。
 富山駅からは、幾つかの路線が伸びている。海の方向に向かう、富山港線に乗ろうと思う。終点は、岩瀬浜という所らしい。
 駅高架下の電停で待っていると、定刻通りに入線してくる。低床化された、現代的なデザインの車体の、二両編成だ。車体のデザインはこんなに洗練されているのに、入線時や発車時に流れる音声は、昭和レトロっぽいキンキンとした音質のクラシック音楽だ。意図的にそうしたものであろうか? 高架下の電停に全く照明が備えられておらず、日中から非常に暗いのも不思議だ。


 富山駅を発車してしばらくの間は、市街地を鈍足で進む。電停の数も多い。専用軌道に入ってから、その本領を発揮し、疾走を開始する。ある時は車道と並走し、またある時は民家の至近距離をすり抜ける。民家との距離の近さは、都電荒川線と似ているなと思う。
 車内の乗客は逓減していく。終点、岩瀬浜まで乗っていた客は、私を含めて三人。後の二人はいずれも老婆である。車体と、停留所と、駅キャラの少女イラストを撮影する。


 岩瀬浜電停前のバスロータリーには、マイクロバスが待機している。二人の老婆はそれに乗り継ぐ。フィーダーバスと言うらしい。行先は水橋漁港と表示されている。どういう場所なのか知らないが、漁港と言うのなら海に近いだろう。ここまで来たついでに行ってみることにする。衝動的に乗り込む。

 三人の客を乗せ、バスは走る。進行方向左側には富山湾、右側には立山連峰を望む。どうやらこのバスは、海に向かって進むのではなく、海岸線と並行に、東に向かって走っているようだ。水が張られた水田と、麦秋の黄金色とが交互に姿を見せる。


 終点、水橋漁港着。その名の通り、河口に架かる橋の手前のバス停であった。
 
  当然ながら、周囲は漁港だ。看板によると、ホタルイカの産地だという。漁船が停泊する岸壁が整備されている。とりあえず橋の中央に立ち、立山連峰と海鳥を撮影する。橋を渡って探索を続けてみたが、海辺に降りるルートは見つからない。


 漁港エリアに一軒、漁師向けの食堂のような店がある。覗いてみると、今日の営業は既に終了したとのことだった。漁船の稼働時間に、営業時間も合わせているのだろう。

 グーグルマップに頼る。最寄りのコンビニまでも、それなりに距離があり、徒歩で向かうのは厳しい。帰りのバスは一時間に二本。次のバスを逃したくない。富山湾の波に触れることは、今回は諦める。 
 フィーダーバスの、水橋漁港バス停にて、岩瀬浜行きのバスを待つ。来た道を、そのまま引き返しただけのようにも見える。しかし、そうではない。実は、ここが本当のスタート地点なのだ。「拡大版立山黒部アルペンルート」は、フィーダーバス水橋漁港バス停より開始される。

健診センターから水橋漁港までの旅程

  

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