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夢かうつつか

2023年3月8日(水)
 「給食セットとお便り、連絡帳を出してね」
 下校したノコ(娘小3)にそう声を掛けると、「あのね、ママママ」と学校での出来事を喋りながらそれらを出してきた。最近のノコは何をいっても「ヤダ」をあたかも「はい」のように返すので内心びっくりする。お便りや連絡帳を出すのにヤダはないだろう、と思うがいうのだ。
 ノコがおやつを食べ終えた。
 今日は習い事がある。出発時刻まで40分ほど。
 「少しでも宿題かピアノの練習やっちゃおうか」
 遅くなればなるほど億劫になってノコの「ヤダ」度が高まる。
 隣の公園から賑やかな声が聞こえてきた。ノコの耳にはお友だちの誰それの声かわかるのだろう。
 「ちょっとだけ公園行っていい?
 「出発時刻にさっと帰ってこられる? 塾から帰って、宿題もお風呂もご飯もヤダヤダいうのなら、ママは嫌だな」
 「すぐやるし、ヤダっていわない」
 そういってもそうしないのがノコだ。というか、子どもだ。いや、人間か。
 そして、「そんなこといっていない」と実に堂々と主張してくる。「いった/いわない」のいい争いは時間の無駄だ。書き残してもなかったことにされてきたが、どうにもいわずにいられない。
 「じゃあ、書いてね」

 しゅくだい ピアノ おふろ ごはん ねる ぜんぶ すぐやります

 遊びに行きたくてたまらないノコが足踏みをしながらボールペンを走らせ、そのまま外へ飛び出していった。
 書くよういわなかった一言までしっかり書いてある。

 「やだ」といわず。

 習い事に向かう途中、書店の前を通る。
 ノコが帰りに寄りたい、という。だが、今日はむーくん(夫)の帰宅が遅いためワンオペ育児だ。できるだけ早く帰って夕飯を用意しつつ、ノコには宿題やピアノの練習をさせて…と就寝時刻までの短い時間のやりくりが頭のなかを巡る。むーくんが送迎の日は、家で私が夕飯の支度をしているので多少の寄り道は可能だ。だが、今日は厳しい。
 そう説明するとノコの顔が険しくなる。
 あぁ、「またダメっていわれた」と思っているんだろうな、とわかる。
どうせ私のしたいことは全部ダメダメダメなんだ、とくさくさしている。
 少しでも「今」ノコを満たしたほうが後を引かない。腕時計を見、「5分だけね」と書店へ入る。

 児童書コーナーへ行くと、同じ習い事の小学1年生男子がいた。その男子の弟とお母さんの3人だ。1年生男子がノコにしかけ絵本を見せる。こっちの本を見ろ、とばかりにノコの手を引く。あっという間に習い事の時刻が迫り、兄弟のお母さんが声を掛けた。
 「そろそろ行かないと」
 「ヤダ!」
 1年生男子が即いい返す。
 ノコが同情するような困った表情を浮かべて、先方のお母さんを見上げる。
 「ほら、もう行こう。手、つないであげるからね」
 年下の子がいると、ノコは途端にお姉さん風を吹かす。この親子がいなかったら、渋るノコの手を引いていたのは私だ。お母さんは申し訳なさそうに軽く私に頭を下げる。「こんなにしっかりした物わかりのよい娘さんでいいですねぇ」という感じだ。
 私も軽く頭を下げる。いえいえ、こちらこそ助かりました。
 その1年生男子を「good job!」と親指を立てて褒めちゃいたい。

 習い事から帰ったノコは紙に書いた通り、宿題もピアノの練習もし、食事もすべて食べ、お風呂にもすんなり向かい、ドライヤーまで滞らなかった。
 数回「ヤ…」といいかけたが、それが「ヤダ」になることはなかった。
 あぁ、どうしよう。
 本当にうちの子かしらん。
 あまりのストレスフリーに心が震えてしまう。

 ノコのテレビが見られる時刻を過ぎたけれど、これはご褒美ものだ。
「30分だけよ」とノコとアニメ番組を1本見た。
 帰宅したむーくんにこの素晴らしい時間を報告すると、「はっちゃん、起きてた? どこからが夢の話?」と突っ込んできた。
もう! 本当だってば! 本当の話!
もし夢なら覚めないでくれ!

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