【𠮷田德次郎<前編>】常識をひっくり返したコンクリートの神様〜土木スーパースター列伝 #09
熱中して時間を忘れてしまった経験って誰しもあると思いますが、大人になって、しかも仕事で、四六時中没頭して明け暮れてしまうなんてことありますか? 今日は、コンクリートの実験に明け暮れて、「コンクリート工学」という新しい分野まで確立してしまった土木偉人をご紹介します。
こんにちは。土木広報センター土木リテラシー促進グループ長の鈴木三馨です。月に一度オンライン配信している土木学会土木偉人イブニングトークなど『土木偉人かるた』の普及活動の傍ら、本業はコンクリートに関する研究開発を行っていまして、このスーパースター列伝では3回目の執筆になります。
さて、本日10月15日は日本のコンクリート工学の育ての親と呼ばれる『𠮷田德次郎』先生の誕生日になります。コンクリート工学を体系化し、荒廃した戦後の社会資本整備に尽力された方なのですが、今っぽい言い方をお許し頂ければ、超コンクリートオタクで、「コンクリートの神様」と全国の土木技術者から呼ばれていました。
同じコンクリートを研究している身からして、大変恐れ多いので「𠮷田先生」と表記させて頂きます。
東大を主席で卒業!コンクリート歴37年のスーパーマン
まずは、𠮷田先生のプロフィールから。
1888年、神戸生まれ。幼少期は東京で育ちます。東京帝国大学土木工学科へ入学し、当時はまだ正式な講座ではなかった鉄筋コンクリートの講座を受講します。1912年主席で卒業後、九州帝国大学土木工学科の講師、イリノイ大学への海外留学を経て、1949年に東京帝国大学を退官されるまで37年間コンクリート工学の研究をしました。
その業績は、土木コンクリートのバイブルである土木学会コンクリート標準示方書の策定・改定のみならず、関門鉄道トンネル、佐久間ダム、黒部第四ダムなど当時最高技術を要求され、今でも私たちの生活に欠かせないインフラの現場指導があります。
そして、発表した58編の論文は、日本のコンクリート工学を世界レベルまで引き上げたといっても過言ではない、教科書レベルのトップクラスばかりでした。
建設現場にも足しげく通い、学生指導も行い、自分の研究も重ねながら、これだけの質と量を兼ね備えた論文を発表できる人は、MLBの大谷翔平選手ばりのスーパーマンのようです。
本人が言う“最高の論文”とは?
さて、発表した58編の論文の中で、先生ご本人が最高の論文として挙げられたものがあります。『新しいコンクリートに於ける材料の分離に就いて』(1932年発表)です。
多くの鉄筋コンクリート構造物が現場で施工されるため、その良し悪しは現場の土木技術者の腕にかかっています。劣悪なコンクリートはその寿命を短くしてしまうわけですが、良いコンクリートと悪いコンクリートの差は何か? 𠮷田先生が生涯かけて打ち込んだテーマのひとつでした。
コンクリートはとてもシンプルです。セメント、水、骨材を主原材料とし、それらの材料を練り混ぜて型枠などに流し込み、水和反応によって固まると一般にコンクリートと呼ばれるような状態になります。
シンプルな材料でできているため、大きな差が生まれるはずがないように思えるのですが、𠮷田先生は、良いコンクリートを作るために日夜研究を重ね、最高の論文を発表します。
一体何が“最高”なのか?
それを紐解くと、𠮷田先生の信念を貫き通す実直な一面が見え、𠮷田先生からのメッセージが見えてきました。
常識をひっくり返す大発見!
断面30㎝平方のコンクリート柱の各部に於けるコンクリートの抗圧強度
『新しいコンクリートに於ける材料の分離に就いて』より抜粋
論文タイトルにある「新しいコンクリート」とは、練混ぜ直後から、型枠内に打ち込まれて、凝結・硬化に至るまでの状態にあるコンクリートのことを指します。今では、フレッシュコンクリート(fresh concrete)と呼ばれます。
少し専門的になりますが、ポイントは「硬化」です。コンクリートは水が乾燥するから固まると思われがちですが、フレッシュコンクリートは水和反応というセメントと水が化学反応をすることによって徐々に硬化していきます。ですが、「型枠内に打ち込まれて硬化するまでの時間は、材料分離しないと仮定する」のが当時の世界の常識でした。
𠮷田先生はこの常識を根底からひっくり返してしまいました。
この論文によって、材料分離がコンクリートに与える悪影響を示したことで新常識が今日のスタンダードになっただけでなく、どうすれば材料分離をできるだけ少なくできるか?というさらに踏み込んだ方法まで複数提案しています。
当時、𠮷田先生の師匠であり、コンクリートの権威であるアメリカの教授に報告しても取り合ってくれなかったというほど、誰も気にしなかった驚きの論文だったのです。
先生ご本人が生涯を振り返ったときに「最高の論文」として挙げたこのエピソードから私が受け取ったのは、例え周囲に認められなくてもくじけず、教科書にかかれているような常識にとらわれず、愚直に何事も自分で確かめる大切さです。
ビジネスに大事な3つの目
ビジネスにおいて「虫の目」「鳥の目」「魚の目」が必要と言われます。
毎日の実験で観察眼を鍛えた「虫の目」。研究室レベルの試験体ではなくコンクリート構造物の全体像を俯瞰した「鳥の目」。コンクリートの課題をいち早くキャッチして、時流をとらえた研究を数多く行った「魚の目」。
数多くの優れた論文を発表した𠮷田先生は、この3つの目を持った偉人であり、独創的で情熱を持ったトップランナーであったと思うのです。どんな偉業も一日で成し遂げることはできません。𠮷田先生はまずは一歩一歩の着実な努力をすることから始めてみようと私の背中を押してくれています。
文責:鈴木三馨(土木リテラシー促進グループ長)
プロフィール
土木広報センター土木リテラシー促進グループ長。土木偉人かるた企画者兼作者。土木酒場の女将。土木偉人愛好家たちと推し偉人について語り合うことを夢見ている。大学では土木工学を専攻し、現在はゼネコンの研究所でコンクリートの研究開発を行っている。
■参考文献■
・土木学会吉田賞選考委員会:吉田徳次郎先生の御遺徳を偲んで,1993.
・渡邊明:「コンクリートの神様」𠮷田德次郎,土木学会誌,Vol.103,No.5,pp.48-49,2018.