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短編小説

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140字以上の小説がまとめられています。 増えていくペースはゆっくりです。
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2019年8月の記事一覧

夏の死骸

足元に出来た自分の影の中で蝉が死んでいた。引っくり返ってピクリとも動かない蝉を見下ろす。容赦なく照り付ける太陽のせいで汗がにじむ。首筋を伝う汗が鬱陶しくて乱暴に手で拭う。
周囲では蝉が大合唱している。数刻前まではこの蝉もその仲間だっただろう。理由は解らないが、今は道の真ん中で死んでいる。そのうちカラスか猫か、何かしらの動物の手によって姿を消す。死んだ蝉が辿る運命が一つの物語のように浮かび上がる。

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世界が終わる、その前に

世界が終わる前にやり残したことはあるだろうか?
答えはイエスだ。ある。このままでは死んでも死にきれないし、世界が終わったとしても荒廃した世界を未練たらしくさ迷い続けるはめになりそうだった。
「行ってきます」と家族に叫び、家を飛び出す。何か言っていた気がするが聞かなかったことにして、走り出した。目的地までは何度も何度も足を運んだため、最早目をつぶっても行けそうだ。
本当にもうじき世界が終わるのかと疑

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涙の面影

瞬きと同時に涙が一粒、彼女の瞳から零れ落ちた。拭うこともせずに彼女は目蓋を下ろし、ゆっくりと首を左右に振った。次に目蓋を上げた時にはもう涙の面影は残っていなかった。普段通りの彼女が僕を見て笑っていた。
帰ろうか、と彼女は踵を返して歩き出した。迷いのない足取りに置いていかれまいと僕は足早に彼女を追いかける。
追い付いたところで肩越しに背後を振り返った。積み上げられた屍と地面に飛び散った血の跡が夕日に

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閉じこめられて

注意:この小説には残酷な表現や流血表現があります。苦手な方はご注意下さい。

目が覚めて、最初に目に飛び込んできたのは見慣れない茶色の天井だった。上体を起こして辺りを見渡す。床に寝ていたらしく視界が低い。正面にはタンスと勉強机らしきものがあり、左手側には扉がある。右手側には窓があり、背後にはベッドが置かれていた。そして隣には後輩の千景くんが横たわっている。身動き一つしないから生きているのか心配にな

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