世界が終わる、その前に

世界が終わる前にやり残したことはあるだろうか?
答えはイエスだ。ある。このままでは死んでも死にきれないし、世界が終わったとしても荒廃した世界を未練たらしくさ迷い続けるはめになりそうだった。
「行ってきます」と家族に叫び、家を飛び出す。何か言っていた気がするが聞かなかったことにして、走り出した。目的地までは何度も何度も足を運んだため、最早目をつぶっても行けそうだ。
本当にもうじき世界が終わるのかと疑いたくなるくらいに普段と変わらない景色が広がっている。
蝉の鳴き声と子ども達の笑い声、通りすぎる家々の開け放たれた窓から聞こえてくる家族団らんの穏やかな話し声、BGMと化しているテレビから聞こえる世界の終わりが迫っているのを告げるアナウンサーの真面目な声。橙色から紺色にグラデーションする空には無数の光の筋が上から下へと伸びている。日常の中に世界が終わる前兆が見え隠れしていた。
走って、走って、走って、たどり着いたのは町の外れにある小さな公園。遊具はブランコと滑り台だけ、その脇には申し訳程度に砂場がある。奥に目を向けると緑の葉を生い茂らせる木が並んでおり、一番出入り口に近い木の根本にはベンチが二脚置かれているだけだ。
二つあるベンチの一脚に誰かが座っていた。いや誰というのは語弊がある。座っている人物の正体は此処に来た段階で解っていた。
乱れた呼吸を整えながらゆっくり近付く。座っていた人物は、彼女は顔を上げる。僕が此処にいることに驚いた様子もなく、横にずれて一人分のスペースを開けた。遠慮なく隣に座る。彼女は無言で視線をさ迷わせていた。僕も僕で今になって何を話したらいいのか解らず、黙ったまま意味もなく公園内を見渡す。
刻一刻と時間だけが過ぎていく。このままでは何も言えないまま、世界の終わりを迎えてしまうと紺色の割合が大きくなり光の筋が増えた空を見上げて思う。だが、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。
「久しぶり、だね」
彼女が口を開いた。空から彼女に視線を移す。彼女は俯いており、尚且つ髪で顔が隠れていて表情は窺えない。
「うん。久しぶり、だね」
絞り出した声は震えてしまった。途切れ途切れなありきたりの返事しか出来なくて、僕は胸中で溜め息を吐いた。
彼女が顔を上げてこちらを向く。目と目があって、心臓が大きく脈を打った。
「このまま会えないのかと思った」
彼女の唇が紡いだ言葉が脳に徐々に染み渡っていき、言葉の意味を理解して顔が火照るのが解った。
勘違いしていしてもいいのだろうか、都合のいいように解釈していいのだろうか。勘違いしたい気持ちとそれを否定する気持ちが心の中でせめぎあって、彼女を見つめるしか出来なかった。
「だから、最期に会えてよかった」
儚げに笑う彼女の遥か後方で目映い光が見えた。
「勘違いしちゃうよ」
「いいよ」
「え?」
「だから、此処に来たんでしょ?」
彼女は本当にズルい。心の中にあった勘違いだと否定する気持ちを消し去ってくれた。
ベンチに投げ出されていた彼女の手に自分の手を重ねる。小さく身動ぎしたが振り払いはされなかった。
「……好きだよ。ずっと、ずっと、初めて会った時から、好きでした」
「私も、好きです」
顔を見合わせて、二人で照れ臭そうに笑いあって、彼女の姿が目を開けていられないくらいの眩しい光に包まれて、見えなくなった。
彼女の言葉が嘘なのか本当なのか、真実は闇に葬られてしまったが、謎は謎のままがいい。

お題はこちら↓
・書くものに悩む貴方へ、より↓
https://twitter.com/from_blue0130/status/1159779644192649216?s=19
にてアンケートをとった結果、一番多かった『例え嘘でも本当でも』

・あなたに書いてほしい物語2、より↓
https://twitter.com/from_blue0130/status/1162297266700341248?s=19
書き出しは“世界が終わる前に”、終わりは“謎は謎のままがいい”で静かな物語。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?