夏の死骸

足元に出来た自分の影の中で蝉が死んでいた。引っくり返ってピクリとも動かない蝉を見下ろす。容赦なく照り付ける太陽のせいで汗がにじむ。首筋を伝う汗が鬱陶しくて乱暴に手で拭う。
周囲では蝉が大合唱している。数刻前まではこの蝉もその仲間だっただろう。理由は解らないが、今は道の真ん中で死んでいる。そのうちカラスか猫か、何かしらの動物の手によって姿を消す。死んだ蝉が辿る運命が一つの物語のように浮かび上がる。
「可哀想に」
無意識でこぼれた自分の言葉に苦笑する。哀れんだところで蝉は生き返らないし運命も変えようがない。同情してどうするのだ。
近付いてくる足音に顔を上げる。待ち合わせの相手である友人が駆け寄ってきた。
「ごめん」
「いいよ。まだ時間じゃないし」
膝に手をついて乱れた呼吸を整える友人を眺めながら、視界の端で蝉の死骸を捉える。普段ならば一瞥しただけで終わるのに、何故目が離せないのか自分でもよく解らなかった。見ていて気持ちのよいものではないのだから、さっさと視界から消し去ればいいのに不思議だ。
「どうした? 大丈夫?」
我にかえる。心配そうに顔を覗き込む友人がいた。
「大丈夫。ボーッとしてただけ」
「暑いもんね。早く涼しい所に行こうか」
「それがいいね。行こう」
友人と連れ立って歩き出す。途中さりげなく肩越しに振り返ると一羽のカラスが蝉の死骸の傍らに降り立っていた。あまりに予想通りすぎる運命に笑いがこみあげてきた。どうにか飲み込み、友人との会話に戻る。
まだ夏は始まったばかりだというのに、あの蝉は謳歌出来ずに死んでしまった。本当に気の毒だ。
せめて次に生まれ変わってくる時は長生き出来ますように。そう密かに願ってしまったのは、暑さのせいにしておこう。

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