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短編小説

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140字以上の小説がまとめられています。 増えていくペースはゆっくりです。
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2017年9月の記事一覧

夢の後先

 肺から漏れた空気が無数の泡となり、水面に上っていく。射し込む光を浴びて輝く泡は宝石みたいに輝いていて綺麗だった。ゆるゆると手を伸ばす。触れる前に泡は消えていく。虚しく水を掻いた青白い手が頼りなく揺れる。不健康だと頭の片隅で考えて、ゆっくり目蓋を下ろして、意識が闇に落ちていく。
 そこで目が覚める。水の中にいて、尚且つ肺に水が入ってきているのに苦しくない。そんな奇妙な夢を毎日のように見ていた。最初

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君の近くに行く方法

「あ」
短い悲鳴が聞こえて振り返る。彼女の手から離れた絵コンテが地面に落ちていく真っ最中だった。眉を寄せ、彼女は拾い上げる。
足元に舞ってきた一枚を拾う。枠の中に描かれた人物画は演者にそっくりで、横に書かれた説明文も丁寧な字で簡潔に書かれている。
「あんまりじっくり見ないで」
困り顔の彼女に没収される。
「参考にしようと思ったのに」
「粗だらけだからやめて。私より上手い人なんて沢山いるんだからさ」

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ライバルは月です。

「まだ満月じゃないんだね」
彼女が指さす先には半分より少し膨れた月が浮かんでいた。空は薄い紫色で夜の始まりを告げている。
「綺麗だね」
見上げたまま呟く彼女に僕は何も言えなかった。じっとその横顔を眺めていた。月よりも空よりも彼女の方が遥かに綺麗だ
「何時だっけ?」
「何が?」
話を全然聞いていなくて、反射的に聞き返す。相変わらず視線は僕に向かない。
「満月」
「明後日辺りじゃなかったかな」
「へー

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夢ならば会えるのに

懐かしい人の夢を見た。二人で他愛のない話をしているだけのありきたりな夢。しかしそれはやけに現実味を帯びていて、目が覚めた瞬間、カレンダーを確認してしまった。
ああ、夢か。解っていたはずの現実を改めて認識させられ、知らず溜め息を吐いた。二度寝をしたら同じ夢を見られるかもしれない。往生際の悪い私は、期待をこめてもう一度目蓋を下ろした。
待てど暮らせど眠気はやってこず、枕元でアラームが鳴り始めた。
どう

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