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【感想】ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』百万年書房

選択するということは、なにか取り返しのつかないことのようにも思えるし、とてもエネルギーの要るアクションだ。結果の責任は選択にのみ委ねられている気すらする。

といってもその規模感はさまざまで、日常生活の身の回り、なにを着てなにを食べどこに住むのか、というミクロな選択から、どの学校に進んでなにを学び、どの会社に入るか、という人生の岐路となる選択まで、私たちは常に選択し続けることで生きている。しがらみはあっても結局は自分の判断で、なにを選んだっていい。

しかし私たちはそんなとき、なにかを掴み取ることばかりに気を取られるあまり、それを「しない」という選択を見落としがちではないだろうか。あるいは、それを「やめる」という選択。他の選択肢に並ぶはずだったそれらは往々にして、はなからそこには存在しないかのような佇まいを見せる。「しない/やめる」選択肢が透明化してしまうのだ。

『転職ばっかりうまくなる』はそれらの選択肢にはっきりとした輪郭と色彩をもたらしてくれる一冊だ。あるいは著者・ひらいめぐみさんの「しない/やめる」選択の記録ともいえるだろうか。新卒で就職しなかったひらいさんの、六度にわたる転職の記録である。

アパレル倉庫スタッフ、コンビニ、営業職、webマーケティング、書店スタッフ、広報、編集・ライターと職種や場所を変えながら、そして雇用形態もアルバイト、正社員、業務委託とさまざまに経験しつつ、それぞれの場所で感じたことや転職の過程での出来事が詳らかに記される。

ストレスから血便が出たり、上司や同僚に変なことを言われたりと、けっして楽しい出来事ばかりではないが、それでも自分に合った働き方を模索し続けるひらいさんの姿には、転職という言葉にまとわりつく後ろめたいイメージは一切なく、むしろ勇敢に映る。

環境を変えることそれ自体にも多大なカロリーが要るが、わずか数年前のそれらの出来事をこんなにも鮮明に、実直に書きあげるのも大変なことだと思う。顧みることの難しさ、そしてそれを具現化する労力。それらを悟らせない軽快な文体からは、読んでいるこちら側にも「ちょっと振り返って文章書いてみようかな…」と思わせるパワフルさを感じる。

そんな本書でとりわけ印象的なのは、「景色」をなによりだいじにしていることだ。近所を流れる大きな川、窓から望める夕暮れの橙、駅へと向かう道中の街並み、ホームから見える新緑。就職先で、あるいは転職活動中のふとした瞬間に目に入るそれらに、ひらいさんは思いを馳せる。

たとえば昼休みやちょっとした休憩、通退勤の移動時間などに、ふと心を逃がせる場所。「景色」そのものがサードプレイスであるとでもいえようか。短時間の「景色」との接触が、長時間の労働の下支えとなる。そのことに感じ入るひらいさんの姿は、「働く時間」も「働いていない時間」もひとしく「生活」であることを私たちに思い出させてくれる。労働に飲み込まれず、ほどよい距離感で付き合っていくためには、豊かな「景色」が必要なのだ。

こんなにきれいな夕焼けを誰も見ていない、誰とも共有できない会社で働き続けることが、わたしにとって、なによりも耐えられないことだった。ここに馴染めたら、きっといつかわたしも窓から見える景色に、心が動かなくなってしまう。なりたくない大人になるために、就職したわけではなかった。

ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』百万年書房(p.84)

こと就職に関してはいまだに「大学を出て新卒入社」がスタンダードとされている向きがある。入社後もまた、より良い人材を目指して成長し続けること、自己の実現のために前へ進み続けることが、あたかも「そうすべきこと」かのように周囲からも期待される。

だけど、私たちはいつだって「しない/やめる」を選んでいいのだ。「景色」のように、なにか大切なものを失っていく感覚に耐えられなかったら、すっぱりやめたっていい。いかに働くか、ということは、いかに生きるか、ということである。生き方にスタンダードはない。道はひとつではないし、選ぶべき王道もない。

成長・自己実現だけでなく、家族だったり友人だったりお金だったり趣味だったり、人によって拠り所にする指標はさまざまで、それらをどういうバランスで重んじるかは、その人次第だ。職を変えながら自分に合ったポジションを探していくひらいさんの姿は、ただひたすらに正しく見える。

夢を持つのは、いいことだ。それは認めよう。だけど、夢がない人生だって、別になにも悪くない。おおきな仕事の悩みはなく、休みの日にはゆったりと映画を観たり漫画を読んだり好きなことをして過ごし、軽やかな気分でまた次の朝に出勤する。お金がいつもないことを除けば、たのしい人生だ。やるべきことをやり、たのしく過ごせるなら、それがいちばんいいではないか。

ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』百万年書房(p.127)

ひとつの会社に居続けること、そうして成長して会社に寄与する姿勢がよしとされるのと同様に、渡り歩いてたのしく生きていくのもまたよし、なのだ。

Going My Way! ひとの生き方に口出しするんじゃない!



書名:『転職ばっかりうまくなる』
著者名:ひらいめぐみ
出版社:百万年書房
発売日:2023年12月9日
判型:四六判並製
価格:1,600円+税
ISBN:9784910053448

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