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自己成長の技術~走る哲学者 為末大× 北極冒険家 荻田泰永~

『Explorer Dialogue #4』は、Fringe Explorer アンバサダーの北極冒険家 荻田泰永さんと、スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者、男子400メートルハードルの日本記録保持者であり、現在はYouTubeチャンネル「為末大学」での発信など、マルチな活動をされている為末大さんの対談です。

トップアスリートと極地冒険家。自己研鑽の果てに肉体と精神を限界まで極めた二人が、これまでの経験を振り返りながら「自己成長」の技術をひもといていきます

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グラレコ

短所のとらえ方

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オギタ:為末さんにまずお聞きしたいのが「短所とどう向き合うのか」ということです。一般的に「短所を克服しないと成長できない」と考えている人が多いと思いますが、為末さんは著書(『Winning Alone 自己理解のパフォーマンス論』)のなかで「短所を特徴に変える」ということを書かれていますね。

為末:短所は絶対的ではなく相対的なもので、置かれた環境によって変化します。なので、短所は「欠点」ではなく「特徴」ととらえることが大切です。僕自身、陸上選手として短所を特徴に変えた人間なんです。たとえば、走るスピードを速めるには脚の回転を速くするか、ストライドを大きくするかの二つしかありません。脚の回転数は速い選手で1秒に5回転くらいですが、僕は4.4回転くらいで決して速くありません。一方で、ストライドを出すことはできる。

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オギタ:欠点ととらえると「直そう」という発想につながるが、特徴ととらえることで、「生かそう」という新たな発想につながるということですね。

為末:ええ。100mにおいてはどうしても回転が出ないことはマイナスですが、ハードルの間の距離で歩数を減らすことがプラスになる400Hに転向すると、それが長所と言われるようになりました。メンタルも同じです。試合前にピリピリして神経質になることは一見、短所のように思えますが、逆に考えると用心深くて事前にリスクに対応しやすい性格ともいえます。

オギタ:「短所を特徴に変える」という考え方はスポーツや冒険だけでなく、ビジネスなどあらゆるものに当てはまると思います。ただ、一般的には短所を直さないと成長できないという思い込みが多いように感じます。

為末:たしかに日本のスポーツ界は特に短所を潰そうとがんばる選手が多いかもしれませんね。僕は学校の評価システムが影響しているのではないかと思います。学校の成績って一般的に5段階ですよね。つまり、どれだけがんばっても5より上がない。だから長所をさらに伸ばすよりも短所をカバーしようとなりがちなんだと思います。

オギタ:それはたしかに影響しているかもしれませんね。

為末:長所を伸ばすメリットはもう一つあります。たとえば陸上競技でダッシュを繰り返して瞬発力を上げようと努力するとします。すると、意図しなくても有酸素能力もそれなりに上がるんです。人間の身体は、長所を伸ばすと他の部分もつられてある程度向上していくようにできています。ときには短所が伸びることもあるんですよ。

失敗を自己成長につなげるには

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オギタ:よく「失敗は成功の母」といいますが、為末さんは、自己成長のために失敗とどう向き合ってこられたのでしょうか。

為末:重要なのは、失敗を分析し具体的な対策を立てることです。当たり前のように感じるかもしれませんが意外に難しい作業です。人はだれでも現実を自分の都合の良いように解釈しがちです。失敗を分析する際に、都合の良い解釈が入ってしまうと事実に歪みがでて対策まで影響を及ぼします。分析では、客観的な事実を洗い出すことが大切です。

僕は最初のオリンピックで転倒してしまいました。なぜそうなったのかを考えた結果、最終的におそらくオリンピックという大舞台で軽いパニックになり、歩幅が狂ったのではと考えました。ではどうすれば次はそうならないようにできるのか。これはもう慣れるしかないと考えて、似たような状況のレースを増やし、国内外で経験を積みました。この分析が正しかったかはわかりませんが、仮説を立てて一つひとつ検証していくことじたいが学びになります。

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オギタ:冒険でも「前回大丈夫だったから」とか「このままいけるんじゃないか」といった都合よく未来を歪曲することがリスクを高めることにつながります。いかに自分のバイアスを排除するかという点では、本質的に同じですね。

為末:ただ、この考え方には注意しないといけないことがあります。それは「失敗には必ず問題が隠れているはずだ」と考えてしまうことです。失敗には理由があることが多いですが、たまたま失敗しただけということもあります。

オギタ:方法論自体は間違っていないこともあると。

為末:分析に慣れてくると、どんなことにも理由がないと気がすまなくなってきます。失敗の理由を無理やり探し始めます。そこからトレーニングの方法を変えてみたり、フォームを変えてみたりと試行錯誤して、結果的に失敗の確率を増やしてしまうことがあります。

オギタ:スポーツ選手がフォームを変えた結果、前よりも成績が落ちたというのはよく聞く話ですね。

為末:失敗と向き合い徹底的に分析をすることは自己成長の大前提ですが、どこかで「まあいいか」と失敗を受け流す余白を持つことがバランスをとるうえで大切だと思います。

オギタ:たしかに、すべての結果に明確な原因があると思ってしまうと身動きがとれなくなりますね。

為末:オギタさんは失敗との向き合い方に関してどのようにお考えですか?

オギタ:冒険の場合は長期戦なんです。失敗したなという日もあれば、良い日もあります。それをトータルで考えることを大切にしてます。そのために重要なのは、自分の物差しとなる指標を持つことです。たとえば私は冒険中、食べるものを変えません。味も同じです。毎日、朝はオートミール、昼はチョコやナッツなどの行動食、夜はバターやチーズ、ソーセージとお米を食べます。正直、栄養補給なのでおいしくはありません。でも、あるタイミングで突然おいしく感じ始めるんですよ。

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為末:身体が求めはじめる?

オギタ:そうです。身体からのサインなんです。このタイミングがいつ来るのかを正確に把握することが冒険では非常に重要です。自分の身体の状態を知る指標になるからです。食べるものや味を変えてしまうと、前回の冒険と正確に比較できません。

為末:自身の状態を客観的に把握する指標を、自分の中で持つことは確かに大切ですね。それにより失敗する前に軌道修正がしやすくなりますよね。僕も、経験をつんでベテランになってからは、レース中に、軌道修正できるバリエーションが広がりました。若い時は、最初につまずくとそのままレース全体がダメになってしまうことが多かったです。

諦めずに持続的に成長するには

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オギタ:自己成長する上では困難にぶつかっても諦めないことが大切になってくると思いますが、為末さんは諦めないことについて、どういう考えをお持ちですか?

為末:まず、「諦めない」は気質だけでなく「技術」だと考えています。諦めない=強靭な精神力というイメージが強いと思いますが、弱い精神を前提とした方が諦めないことを実現しやすいと考えています。目標を小分けにしたり、誘惑の少ない環境に身を置くなど、自分が精神的に弱い前提で、継続していくにはどうしたら良いかを考えていくのです。オギタさんはいかがですか? 冒険を途中で諦めたくなることもあるのでは。

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オギタ:うーん、そうですね……。諦めたいといえば、常に諦めたいと思っているかもしれません(笑)。早く終わりたい、だけど冒険は始めてしまったらなかなか諦めるタイミングがない。だから早くゴールしたい。そんな思いで歩いています。じゃあやらなきゃいいじゃんと言われそうですが(笑)。でも冒険してしまうんですよね。

為末:強い精神を前提として自分を奮い立たせるというよりは、弱い精神を前提にしている点は同じですね。

オギタ:冒険は、大自然という自分ではどうすることもできないものと対峙するため、一喜一憂することなく、淡々と前進することが結果的に諦めないことにつながると思っていますが、スポーツではいかがでしょう?

為末:同じですね。これは僕の仮説ですが、長距離選手って感情をあまり強く出さない人が多いです。日本人だけじゃなくて欧米人もそうなんです。そういう人が長距離種目に集まりやすいのかもしれませんが、逆に長距離を選ぶことでそうなっていく面もあるんじゃないかと思っています。

というのも、長距離を走るのって辛いですよね。諦めたくなることも多いと思います。そんなとき、一喜一憂していては心がもたないんだと思います。表情と感情って連動していますから、辛い気持ちを表情に出さないことで感情を間接的にコントロールしているのだと思います。

オギタ:なるほど。諦めないって単なる根性論の話ではなく、為末さんのように深く思考されると確かに技術だといえますね。

孤独への向き合い方

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オギタ:為末さんはコーチをつけていなかったとお聞きしました。そういった調整をご自身でされていたわけですよね。その状況は孤独ではありませんでしたか?

為末:孤独って物理的に一人でいることではないと思います。自分と社会に接点があれば孤独とは感じなくて、その接点が遮断されたときに孤独や恐怖を感じるのではないでしょうか。むしろ、お一人で冒険されるオギタさんにこそ孤独との向き合い方をお聞きしたいです。

オギタ:実は冒険も孤独ではないんですよ。私は単独で冒険しますが、単独と孤独は異なる概念だと考えています。単独とは物理的な状況で、孤独とは精神的な状況。一人で厳しい状況でも、応援のメッセージをもらえると胸が熱くなります。そういうときは極地に一人でいても決して孤独ではありません。

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為末:確かに「孤独」と「単独」は違いますね。そういう意味だと、言葉の粒度をどう持つかは自己成長にも影響すると思います。たとえば、「上手く腕を使って走る」と「上手く肩甲骨を使って走る」では、後者の方が何を意識するか明確ですし、できたかどうかの検証の精度もあがります。

オギタ:自分自身が語る言葉について意識し理解を深めることが、自己成長のスピードに影響を与えるということですね。貴重なお話を本日は、ありがとうございました。

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(文:山田井ユウキ 編集:横山真介 グラレコ:わかともみ