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堂々巡り

大石さんはわたしの親友である。
15年前、趣味で始めたフィギュアスケート教室で知り合った。わたしより一つ年下、小柄で天然パーマの髪をショートカットにしている。二人ともスケートの腕は上がらず、欲もなく、毎週スケート場で会い、他愛もないおしゃべりをする。

他にも友だちはいるのだが、彼女はわたしを一番の親友と思ってくれているらしい。周りから暖かい風が吹いてくるような人、と言ってくれる。わたしが一番長く、丁寧に悩みを聞いているせいだろう。ときには「いい加減にして」と思うのだが、いいかっこしいのわたしは本音が言えず、ずるずると話を聞く羽目になる。

彼女には私と同じ年のご主人がいる。外面はいいが、家ではかなりのワンマンらしい。おまけに気配りのききすぎるほどきく人で友達が遊びに来れば、必ず奥様にお土産を持たせる。その「気の利いた」お土産を言われなくても準備するのが、奥様である彼女の役目なのだそうだ。それでも、彼女は「俺についてこい」タイプの男性が好きで結婚したのだから、と、従ってきた。

ところが、三年前、たまたま請求書が送られてきた。それがご主人が旅先から送ったお土産で、送り先は知らない女性だった。「女なんてめんどくせい」というご主人の言葉を信じてきた大石さんにとって、それは疑惑の第一歩になった。

そのころからご主人は登山に凝り始め、百名山を登りきる、と言い出して、毎週土日は出かけてしまった。留守中にかばんをそっと調べたら、旅館の領収書が出てきた。そこに電話をかけてさりげなく聞くと、なんと「奥様とご一緒でした」との返事、浮気している、と彼女が信じてしまったのも無理はない。旅館の人もそんな個人情報をペラペラしゃべるなんて、ちょっと職業意識が欠如している。と思ったが言ってしまったのだから仕方がない。それから会うたびに、彼女の留まることのない愚痴を聞かされた。

「主人は許せない。でもそれを問い詰めたら、きっとかっとして別れるというのは目に見えている。だから怖くて言えない。まだ息子は大学生だし別れたくないから。でも、私を裏切って他の女と旅行なんか許せない」という話は彼女の定番になった。

他のスケート仲間は辟易して「まぁた、その話?もうやめてよ」と打ち切ったり、「もう電話しないでね」とあからさまに断る人もいて、彼女はますます落ち込んだ。

「結婚してもう20年以上たっているのだから、本音を言ってもそんなにすぐ別れようって言わないと思うよ。もう少しあなたが苦しんでいること素直に言ってみたら?」
「あの人はそんな人じゃない。そんな面倒なことを言うなら別れるって人。長年一緒にいるわたしにはわかっているんだから」
「じゃあ、ご主人はご主人なんだから、あなたはあなたでなにか他の楽しみをみつけてやっていったら?」
「そんなこと言ったって夫が気になって悔しくてとても無理」

あ~あ、結論なんかないのだ。わたしはすっかり疲れて自分がカウンセラーに話を聞いてもらいたい心境になった。

しかしこの世にはっきりした解決策のある悩みなんてあるだろうか。ぐずぐずと堂々巡りのままなんとなくいることが、結局はいいことだってある。大石さんのご主人も、もう少し年を取れば変わらざるを得なくなるだろう。そう思って彼女からの長い電話を聞いている。

堂々巡り堂々巡り、それでいいんだと思いながら。

         

            おわり


(お名前、設定は変えて書いています)

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