見出し画像

26歳、背骨を折る。そして気づく。

当たりどころが悪かった、としか言えないんだろうなあ。

今シーズン2回目のスノーボード。
斜面と斜面のつなぎめのような、なだらかな雪面でバランスを崩してこけた。

スノボでこけることは珍しくない。
初心者のわたしは、「スノボはこけてなんぼ」と思っているし、その日も何度もこけていた。

ただ、その1回だけは打ちどころが悪かったらしい。
ぽん、と尻もちをつく程度だったのに、腰のあたりからバキりと音がした。
絶対に、人間の内側から鳴っちゃいけない音。そして激痛。

「これはやばいかもしれない」

あまりの痛さに、雪の上であおむけのまま動くこともできなかった。



雪の上に寝転び、じんじんとした痛みに耐えながらとっさに浮かんだことがある。

このさき、踊れなくなったらどうしよう、滑れなくなったらどうしよう。

滑れなくなったら、というのはスノボのことだ。
昨シーズンにスノボにはまり、夏ごろから雪の季節を待っていた。
秋にはスノボウェアも買って、ようやく、ようやく冬が来たのに。

このケガで、これから滑れなくなったらどうしよう。
そんなことがよぎった。


そして、もうひとつ。

もう二度と、社交ダンスを踊れなくなったらどうしよう、と思った。

格付け番組のお題にもなった、男女で踊る社交ダンス。
今はまったく踊っていないのに、大学生のころに打ちこんだ社交ダンスの心配をしていた。

もしかしたら動けなくなるかもしれない。
そんな状況で、ダンスのことを思った。そんな自分に、おどろいた。

たしかに好きだったけど、もう2年は踊っていない。
社会人になってからやりたいと思いつつも何もしなかった。その程度の熱量だと思っていた。
それでも、こんな状況で、とっさに出てきたのは社交ダンスだった。


どんなに考え続けても、自分の本音ってわかんないもんだなあと思う。
ぎりぎりの、きわきわの状況になって初めて気づいたこと。
どうやらまだ、ダンスが好きらしい。


・ ・ ・


ゲレンデでこけて、動けなくなったわたしはレスキューの人に下まで運んでもらった。
もちろん、その日のスノボはお開きに。

痛みがひかないので病院に行くと、すぐにレントゲンを撮ることになった。


「いい方からお伝えすると、」

診察室、レントゲン画像を見ながら医者は言う。

「神経に影響はなく、麻痺などは残りません。悪い方は……、まあ、折れてますね」

レントゲン画像の、黒色にうかぶ背骨を見る。
きれいに並ぶ台形の、ひとつが少しへこんでいる。
誰が見たって、この背骨に異常があると分かる、そんなレントゲン画像だった。

「とにかく、骨が元気になるまでは安静に。1〜2か月はコルセットもつけてもらいます。」

そんな言葉が診察の最後だった気がする。骨が治れば、運動もできるだろうと口ぶりから推測している。


正直なところ、今は踊りたいとも、滑りたいとも思えない。
なにをするにも、背中に負荷がないか考えてしまうし、なにをしたって結局背中は痛いし。
ダンスどころか、生活をいかにやり過ごすかでいっぱいいっぱい。

それでも、朝起きるたびに、ちょっとだけ痛みが和らいでいてうれしくなる。
体をおこすとき、背中が痛まないだけで感動する。

今はこんな状態だけど、きっと、少しずつよくなっていくはず。
そんなふうに思えるのが救いかなあ。


骨が元気になるころ、このnoteを読み返そうと思う。
うれしくはないが、めったにない、ぎりぎり、きわきわの状況を体験してしまった。

だったらそこで見つけた本音くらい、拾って帰りたい。
あの日感じた、切実な「踊りたい」を忘れたくないな。


・ ・ ・


🎨お借りしたみんフォト

モノクロのシンプルさと、じっと見つめるように探す様子が好きです。
noteには「自分の理想を選び取ることができるのが大人」と書かれていて、
どんどん、自分の理想を選んでいけばいいんだと元気がでます。
(検索ワード:探し物 イラスト)

この記事が参加している募集

たいしたものはお返しできませんが、全力でお礼します!! 読んでくださり、ありがとうございます!