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【小説】パス・トゥ・パスト

【パス・トゥ・パスト】
お題:『手放せないものが多すぎて』
https://shindanmaker.com/392860

※【小説】オートマトン・リフレクションの前日譚です。
https://note.com/friends17/n/nd3d55387c467

「何だよ、話って」
 夜も更けて、消灯時間を過ぎた頃。自販機前の休憩スペースへ彼を呼び出した。普段はきちんと整えられた顎髭も、徹夜続きで伸びっぱなしになっている。僕も白衣をそろそろ洗濯したいなと、彼の腕捲りされたシャツを見ながら思った。
「まあ座って。何飲む?」
「ん、ああ。大丈夫。俺には『これ』があるから」
 そう言って懐から煙草の箱を取り出す。彼はこの時代に珍しく紙煙草を愛煙していた。けれど、彼も知っての通り室内での喫煙は禁止されている。
「ちょっと。此処禁煙だよ」
「二人きりだからちょっと目をつぶってくれ。それとも喫煙所に付き合ってくれるか?」
「それは嫌だ」
「じゃあ仕方ない」
 何が仕方ないだ、と言う前に、彼は煙草へ火を点けてしまった。彼を咎めても良かったが、これからの話には関係ないので、これ以上の言及は諦めた。
「まあ、何を話したいのか、何となく分かるけど」
 煙草を咥えて大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。僕の顔に掛からないよう申し訳程度に顔を逸らすが、香りまでは誤魔化せない。僕は煙草を吸わないので、その匂いは好きでも嫌いでもなかった。
「読んだよ。あのレポート」
 俯きがちに言う。あのレポートとは、僕がこれからのプロジェクトについてまとめたものだ。ずっと秘匿されていたけれど、ごく僅かな関係者向けに開示された。開示先には彼も含まれていた。そして、僕らのもう一人の幼馴染にも。
「あいつは何か言っていたか」
「ううん。代わりに頬を思い切り叩かれた」
 そう言って頬をさすってみせると、彼は小さく笑って、それから再び表情を曇らせた。
「次世代型アンドロイドの開発。いいや、アンドロイド、なんかじゃない。あれは」
「うん。だからずっと秘匿にされていた。君や、彼女に開示されたのは、僕らがずっと『彼女』のカウンセリングに当たっていたからだよ」
 遠い過去のように『彼女』の事を思い出す。物言わず、身動きも取れない『彼女』と共に過ごした日々。被験体〇四一。名も与えられずただずっとそこに「存在していた」だけの『彼女』が見せた命の煌めき。
 僕はずっとそれを守りたいと願った。
「手放せないものが多過ぎるんだ」己の両手を見つめながら言う。この手に持てるもの、腕で抱えられるもの、身を挺して守るもの。それら全てを、僕はずっと捨てられずにいる。
「傲慢だな」
 そう言って彼は咥えた煙草をふう、と吸ってみせる。それから、携帯灰皿へ煙草を押し付けて懐へしまった。
「そのくせ、自分が一番手放してはいけないものを擲つ事は躊躇わない」
 僕の肩を抱き、真っ直ぐに僕を見つめる、僕の大切な幼馴染。彼が何を言おうとしているのか僕には分かっていた。
「ごめんね」僕の肩を抱く彼の腕に触れる。ゆっくりとその拘束を解き、僕は苦笑いを浮かべた。
「僕はそうして生き続ける。これからずっと」
 それが『彼女』との約束だから。
「いずれ生まれてくる『僕』によろしくね」
 彼は肩を震わせ、今にも泣きそうな顔で僕を見遣る。
「お前は、ほんと。手放せないなんて言って、俺を、俺達を置いて行くんだ」
「大丈夫だよ。僕は絶対に君達の事を思い出すから」
 拘束を解いた腕ごと彼を抱き締める。子供の頃は俺より小さかったのに、いつの間にか身長も抜かされていた。勉強だって、ずっと努力していたのも知っている。誰よりも信頼していた。だからこそ、彼と、もう一人の幼馴染に託したかった。これからの『僕』を。それがどんなに残酷で、どんなに罪深くあっても。彼らを傷付ける事であっても。
「大好きだよ」
 そうして身体を離す。小さい頃からずっと一緒だった、血の繋がらない大切な家族達。
『僕』は暫しの間、彼らを忘れてしまうだろう。けれど絶対に思い出す。僕が相応しい『器』を手に入れて『彼女』と再会する、その時に。
「ずるいよ」
 僕の肩へ項垂れるように頭を預ける。僕が言い出したら聞かないのは、多分彼が一番分かっている。諦めと、僕を恨む気持ちと、そして寂寥感。様々な感情を滲ませて呟く。
「ずるい」
 それきり、彼は押し黙った。ごうごうという自販機のファンの音。それから、お互いの呼吸音。
 全て、僕は思い出すよ。そうして、僕は『彼女』との約束を果たす。
 絶対に。

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