見出し画像

台湾の大ヒット映画を自分で配給!? フリーだからこそできた挑戦~「台湾映画社」葉山友美さん

1本の映画は、劇場で上映されるまでに大勢の人の手を通ってきます。製作はもちろん、配給・宣伝も非常に労力の要る仕事。そのプロセスを個人でこなし、台湾で2021年に大ヒットした映画『赤い糸 輪廻のひみつ』の日本公開を実現したのが葉山友美さんです。「面白い台湾映画を見てもらいたい」と仕事を続ける葉山さんに、その原動力について話を聞きました。

*****

葉山友美(はやま・ゆみ)
台湾映画社代表。台湾人の両親を持つ在日二世。大学卒業後、インディペンデント系映画会社に勤務し宣伝を担当。その後退職し、2014年に台湾へ語学留学。映画『台北セブンラブ』と出会う。帰国後、台湾スイーツ店の東京豆花工房で働きながら結婚・出産し、第2子を授かった2018年春に台湾映画社を立ち上げる。2019年春に『台北セブンラブ』、2022年秋に『紅い服の少女 第一章 神隠し/第二章 真実』、2023年冬には『赤い糸 輪廻のひみつ』を公開させた。

『赤い糸 輪廻のひみつ』
不慮の事故で命を落として明界にやってきた青年・孝綸(シャオルン)。やはり冥界にやってきたピンキーと共に「月老(ユエラオ)」となり、現世の人々の縁結びをすることに。ある日孝綸は、失っていた初恋の相手の記憶を取り戻し…。

33歳で仕事を辞め、台湾に語学留学

―― 葉山さんは2018年に「台湾映画社」を立ち上げ、翌年、第1弾配給作品『台北セブンラブ』を公開されました。ご自身で映画を配給することになった経緯は?

葉山友美さん(以下、葉山) とにかく映画が好きで、以前は映画会社に勤めていました。でも、台湾映画を特別意識していたわけではなかったんです。ただ、2008年に『海角七号 君想う、国境の南』という作品が興行的に低迷していた台湾映画として異例の大ヒットを記録し、日本でも公開されたので、ちょっと意識するようにはなりました。

その頃、映画会社の業務も大変で、終電で帰るような働き方をしていたので、「将来、子供を産んでも続けていけるのか?」という不安もありました。「いつか自分で好きなように働けたらな」とも思っていましたが、台湾映画を仕事にすることまでは考えていませんでした。

でも、『GF*BF』(2012年)という作品を見た時に衝撃を受けたんです。台湾でこんないい作品が作られるのであれば紹介していきたいと思いました。

実は私、両親が台湾人なんです。でも日本で生まれて、親も私に中国語を教えることがなかったので、まるっきり日本人として日本の文化の中で育ってきました。家族以外の親戚は台湾にいるので、しょっちゅう台湾には行っていましたが、祖父も祖母も日本語を話せる世代なので私は日本語で話していましたし、深く台湾を知ろうとしてきませんでした。それで映画会社を辞めて、33歳の時に9カ月間の語学留学に行ったんです。

―― キャリアを見直す時期と、ご自身のルーツを見直す時期が、いいタイミングで重なったんですね。

葉山 結婚や出産について嫌でも考え始める年齢ですよね。その時はそんな予定も何もなかったのですが、身軽に留学できるタイミングとしては年齢的に最後かもという気持ちもありました。

台湾では、その時に上映されていた台湾映画を、言葉が分からないながらに見て、それで気に入ったのが『台北セブンラブ』だったんです。

台北セブンラブ
ドロシーは元恋人バーズに誘われ、上海から台北のデザイン事務所に移る。ドロシーに未練が残るバーズ、さらにクライアントからも迫られるが、フランスにいる元恋人を忘れられずにいた。男女7人が繰り広げるラブストーリー。

とてもスタイリッシュな作品で、「こんな映画が台湾で作られているなんて。超進んでる!」と思ったんですけど、進みすぎていて台湾では全然ヒットしてなかったという(笑)。

この映画を配給したい!妊娠中に孤軍奮闘

―― その後「台湾映画社」を設立し、第1弾配給作品として『台北セブンラブ』の日本公開を目指したのですね。

葉山 前に勤めていた映画会社は、アジア映画に限らず、いろんな国の作品を扱う会社だったし、辞めて時間も経っていたので、アジア映画に詳しいメディアや関係者などに知り合いが1人もおらず、宣伝しようにも、どこにアプローチしていいのかすら分からない状態でした。今思えばよくやったなと思います。

しかも2人目の子供の妊娠中で、公開準備中は臨月だったんです。だから「“妊婦の女性が頑張ってる”というところしか売りがない!」と思って、頑張るママのサイトみたいなところを探しまくって、そこに取材を売り込みました。そのぐらい手探りでしたね。

―― 映画を1人で配給するというのは、かなり珍しいことなのですか?

葉山 実は、会社名を掲げてはいるけど、実態は1人という方もいらっしゃいます。でも、宣伝の部分を誰かに委託するなど、業務を切り分けて、もっとちゃんとやっていると思います(笑)。

―― 配給第2弾は、台湾製ホラー人気に火を付けたヒット作『紅い服の少女 第一章 神隠し/第二章 真実』ですよね。

葉山 1作目で、全部1人でやるのは大変すぎるし、できることが限られてしまうと学んだので、今後は誰かと組みたいなと思うようになっていました。『紅い服の少女』の時は、シンカという映画会社に協力いただけたおかげでなんとか配給でき、映画会社と組むことのメリットも学びました。

実は、配給第3弾となる今回の『赤い糸 輪廻のひみつ』は私と「台湾映画同好会」の小島あつ子さんの2人で配給しています。「台湾映画をもっと多くの人に楽しんでもらいたい」という目指すものが一緒で、共に頑張っていける誰かがいて、よかったなと思っています。

台湾ブーム、でも台湾映画は公開されない現状

―― 日本では、メディアで頻繁に台湾のグルメや観光地の特集をやっているし、ちょっとした台湾ブームですよね。でも、台湾のエンタメはあまり広く知られていません。

葉山 台湾グルメはみんな大好きでも、台湾エンタメには興味がないんですよね。今、台湾でヒットしたドラマや映画を見られるプラットフォームといえば、ほとんどがNetflix(ネットフリックス)やDisney+(ディズニープラス)など動画配信サービスです。「イカゲーム」や「愛の不時着」のように世界的に大ヒットしたドラマやハリウッド映画なら話は別ですが、日本人は本当に好きでないと見にいかないですよね。日本では配信サービス各社があまり宣伝をしないので、劇場公開しなければ「なかったもの」のようになってしまう。

『赤い糸 輪廻のひみつ』より

―― 『赤い糸 輪廻のひみつ』なんて、台湾では誰もが見ているような大ヒット作。日本の映画会社が買わなかったのは、利益にならないと判断したからでしょうか?

葉山 実は、この映画が大ヒットしたと聞いた早い段階で、権利元に連絡しているんです。そうしたら「もう売っちゃった」と言われたんですよ。
でも、「売ったというわりに、日本でなかなか公開されないな」と思っていたら、ディズニープラスに全世界の配信権を売ったということだったんです。だから、日本のディズニープラスでそのうち見られるのかなと思って待っていたけれど、なかなか配信されない。「日本はスルー? 私たちは見られないってこと?」とモヤモヤして…。

―― それで葉山さんが上映権を買ったのですね。でも、台湾では超話題作なので、権利も非常に高かったのでは…?

葉山 値切りました(笑)。

―― 「私の他に買う人なんていないんだから」と?

葉山 多分、権利元もそう思ったんだと思います。今や映画は、ソフトを出したり配信したりという二次利用の利益で経費を回収する仕組みです。上映権だけで買いたいなんて、本来、相当どうかしてるんですよ(笑)。だって、労力をかけてもペイできるか疑問ですから。

たとえば配給2作目の『紅い服の少女』は、ホラーのようなジャンルものには多いパターンなのですが、DVD販売や配信、テレビでも放映してもらえたので、それが収益の面でとても大きかったんです。

―― 『赤い糸 輪廻のひみつ』は採算度外視のチャレンジなんですね。

葉山 もともと、本作のギデンズ・コー監督の過去作や未公開作を特集上映したいというのが最初の目論見だったんです。台湾では若者にとても人気のある人で、監督作の他にも、小説家や脚本家として参加している日本未公開作が何本かあります。そういうものをまとめて特集したかったのですが、さすがに権利交渉や金額の面で厳しくて。最終的に契約できたのが『赤い糸 輪廻のひみつ』だったんです。もし配信権もついてきたら私が買えるような金額ではなかったし、幸か不幸か、まだ日本で配信されていない状態だった。今これを配給しないと、日本で見られない幻の作品になってしまうのかなと思って、配給を決めました。

台湾の製作会社を訪ねた時の1コマ(葉山さん提供)

見たい、見せたい、知りたいが原動力

―― お隣・台湾の大ヒット作が日本で見られないところだったんですね。

葉山 一昨年の台湾で、一番見られた映画なんですけどね。だから本当は、配給してくれるところがあるなら、私じゃなくても全然いいんです。私はただ映画が好きで、面白い映画を日本で見られるなら、それでいい。自分で全部の作品は紹介できないので、映画会社さんにどんどん配給してほしいです。

でも、せっかく自分がやるなら、いろんな人に見てもらいたい。日本と台湾の関係は独特なので、日本人はもう少し台湾を知ってもいいんじゃないかなって思うんです。それは自分に対する反省も含めて。すごく密接に関係してきたのに、台湾のいろんなことを知らなすぎる。私自分、台湾を理解したくて、いろんな映画を見ているという感じです。

―― ご自身のやりがいのために仕事をするというのも、フリーランスならではの原動力ですね。続けていくための課題は何だと感じていますか?

葉山 お金です(笑)。ちゃんと仕事にして利益を出そうと思った時に、何か1つ意義をつけるならば、「映画を通して台湾のことを知ってほしい」ということでしょうか。たまたま私が手掛けた作品を見て、台湾を好きになってくれた人がいたらうれしい。

本当に利益を求めないのであれば、自分のためだけに配給してヒットさせずに終わっても別にいいんです。だけど、やっぱり赤字では仕事と言えなくなってしまいますよね。

―― これまでの経験を踏まえ、次回作を配給する時の課題をどう考えていますか?

葉山 今回、クラウドファンディングを実施したのですが、こんなに苦戦すると思わなかったんですよ。それで目が覚めたというか、「台湾映画って、まだこれからなんだな」と分かった。目標を設定するとすれば、韓国映画の10分の1ぐらいでもいいから、台湾映画にもファンがついてくれるとうれしい。そうすれば、日本でもう少し台湾映画を見られる機会も増えるかなと願っています。

『赤い糸 輪廻のひみつ』より

“外部の手を借り、心地よく”が目標

―― お子さんも、まだ小さいですよね。私生活と仕事のバランスをどうとっているのですか?

葉山 子供は小学校1年生と保育園の年中さんの2人います。子供が保育園や学校・学童に行っている間に仕事はできるだけするのですが、なかなか難しいですね。たとえば夜、子供が寝てからSNSを投稿したり、忙しくて落ち着かないと子供にあまり優しくできなかったり…。それを子供も感じているから、映画のことをすごく気にしてくれて、保育園にチラシを置かせてもらって「これ、お母さんがやってる映画だよ」と宣伝してくれたり、チラシにクラウドファンディングの告知のシールを貼る作業を手伝ってくれたりします。

自営業だからこそ、仕事が生活に影響してしまいがち。映画の宣伝・配給って、仕事は無限にあるんです。やろうと思えば、いくらでもできるし、手を抜こうと思えば、いくらでも抜ける。全部自分でやろうとしないで、外に委託できるところはもうちょっとお願いしてもいいのかな。好きなことをやっているので基本はご機嫌なのですが、自分にとって負担にならないやり方を考えていかないと、長く続けられない。より効率的で心地よいやり方を見つけていきたいですね。

実は愛犬家にもたまらない『赤い糸 輪廻のひみつ』

『赤い糸 輪廻のひみつ』
©️ 2023 MACHI XCELSIOR STUDIOS ALL RIGHTS RESERVED.
12/22(金) シネマート新宿・シネマート心斎橋 他にて公開!
公式HP https://taiwanfilm.net/yuelao/

 取材/文:新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
X:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?