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スタートアップ的な協会の「財政の番人」は、元小説家志望の会計士【財務/新保謙輔】

フリーランス協会で働く人を紹介する「突撃!フリーランス協会の中の人」。

今回は、協会の懐事情(お財布)の番人として、財務経理チームを統括する会計士の新保謙輔をご紹介します。

財務担当の新保謙輔

<プロフィール>
財務/新保謙輔
テクネ監査法人税理士法人ベイシス代表社員。文学部哲学科卒業後、公認会計士試験合格。大手監査法人を経て、独立開業。監査・税務・IPO支援業務のほか、上場準備会社の社外取締役、非営利法人の監事などに従事。業務の傍ら、修士(学術)取得。趣味は朝ラン、将棋、読書。好きなポケモンはメタグロス。

会員の皆様からお預かりする会費を原資として、数多くの活動を展開しているフリーランス協会。そのお金の流れを細かくチェックして「どこに出しても恥ずかしくない帳簿」を管理しつつ、財政基盤のサステナビリティに目を配っているのが新保です。

多様なメンバーが時には喧々諤々の議論もしながら、あるべき姿に向かってアウフヘーベンしていく協会のカルチャーにピタリとハマった新保に、外部ライターが突撃インタビュー!

上場を目指すベンチャー企業に伴走

──さっそくですが、今のお仕事を教えていただけますか?

新保:公認会計士と税理士です。監査法人と税理士法人の2つの代表として経営しています。加えて、他社の役員や非営利法人の監事を勤めるほか、フリーランス協会では財務チームに所属しています。

──ご自身の会社では、どのような案件を多く扱われているのでしょう?

新保:スタートアップやベンチャー企業の支援を多く手がけています。なかでもこれから株式上場を目指す企業のサポートが多いです。税務だけでなくコンサルティング業務にも力を入れていて、起業から上場までの成長ステージで生じるさまざまな課題を一緒に解決していくスタイルです。

スタートアップにとって欠かせない資金調達のサポートのほか、組織づくりやその運営サポートも行います。というのは、企業にとって管理部門は基盤中の基盤。管理体制が不十分だとトラブルが起こってしまうリスクが高まるためです。企業が株式公開するということは、社会的責任が高まることでもあるので、管理体制の構築はとても重要です。

「ゼロから生み出す」のが面白い

──スタートアップやベンチャー企業のお仕事をメインにする背景とは? 

新保:ひとつは、前職で所属していた大手の監査法人で、ベンチャー企業等を専門にした部門にいたから。もうひとつは、自分自身も「0から1をつくる」ことが好きだからですね。

実は僕、もともとは会計と全然違うことがやりたかったんです。学生時代は小説家を目指していたことも。ゼロから物語をつくることが好きだったんですね。会計士の仕事に就いてから、スタートアップやベンチャー企業との仕事が面白いと思えるのは、「ゼロから何かを生み出していく」部分に関われているからだと思います。これからも、ずっとこの領域をメインに扱っていきたいですね。

偶然就いた会計の仕事ですが、約16年間続けてきて、いまではこの仕事が天職だと思っているんです。

──「天職」だと思う、その理由はどんなところにありますか?

新保:子どものころから哲学に関心があったのですが、僕は哲学を、世の中の学問の基礎を支える「学問のインフラ」だと捉えているんですね。

そして、会計や税務の仕事も、社会制度のインフラの1つだと思うんです。資本主義の世の中にとって、絶対に必要とされるもの。主役は企業であり、そこで働く人々なのですが、企業活動が安心してできるように、そこで働く人々が困らないように支えるのが僕らの役割です。

目立たない存在だけれど、そうやってベースの部分で下支えをする役割が、自分には合っている。いまの社名「BASIS(ベイシス)」にもそんな意味を込めています。会計士と哲学って、遠いようで意外と近い部分があるんだなと気づいてから、今の仕事がさらに好きになりました。

哲学の研究者や小説家になりたかった

──「哲学」や「小説家」など気になるワードがたくさん出ていますが、そもそも、哲学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

新保:幼少期から喘息があり、入退院を繰り返してきたんです。小学生のときは、合唱コンクールで歌っている途中に発作が起きて、そのまま倒れて入院したり……。そんな子ども時代を過ごしていました。

運動ができないので、娯楽は本を読むぐらい。子ども向けの本はすぐに読み終わり、「もう少し長くて、難しいものが読みたい」と親にリクエストして。ベッドの上でいろいろな本を読むうちに、人の生死や人生について考えることが増えていきました。

そんな体験を通して、物事を表面的に考えるのではなく、世界の成り立ちや構造をもっと深く知りたい、と興味が湧いていったんです。そこで物理学や数学に行く人もいると思いますが、僕の場合は思想や哲学に興味の矛先が向かいました。いずれは哲学の研究者になりたいと考えて、文学部の哲学科に入りました。

──その後、小説家を志した背景は?

新保:文学部に入ったことで作家志望の人と知り合う機会が増え、物語を作ることの面白さに目覚めました。試しに小説を書いて新人賞に応募したら、最終候補まで残ったんです。賞がとれたら本気で作家を目指そうと思っていたのですが、残念ながら受賞には至らず。ただ、いま振り返ると「0→1」を生み出すことに面白さを感じられるのは、学生時代に物語を真剣に生み出してきた経験があるからかもしれません。

小説を書いたり、哲学を学んだりする大学時代を過ごすうちに「大学院に行ったからといって、本当に哲学の学者になれるのか?」と現実的な面も考えるようになっていました。そこで「エイヤ!」と進路を変えることに。就職活動もほぼ終わっていた時期でしたし、「試験一発で取れて、その資格で食べていける職業」という理由だけで「公認会計士」を目指すことにしました。それがいまでは「天職」と思うのだから、人生はわからないですよね(笑)。

「フェアな夫婦関係」のために独立

──2008年に公認会計士の資格を取得後、大手監査法人で7️年ほど働かれたとのこと。独立のきっかけは何だったのでしょう?

新保:僕、直前まで辞めるつもりはまったくなかったんですよ。どちらかというと、組織の中での出世をしたいと思っていましたから。ただ労働環境は過酷で、当時は「働き方改革」の前だったこともあり、毎日終電近くまで仕事をするのが当然、という空気でした。

そんななか結婚して子どもが生まれました。その子が私と同じで喘息体質で、保育園からすぐ呼び出しがかかる毎日でした。妻も同じ職場で働いており、呼び出しがあるたびに「どっちが迎えに行く問題」が勃発。お互い「俺は忙しい」「私だって忙しい」と主張して、もめることが増えていったんです。

このままでは二人にとって良くないので、二人でじっくりと話し合いました。「どちらか一方が辞める」ことも考えましたが、どちらが辞めても「本当は自分が残りたかったのに家族のために辞めた」と後悔する可能性が出てくる、それってフェアじゃないよね、じゃあお互いに辞めて、独立しよう!と。綿密な計画は何もなく、とにかく「子どもを守ることと、フェアな夫婦関係を維持するにはこれしかない」と考えた結果でしたね。

10年前に、フルリモートの会計事務所を開業

──独立後の状況は?

新保:会社を辞めた翌月には会計事務所を開業しました。当初は開業祝いも兼ねていただいた仕事をやらせていただきつつ、その後のご縁がつながり、少しずつ軌道にのっていきました。

ただ、独立の理由が子どもと向き合う時間を増やすためだったこともあり、特に子どもが小さいうちは、家族の時間を優先しながら働くことを大切にしました。従業員も含めて10年前から基本フルリモートで働いているのも家族の時間を優先するための工夫の1つです。

フルリモートなので、ワーケーションしながら家族時間を確保。あべのハルカスにて。

今でこそリモートワークは当たり前になりましたが、10年前はオンラインミーティングというと、怪訝な顔をされることもあった時代。それでも極力、オンラインで完結する仕組みを最初からつくるようにしました。子どもとの時間をつくるにはそれしかできないと、制約条件から仕事のスタイルをつくっていったんです。

──新保さんのような“士業”の人で、独立を考えたり、迷ったりしている方にメッセージを送るとしたら?

新保:僕もそうですが、士業は仕事の失敗がクライアントの大きな不利益に直結することが多く、守りの思考が強い方も多いと思います。かつ、難しい試験に受かったプライドもあり、挑戦して失敗するのが恥ずかしい、狭い業界で周りから批判されることが怖いといった感覚も強いかもしれません。

ただ経験上、そうした批判は多くが一過性のもの。それを気にしすぎるのはもったいない。もちろん専門領域での失敗はNGですが、新しい世界へ一歩踏み出してみる勇気は大事にしてほしいなと感じます。
僕がいまフリーランス協会に参画しているのも、思い立って協会のイベントに参加してみたから。気になるイベントに参加してみる、SNSで何かつぶやいてみる。そんな小さなことでも一歩踏み出すと、まだ見えていない世界が広がるかもしれません。

他の人がやらないことをやってみよう

──フリーランス協会との出会いは?
新保:設立当初、協会のイベントに参加したのがきっかけです。僕も独立したばかりで、生まれて間もない娘を抱っこしてイベントに行ったのを覚えています。代表のまりさん(平田)に話を聞いて面白そうだと思い、せっかく独立したなら他の人がやらなそうなことをやってみようと、財務を見る専門家として事務局メンバーとして参画することになりました。

フリーランス協会の1期目の決算発表会(当時は法人会員向けに実施)

──2017年の設立当初から財務チームにいて、協会の成長をどう感じていますか?

新保:フリーランス協会は非営利法人でありつつ、その成長の仕方や方針は、非常にスタートアップ的だと感じます。両方の性質を併せ持つところが、僕にとっては一番の魅力ですね。

たとえば、協会は設立当初から会員増加に向けてさまざまな努力をしていますが、会員を増やそうとしているのはお金のためではなく、本気で世の中を変えたいから。そのために、一定の規模で多様なフリーランスの声を集めて、裏付けをもって政策提言していくことが重要だ考えています。そうやって理念達成のために信念を持って動くところは、非営利法人のあり方です。

一方、公正中立な立場にもこだわりがあり、寄付や受託に頼らず自分たちで財務基盤を確立していくためにはどうすればいいか、ビジネス的な視点も交えて、議論しながら進めている。そのバランス感覚が、唯一無二の組織だなと思います。

──収益構造には、どんな特徴がありますか?

新保:規模の大きくなった非営利団体は寄付や公共事業の受託、助成金などを主な収入として運営することが多いなか、フリーランス協会は個人・法人会員の会費を基盤として運営しているのは特徴的だと思います。

それが実現できるのもやはり、ビジネス視点を兼ね備えているから。フリーランスの方々のニーズや課題に応え、しっかり満足いただけるベネフィットを提供して、対価をいただく。これが成り立っているからです。

会員増加に伴って、ベネフィットの内容を毎年少しずつ拡充しています。たとえば、付帯保険を増やしたり、新サービスを開発したり。もちろんベネフィット提供原価もあがるので、持続可能な運営のためにバランスをどうとるかの見極めは重要ですが、そこも毎年議論しながら進めています。

今年の4月に案内したプレスリリース

──事務局メンバーは、最初は全員がプロボノで、段階的に報酬を支払うようになったそうですね。背景にはどんな思いがあったのでしょう?

新保:非営利団体にとって、プロボノには良い面もあるんです。特に活動初期は、理念に共感する、責任感のある人が集まりやすい面もあります。ただ活動が長期化し、ある程度大きくなった事業体を維持していこうとすると、善意に頼るだけではどうしても限界が出てくる。これはさまざまな非営利団体で“あるある”な課題です。

さらにフリーランス協会は、フリーランスのインフラとして会費を預かり、頼りにしていただく、社会的な責任のある組織体。突然なくなってしまうと、会員の方々も困ります。そこで「組織をどうやってサステナブルに運営していくか?」について、2020年の年末頃、理事会で真剣に話し合いました。

結果、持続的な運営のためにも、事務局メンバーに報酬を支払い、ビジネスとしてコミットしてもらうことにしたのです。ここ数年では管理部門の仕組み化も進んできました。仕事柄、さまざまな企業のコーポレート部門を見ますが、現在の協会は上場企業並みのスピード感と正確性を持ち、どこに出しても恥ずかしくないレベルのコーポレート機能になっています。

多様な専門家が集い、皆で「新たな解」をつくる

──フリーランス協会の理事会は、いろいろな企業・団体の役員等を経験されている新保さんから見て、どんな印象がありますか?

新保:多様なバックグラウンドの人々が、異なる意見を出し合ったうえで、新しくよりよい案を生み出すのが、協会の議論スタイルですね。

メンバーには非営利活動の専門家もいれば、ベンチャー企業の経営者や、新規事業開発の専門家もいる。非営利の人だけでは出ないような議論が起こるし、逆にビジネス色が強くなりすぎると、「それは非営利団体には馴染まないのではないか」との意見も出て、健全性があるなと思います。

同じ価値観の人が集まると意思決定は早いけれど、何か間違いがあったとき、気づくことが難しいんです。その点、協会には多様性があるので、意思決定のスピードは多少遅くなるかもしれませんが、大事故の起こらない運営ができていると思います。

──たとえば、どのような議論がありますか?

新保:財務に関していうと、たとえば「いくらの利益を生み、手元にいくらのキャッシュを残せばいいのか」はしばしば議論になります。

非営利活動の考え方では、極論、入ってきたお金を手元に残す必要はなく、すべて還元しようと考えます。協会も基本的にはその考え方に基づき、毎年ベネフィットの拡充をはかってきました。

しかし、協会は株式会社ではないので、株主からお金を入れてもらうことができず、資金調達の機動性はあまりありません。社会情勢の変化や法改正など急激な環境変化が起きたとき、手元にある程度はお金が残っていないと、突然協会がつぶれることも起こりうる。それは、協会を信頼してくださっている会員の方々のためにも避けなければいけないことです。

非営利的な観点では手元にお金を残さずすべて還元したい、一方で長期的に会員の方々を支えるためには、リスクに備える手元のお金も不可欠。その両輪を、どんなバランスで着地させるのか。協会としての最適解は何かを、多様な専門家が喧々諤々、議論しています。

お金の話は日本でタブー視されがちですが、会員の方々が預けたお金をどう使っているのかは、しっかり開示していくべきですよね。協会の決算は毎年、監査を受けて行い、決算報告も公開しています。

2023年度の決算報告・活動報告はこちら

経済面も精神面も。
フリーランスのセーフティネットへ

──今後のフリーランス協会に期待することは?

新保:独立すると、誰でも不安ってあると思うんです。僕も独立して10年以上経ち、事務所も順調に大きくなりましたが、それでも「明日どうなるだろう」という感覚は、常に頭の片隅にあります。

それはフリーランスの宿命でもあるけれど、不安があまりにも大きくなると、心が蝕まれたり、意思決定を誤ったりすることにつながってしまう。

だから協会の一番大事な役割は、経済面・精神面含めてフリーランスの方々のセーフティネットになることだと思っています。ベネフィットの拡充といった手段はもちろん、全体のあり方としても、フリーランスの方々の不安に寄り添い、安心して働ける基盤をつくっていきたいですね。

 【 私の道しるべ 】 「王道を行く」
“王道”にはいくつかの意味がありますが、その1つは、儒教で理想とされた、徳のある君主が行った政治思想のことです。よく比較される“覇道(はどう)”は結果優先で手段を選ばない姿勢を表すのに対し、“王道”では道徳や正義を重んじます。

つまり王道を行くとは、長期的な視点で考え、誠実な判断をすること。誰に対してもきちんと説明ができる、ロジックを通せる道をきちんと行くことだと、僕は捉えています。

何か困ったとき、「どうしようと」判断に迷ったとき、小手先の手段でその場限りの解決をしても、結局あとからそれは自分に跳ね返ってくるんですよね。中長期の視点で考えれば、「本当はどうあるべきか?」に向き合い、誠実な心で“王道”を行くことが一番大切だと考えます。

とはいえ協会メンバーは考え方が多様なので、メンバー同士の“王道”がぶつかることもしばしば。そんなときも妥協せず、それぞれの“王道”を存分にぶつけあって議論し、新たに協会の“王道”を作り上げていくことを大事にしています。


一見、対極にあるような要素を併せ持つことが、唯一無二の魅力になる。新保さんは協会の性質をそんなふうにお話していましたが、新保さんご自身も、会計と哲学に共通項を見出されたり、小説を生み出すような創造性を持ちつつ会計に向き合われていたり、「まさに……!」と感じ入る取材時間でした。これからも “王道”の財務を、よろしくお願いします!

ライター:渡邉雅子
PR会社勤務、フィジー留学を経て豪州ワーホリ中にライターに。帰国後ITベンチャー等を経て、2014年に独立。2016年より福岡在住。現在は糸島界隈を拠点にフリーライターとして活動。近年はZINE制作、写真、絵本、日本茶など新しい活動の種も少しずつ育てている。海辺とおいしい野菜が好き。
Web: https://masakowatanabe.themedia.jp/

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