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都内住みフリーランス母が娘と二人で長野移住に踏み切れたのは「勇気があった」からじゃない ~連載「母子移住のススメ」第1回~

こんにちは。「働き方」をメインテーマにフリーライターをしている、やつづかと申します。昨年、13年ほど暮らした東京・町田市を離れ、長野県の佐久穂町に娘とふたりで移住しました。「フリパラ」では今後数回にわたって母子での地方移住にまつわる思いや経験談などを綴っていきたいと思います。

「勇気あるね!」と言われるけれど……

移住の目的はただひとつ、ちょうど小学1年生になる子どもを、佐久穂町に2019年に開校した「大日向小学校」に通わせることでした。いわゆる「教育移住」というやつです。

図2

(春は登校自粛だったため、2学期の最初に「入学を祝う会」が開かれました)

移住前、「実は今度、長野に移住することにして……」と話すと、たびたび「勇気があるね!」と言われました。その言葉には、感心だけでなく「無謀じゃない?」という気持ちも混じっていたように思います(笑)。

この学校のことを知るまでは佐久穂町という町の存在も知らず、長野県も旅行で訪れることはあっても特に思い入れのある場所ではありませんでした。そんな縁もゆかりもない地方に行って大丈夫なの?(しかも旦那さんを置いて?)――と思われるのは当然ですよね。

ただ、私の中に「勇気を出して決断した」という感覚はありません。むしろ「こっちの方がいいな」と、素直に選択したという感じです。

タイミング、仕事、距離…決断できた7つの理由

移住をしたのが2020年の春だったため「コロナがきっかけで?」と聞かれることもあります。が、偶然にそういうタイミングになっただけで特に関係はありません。

周りから見ると勇気ある(あるいは無謀な)選択を、あまり迷うこともなくできたのはどうしてか。今振り返ってみると、以下のようなことが重なって、私の気持ちを後押ししたのだと思います。

・教育環境への希望

移住の目的は子どもを通わせたい小学校があったからです。それは移住しなければ叶わなかったので、「移住するかどうか」と迷うよりも、「あの小学校に行けるんだったら、移住したい!」という気持ちが大きかったです(大日向小学校のどこに魅力を感じたかについてご興味のある方は、下記の私個人のnoteをご覧ください)。

また、「中学受験が当たり前の東京から出たい」という気持ちもありました。

子どもには受験準備に時間を費やすよりも、いろいろな経験をしてそこから学んでほしいというのが私の考えです。でも、周りに受験する子が多い環境では、親子ともども影響を受けて受験のことを考えざるを得ないだろうな、迷うだろうな……そんな風に思ってモヤモヤしていました。だから、東京を離れ、しかも豊かな経験ができそうな学校に行けるなら、こんなに好都合なことはない! と思ったのです。

図3

(移住後は、牧場で乗馬を習ったり、町の名産品のプルーンを収穫してジャムを作ったり、この地ならではの経験がたくさん待ってました)

・タイミング

素敵な小学校があり、東京から離れたいという気持ちがあっても、子どもがすでに小学校に入学して楽しそうにやっていたら、簡単には決められなかっただろうと思います。

たまたま子どもが保育園の年中のときに大日向小学校のことを知り、移住までに1年半ほどの時間があったのもラッキーでした。

・人の縁

移住先の町に縁もゆかりもなかったと書きましたが、大日向小学校ができることを知ったのは人の縁からでした。信頼できる人が学校に関わっているということが、教育移住という選択の後押しになりました。

・コミュニティの魅力

入学前に何度か学校の体験プログラムなどに参加して、この小学校に関心を持つ他の保護者たちと過ごす機会がありました。そのときに、「この人たちとなら協力しあってうまくやっていけそうだな」と思いましたし、やはり移住してくる家庭が多いので、「お互いに助け合っていけそう」という期待も持てました。

体験プログラムの場には佐久穂町役場の方も来られていて、移住に関して親身に助けてくれそうだな、町と学校との関係も良さそうだな、とも感じました。いくら学校ありきと言っても、やはり住む場所に安心感があるのは大事なことでした。

・フリーライターという職業

私がフリーランスのライターという、働く場所が限定されない仕事をしているというのも移住に迷わなかったポイントです。

東京にいたときは都心の企業に取材に行くことも多々ありました。ですが、オンライでできる仕事と移住先でできる仕事を増やし、学校の夏休みなどには東京に行き、そのときにまとめて首都圏での取材をすればなんとかなるんじゃないか、と考えていました(実際にはコロナ禍で想定以上にオンライン取材の機会が増え、夏休みと冬休みの時期は感染者が増加していたこともあり、ずっと長野を出ずに仕事をしています)。

・夫のスタンス

とは言え、夫は東京で勤務する会社員。私ひとりで移住を決めるわけには行きません。

夫は最初は「東京の公立校に行かせればいい」と考えていたようですが、「面白い学校ができるみたいだから行ってみよう」と誘ったら体験プログラムに一緒に参加してくれ、子どもを通わせることに前向きになってくれました。

彼は仕事で充実感を感じており、「会社を辞めて移住」という選択肢はなさそうでした。ですが、「長野で複業先を見つけて二拠点居住」などの可能性を考えるようになりました。それはまだ実現しておらず、今は東京で仕事をして休みの時に(感染拡大の状況なども考慮しつつ)長野に来るという状態です。でも、小学校だけでも6年間あるので、ゆっくり可能性を探っていければよいのではないかと思っています。

このように、教育や働き方に関して柔軟な夫のスタンスにも支えられ、母子移住が実現したのでした。

・東京との距離

離れて暮らす夫や私の仕事のことを考えたとき、東京と佐久穂町は3時間くらいで行き来できるというのも好都合でした。車で朝出発すれば昼には着く。これは「いざというときにも、なんとかなるだろう」思わせてくれる距離感でした。

「子ども」の言葉に迷いつつ……

ほとんど迷わなかったとは言え、全く課題がなかったわけではありません。

それは、子どもの気持ちです。保育園のお友だちのほとんどが地元の同じ小学校に行くことが決まっていたので、自分だけ違う小学校に行き、すぐに会うこともできない場所に引っ越すのをとても嫌がっていました。かなり恥ずかしがり屋でもあるので、新しい環境ですぐに友だちができるとも思えず、不安も大きいようでした。

「みんなと違う小学校に行きたくない」「引っ越したくない」という子どもに対し、かわいそうだな、親に気持ちを理解してもらえないって思わせちゃうかな、と心配にはなりました。でも、「お母さんがなぜ大日向小学校が良いと思っているのか」という話をなるべく丁寧にし、「時々東京に行って、保育園のお友だちと遊ぼうね」「とりあえず行ってみて、どうしても嫌だったら学校を辞めて東京に戻ってもいいからね」と言い聞かせながらこちらにやってきました。

今、子どもは小学校で仲の良いお友だちができ、自然が豊かな土地ならではの遊びもたくさん楽しみ、私が魅力を感じた学校の教育方針にもすっかり馴染んでいます。コロナの影響で東京のお友だちになかなか会えないことは残念がっていますが、手紙を書いたりZoomでお話したりしながら、会える日を楽しみに待っています。

図4

(ある秋の日。色鮮やかな花や木の実、葉っぱを集めて遊びました)

他にも、「母子二人きりの毎日、うまくやっていけるかな」という心配もなくはなかったのですが、私も子どもも色々な刺激を受けながら充実した日々を送っています。やっぱり来てよかったな、というのが今の気持ちです。

次回は、フリーランサーが母子移住するときの手続きのことなどをお話したいと思います。

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引っ越しの前?後ろ?私が先?娘が先?手続きはタイミングがすべてです~連載「母子移住のススメ」第2回~

やつづかえり
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018.3)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。

やつづかさんPH


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