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パリ、カルチエ現代美術財団の庭に行こう

都市に自然を呼び込む、美術館のナチュラル・ガーデン

 パリのとっておきの庭のことを話そうとしたら、思い浮かんだのがパリ14区のカルチエ現代美術財団のガーデンである。ジャン・ヌーヴェル設計のモダンな建築でも知られているが、その建物と合わせて作られたナチュラルな庭がまた、いい。

ジャン・ヌーベルのガラス建築と緑の風景

 モダンなミュージアムの建物を取り囲むガーデンの大通りに面した部分は、背の高いガラスの塀に囲まれている。透明のガラスの層、緑の層、そしてまたガラスの建物が重なるエントランスへのアプローチはスタイリッシュでいて、実際に中に入らないまでも、外側からすでに緑の風景を目にすることができて心が和む。例えば、春先には球根の植物や桜が花を咲かせる様子が外からでも見える。まさに街の中に自然の風景のひと摑みを連れてきてくれているような印象だ。
 展覧会の入場券がないとガーデンにも入れない仕組みになっているので、外からも様子が見えるというのは、実はちょっとしたパブリック・サービスと言えるのかもしれない。

庭を見守るのは大きなレバノン杉の老樹

 建物入口の前にある大きなレバノン杉は、19世紀の詩人シャトーブリアンの邸宅と庭園だった頃からこの場所を見守ってきた大木である。そして建物入口を飾るのは、スタイリッシュな壁面緑化の考案で知られる植物学者パトリック・ブランの垂直庭園。庭に入って、どこか近郊の森に迷い込んだような小径を行くと、一昨年亡くなった映画監督アニエス・ヴァルダのアート作品である小さなキャバンヌ(小屋)「猫のための小屋」に突き当たる。

フォーラム広場で日向ぼっこ

 さらにどんどん進んでいくと、展示室の広々としたガラスに面して、半円形のフォーラムになった広々とした空間があり、カフェテラスになっている。フォーラムに降りていく緩やかな階段状のステップに腰掛けても良いし、設置されたテーブルとイスの席についてもいい。休日の午後など、展覧会を観に来たカップルや、親子連れなどが思い思いにのんびりと日向ぼっこを楽しんでいる。お茶したくなったら、木でできた可愛らしい小屋でカフェや小さなスィーツを売っている。このカフェ小屋がなかなか侮れなくて、売っているのはクッキーやチョコレートなど簡素なおやつなのだが、美術館の展示の内容に応じて、例えば日本の現代美術の展示の時には、ビスコ的な日本のお菓子が並んでいたりと、ささやかな気配りが楽しい。

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アーティストの作品がナチュラル・ガーデンに

フォーラムをこえて、少し緑深くなってくる小径を進むと、草陰にさりげなく横たわる大きな倒木らしきものに出会う。しかしこれは倒木から型取りして制作された、イタリアの彫刻家ジュゼッペ・ぺノーネの作品で、噴水の役割も備えるインスタレーションである。
 このように庭の中には随所に財団のコレクションのアート作品が配置されているのだが、実はこの庭そのものも財団の依頼によってドイツのアーティスト、ローター・バウムガルデンが作ったもので、「テアトラル・ボファニカム Theatrum Bofanicum」と名付けられた庭の名は、中世の薬草書の名前に由来する。都市に生物多様性を呼び戻すことを目指して作られたこの庭はいわば生きたアート作品といえよう。

 元々あった大木を出来る限り残して活かし、パリ、イル=ド=フランスの気候に合った在来種を選んで植栽して作られたこの緑の空間は、鳥の声が響く実にナチュラルな景観に育っている。現代アートの表現はしばしば今いる時代の先を感じさせる感性にあふれている。そうした最先端のクリエーションに出会う場であるミュージアム、その建物を取り囲むナチュラルな庭空間の抜け感、リラックス感のバランスは絶妙だ。

庭の生命を守る庭師の存在

 そして、運が良ければ庭の手入れに勤しむ、この庭の専属庭師にメタン・セヴァン氏に会えるかもしれない。庭が出来たての頃に庭師となってすでに20数年が経つという彼は、この庭のことなら何でも知っている。穏やかな笑顔で、気さくに何でも質問に答えてくれる。最初の数年は庭のコンセプトを理解するために作者であるアーティストと一緒に庭を手入れし、この庭、庭のエスプリ(精神)を守る人になったのだそうだ。
  庭というものは、どんなに自然に近づけようとしても、やはり人工の場所ではあるので様々な制約もあり、また上手く育つ植物、育たない植物、増えすぎる植物や大きくなり過ぎる植物など、日々色々な変化が起こっている。庭師はそれらを観察し、増えすぎる雑草(雑草という言葉はないともいうが)は抜いたり、けれど誰の邪魔にもならない場所に少し残したりと、この庭にやってきた植物の多様性を尊重する方向性で手入れを行なっている。アーティストが作った植栽リストを参照しつつも、このところの気候変動に対処すべく、ダメになってしまった樹木を植え替える際には暑さや乾燥に強い樹種を取り入れたりしているそうだ。また、これも当初からのこだわりでsるのだが、法的規制が始まるずっと前から、この庭は農薬も化学肥料も使わずに、自然を尊重するやり方で手入れされてきた。

動植物のサンクチュアリとしての庭

その結果、近年行われたパリの自然史博物館の調査では、194種の植物(うち樹木は21本)が生息し、また、青シジュウガラや尾長シジュウガラなどフランスでは絶滅危惧されている小鳥たちなどが来ることが明らかになった。庭を作ったアーティストの目論見どおり、野鳥や昆虫たちが豊富に行き来する生物多様性のサンクチュアリになっている。

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人間にとっても、動植物にとっても優しく心地よい、ひらけた森を思わせるようなナチュラル・ガーデン。日本でいえばさながら雑木の庭のような雰囲気だろうか。展覧会を見学がてら、ぜひ天気の良い日を選んで、ガーデンもゆっくりと散策してみてほしい。  

●アクセス|
Fondation Cartier pour l’art contemporain
261 boulevard Raspail
75014 Paris
最寄りメトロ駅 4/6番線 RaspailまたはDenfert-Rochereau





美術館とガーデンのオープン| 1994年
ガーデン面積| 1200m2


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