闘病記(41) チャンス到来
「家族に協力してもらいながらバルーンをつけたままの生活を送る。」「自己導尿を行う。」この言葉たちが頭の中をぐるぐると回り、眠っていても悪いイメージが布団の上からおおいかぶさってくるような日々が続いた。
加えて、家族、主治医、担当看護師らと行う面談の時間が、絶望感にとどめを刺した。
自分は、主治医から、
「検査の結果は厳しいものとなりましたが、退院までにまだ時間があります。バルーンが取れるように最善を尽くします。トレーニングをしていってみましょう。」
といったフォローがあるものと期待していた。しかし、主治医はただ検査結果とリハビリテーションの進捗状況を簡潔に説明すると席を立った。同席した父は、沈痛な面持ちで話を聞いていた。
体中にまとわりつく辛いイメージを、面談でより決定的なものにされたことで自分は半ばやけっぱちのようになってしまった。リハビリをすることも、そもそも入院生活自体が、ばかばかしく思えるようになってしまったのだ。
「このままでは本当にダメになってしまう。」
ひとりで抱え込んでいる事が辛くなり、看護師や介護福祉士の方に相談した。
「急に体が変わるのは難しいと思いますよ。リハビリを重ねながら、毎日の積み重ねで徐々に変わっていくものだと思います。まだ時間はあります。ゆったりと構えていきましょう。」
そんな言葉を聞くだけで、ずいぶんと心が穏やかになった。
また、「以前の身体とは違うのだから、もっと尿意に敏感なろう。変化についていこう。」と言う心構えができた。バルーンをつけたままだったので、尿意を感じる事は難しかった。しかし、看護師さんがバルーンの袋を取り替えてくれるタイミングに以前よりも気を配るようになった。自分が排尿するであろう時間帯を予測してみたりもした。
そんな日々を過ごしているうちに、気持ちが少しずつ前を向き始めた。「まだ時間はある。バルーンは、退院する時までに取れていればそれでいいじゃないか。大丈夫だ。」そう思うことができるようになっていった。
バルーンが取れないことに落胆をしたのは、自分だけではなかったはずだ。リハビリを担当してくれる各療法士の皆さんもがっかりしたことだろう。理学療法、作業療法などにおいては患者のバルーンが取れるタイミングが後にずれて行くほど、取り組んでおきたいリハビリメニューがどんどん遅れていくことになる。特に、体を大胆に動かす必要がある理学療法での、療法士Tさんの焦りは大きかったはずだ。それでも、毎回退屈に同じことを繰り返すと言うような事はなく、リハビリの1時間が終わったら何かをやりきったような達成感を味わうことができたのは、各療法士の皆さんの高い技量と努力のおかげだった。
こうして日々が過ぎる中、自分の「バルーン取り外しミッション」再チャレンジの日は突然やってきた。看護師さんから、
「泌尿器科の先生が来られるので、診察をしてもらいましょうね。」
との知らせがあった。
「もう一度バルーンを外してみるチャンスが来ますように。」心の中で祈った。
看護師さんから、
「今日は、バルーンを外してみるそうですよ。」
と知らせがあったときには飛び上がるほど嬉しかった。しかも今回は、「〜時までの間に〜cc位は尿を出そう。」と言う具体的な目標つきだった。車椅子を押してもらってナースステーションを通過する時、偶然泌尿器科の先生と会った。
「先生、僕、今日は本気で出しますから。」
と言うと一瞬「何言ってんのこの人?」と言う感じて目をまん丸にあけていたが、自分の言葉の意味に気づくと、「本気で出してよ–!」と笑って返事をくれた。
気分は高揚し、まるでアスリートかF1ドライバー。「絶対に出してやる。」と言う決意はメラメラと燃え上がり、頭の中では「トップガン」のテーマが流れていた。
こうして、自分にとって長い長い1日が始まった。
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