自分が住む世界は変えられる、本気でそれを望むなら。
14歳の頃、私は人生で最も絶望していたと思う。
それまで仲が良かった子に裏切られ、いじめられ、授業はまともに受けられず、火事沙汰や暴力、犯罪はすぐ側にあって当たり前。
学校の近くにあったセブンでは万引き常習で、よく教師が正門から走り出していく姿を見て「またか…」と思っていた。
窃盗や暴力が起きれば、その都度学年集会が開かれるものの、一番参加しなきゃいけない人たちは全く来ない。
無罪の人達だけが冷たい床に座らされ、形式ばった注意を聴く。いや、こちとら全くの無縁なのですが。何なんだ、この無意味な時間は。
教師までもコントロールしようとする不良少年、少女達が自らの一声によって全てを動かしているかのような状況。
いつ自分がいじめのターゲットにされるか分からないから、とにかく目立たないように、浮かないように、なるべく愛想良くしておくのが第一優先。
恋愛ですら、彼女らが好きになりそうな人はなるべく避けて、恋心はとにかく隠し通す。噂話が立たないように。目を付けられないように。
彼女たちと好きな人が被れば、それは一目散にいじめの標的と化す。
標的となれば徹底的にいじめられ、公開処刑のような目に遭い、目の前で自分の座っている机がブン投げられて罵声を浴びせられるのに、同じ場に居合わせる教師は何も注意しない。あぁ、なんて地獄絵図…………。
※なお、この状況は私の学年のみ
今思い出して描写するだけでもカオスだし、人に話すとドン引かれることが大半なのですが、盛っていない超ド現実。
まぁでも、まだ序章なので聞いてください。酷かったのよ!という不満では、終わりませんのでね。
で、よくもまぁこんなに酷い環境で多感な時期を生きていたなと思うけど、
そんな状態でも私には居場所があったし、目標があったからこそ生き抜くことが出来た。
というか、様々な部分を麻痺させてどうにかなるスレスレの状態の身体で3年間を耐え忍んで生き延びていたのだと思います。
そんな当時、ずーっと思っていたのは、
なんで私は、こんな奴らに囲まれて生きてるんだ?
ってこと。
そんな空気感が漂っていたと思う、彼ら彼女らからは。
今思えばそれは、彼らなりの絶望だったんだろうなと思うし、そう表現せざるを得ないほどに痛みがあったんだろうなと今なら推測できるけど。
まだ14歳の子どもに、そんな深い意味が分かるはずもない。
その人たちはどう考えても私の性質に合わないし「類を友を呼ぶ」の真逆。
自分で選んだ訳じゃないからこそ、全力で疑問だった。
こんなにも腐った世界に、私はどうして生きているのか。
彼らと関わる必要があるのか。
どうしてこの世界に居なきゃいけないのか。
お受験の話で「地元の学校に行って、色んな人に揉まれる経験も大事」という親がいるけど、その地元の学校とやらの"現状”はよく見た方がいいですよ。
私はめちゃくちゃ揉まれた張本人ですけど、今を生きる子どもにこの経験が必要か?と言われたら全くそうは思えないので。
いくら考えても、どうしてこんな腐った世界で生きなきゃいけないのかが分からない。
この腐った世界からどう脱出すればいいのかも分からない。
絶望ですよ。もう。文字通りの。
当時ガラケーはあったものの、今ほどSNSは発達していないし、気軽に学校外の人と繋がるツールなんてほぼほぼ無かった。モバゲーぐらい?笑
Twitterに吐き出すとかも出来ないし、SNSを見て暇をつぶすことも無かったし、周りにいる大人は信頼できねぇ奴ばっかだし。
授業はつまらないし、そもそも授業妨害で進まないし、一人で塾でサクサク勉強してるほうがよほどラクだった。
そんな不便な状態だったからこそ、頭フル回転で考えた。とにかく自分の頭で考えに考え抜いた。
自分はどうしたいのか、そしてどうすれば「どうしたい」を実現できるのかを。
だって、こんな腐った世界に居続けたくないし。
私はこんな場所にいる人間じゃない。どう考えたって住む世界が違うだろ!っていう反発心が、私の中には絶えず燃えていたから。
そして、子どもの頭でめちゃくちゃ考えまくった結果が、
こんな奴らが存在しない世界へ、私が行ってやればいい!
だったのです。
今っぽくスピリチュアル風に言えば、次元を変えるって感じに近い。
こういう人がいない、交わりようのない世界に自分が行ってしまえばいいのだと思った。
どんなに辛かろうが、これは期限付き。
3年間だけ耐え抜けば、あとは自分の好きな世界を選べる。好きな世界に行くことができる。
だったら、3年間を超えた先に選べる世界を、自分がどうしても行きたい場所にしてしまえばいい。
1日も早く卒業して、地獄みたいな場所から脱出することを夢見て、私は死ぬほど勉強しました。もう本当に気が狂ったぐらいに。
1日12時間以上勉強するなんて普通で、歯を食いしばって、いっぱい泣いて、絶対に諦めなかった。
自分が望む世界に行けるなら、どんなに辛く厳しいことだってやり抜いたし、他に何も要らなかった。
その結果、私は一番行きたかった高校に合格して、そこで尊敬する友人達や大好きな人に出会えて、当初の計画通りに”人生が変わった”のです。
落ち着いて授業が聞ける、勉強できる環境。
みなが自分のやりたいこと、好きなことに集中しているので、いじめなんて眼中にもない。
そもそも、やる暇もない。自立した人しかおらん。
そんな世界にワープすることが出来た時、
ここは天国か・・・?!?
って本気で思いましたわ(笑)
めちゃくちゃ大真面目にですよ!!!私多分、どっかで言ったと思う。
そんな環境の大きな変化、落差を経験したからこそ、自分の人生を生きている人と投げやりで絶望したままの人の差って何なんだろう、って思って、教育の道に進んだ。
ものすごく過酷な経験だったけれど、決して無駄ではなかったと思う。
私は「絶対にどうにかしてやる」って気持ちが強いからこそ、こういう行動をしたし、こういう人生を選んできたんだけど、
それ、みんながみんな、出来る訳じゃないよ
いくら環境が恵まれていたって、やらない人はやらないからね
って言われた時、そうか…と我に返った。
長々と私の話を書いてきたけど、何が伝えたいか。
過去の私のように「もうマジで最悪、どうにもこうにも今の世界は嫌だ」って人こそ、全力でもがいてみる価値があるよ!ってこと。
むしろ、大どんでん返しができるチャンス到来!!!!!って感じ。チャンスなんです。
今が最悪なら、最高が何なのかも必然的によく分かります。
陰が極まっている時にこそ、陽に転じていくのと同じで。
自分が何をして、どんな人と付き合って、どんな話をして、どんな風に生活したいのか。
漠然とでもいいから、描いてみるといい。本当に。
描けたこと、頭にイメージできたってことは、必ずそれを実現できる未来がある。
今はまだ無いように見えるだけで、どこかのタイムラインに存在しているから。
あなたは、描いた未来に行くことができる。実現する力がある。
それを信じてみよう。誰よりも強く、誰よりも大きく。
その信じる力はきっと、時空を超えて未来のあなたに届いているよ。
当時の私がそうだったのと、全く同じように。
この記事を読んで「私もコレ大変だったし…」と思い当たることが浮かび、誰かに話したくなったのなら、
それは自分自身でキチンと受け止めてあげてくださいね。
もしくは、ブログ書いたり、文字にして消化すると良いですよ。
ただ、感情的に整理が付いていない場合は、無理に消化する必要もない。
私も、この話は信頼する人にじっくり聞いてもらって整理が付いて、意味が分かったからこそ、言葉にして発信できる話ですからね。
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