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[#2]方向音痴で困ること

「方向音痴でスミマセン」では生きていけなかった

私はCGやVFX等の映像技術、ブロックチェーン、フィンテックといった少々ニッチなテクノロジー領域を専門とするライター/編集者をしている。「外出が苦手。一人で移動したくない」という意に反して、一人で取材先に出向かなければならない仕事だ。取材先は毎回異なり、初めて訪れる場所であることが多い。何度か訪れている取材先であっても、方向感覚に問題がある私にとっては初めて訪れるに等しい。

取材前は、取材先のエントランス等で担当者やカメラマンと10分ほど軽く打ちあわせをする。インタビューはライターが行うため、時間に遅れると記事が飛んでしまう。つまり遅刻は絶対に許されない。イベントやセミナーを取材する場合は、時間に遅れると会場に入れてもらえない。地方取材などで新幹線を利用する場合は、日本一複雑な極悪ラビリンスである東京駅で待ち合わせというミッションをクリアする必要がある。取材前から気分的にぐったりと疲れるので何とかしたい。

さて、この仕事を始めて今年で17年目/通算600記事以上を執筆・編集してきたのだが、奇跡的にも取材に遅れたことは一度もない。正確に言うと、一度だけ1時間近く遅刻したことがあるのだが、取材先の住所を誤って連絡されていたのが原因であった。ベテラン担当者の手腕が光り、その時はなんとか記事を飛ばさずに済んだのだが、自分のミスによる遅刻が原因だったら二度と執筆の依頼が来ることはなかっただろう。

激務のなか時間を割いてくれている取材先やカメラマンのギャラのためにも遅れるわけにいかない。「わたくし方向音痴なもので、今回も道に迷って遅れそうです。先に取材を始めておいてください」では生きていけない世界だ。だから私は1時間以上前に到着するよう家を出る。一度取材先の建物を確認し、時間になるまで近くのカフェで待機するか、たいして興味のない店などでぶらぶらと時間をつぶす。この1時間を確保してよかったと痛感したことは何度もあるが、これから本番というときにまあまあ疲れる。

今でも取材前は、「時間に遅れず、ちゃんと指定の場所に行けるのか」といった不安で食欲がなくなる。テクノロジーの領域は情報のアップデートが激しく、技術記事を執筆する際は広範囲にわたってかなり勉強して取材に臨む必要がある。直前までニュースを追っていたりギリギリまで質問案を練っていたりするのでややナーバスな状態だ。新米ライターだったころは取材慣れしていないがゆえの緊張が加わり、身体的な苦痛を覚えて辛かった。

でもこれが私の仕事だから仕方がない。取材して記事にするのは楽しいし、プロフェッショナルたちの話を聴くことができるのは本当に幸せだ。読者のみなさんにとって有益な記事になればうれしい。でももうこんな思いはしたくない。この仕事は向いてないかもしれない。よし今日だけがんばろう……、これら相反する思いを繋いで今日までなんとかやってきた。

補足:道順障害に関する記事なので詳しく記さないが、私には道順障害のほかに人の顔が判別しにくい「相貌失認(そうぼうしつにん)」の症状もみられる。毎回異なる場所に出向いて沢山の人と話し、彼らの人となりについて記事にするライターや編集者といった職業は、急ブレーキがかかっているのにアクセルを踏み込んでいるような気持ちになる。

方向音痴で困ること

元気いっぱいで予定がなければ、道に迷うことは意外と楽しいのかもしれない。思いがけず素敵なお店を見つけたり、「迷う」という経験の不思議な魅力を味わったり、新たな発見に価値を感じたり。良いですね、憧れます。しかし、時間と心に余裕のない現代人・日本代表の私としては、そんな素敵な方向音痴の楽しみ方はまだできそうにない。

ここで一度、脳内を整理するために「方向音痴で困ること」をリストアップしてみようと思う。そろそろ方向音痴と道順障害を分けて表現した方が良いかもしれないが、今回は「方向音痴」と表現しておく。

①迷って遅刻しないよう早く出発/早く到着しすぎる
カテゴリ:ソーシャル(困り度:★☆☆☆☆)
早く到着するのは、遅刻するよりずっとましだ。でも、毎回だと微妙にしんどい。いろいろやることが山積みのなか、手持ち無沙汰なこの時間をどのようにとらえるか。天から授かった休息と考えるか。

②迷って遅刻しないよう早く出発/それでも遅刻する
カテゴリ:ソーシャル(困り度:★★☆☆☆)
対策を練って励行したにもかかわらず失敗すると絶望的な気分になる。取材で遅刻をしたことはないが、それ以外では道に迷ってときどき遅刻する。予備時間が取材時より短めだからだ。「早く出たんですけどね、おかしいな」「街、なんか変わりました?」と言えば言うほどうさん臭くなり、自分に嫌気が差してくる。次が怖くなるやつだ。やはり早く到着する方がマシである。予備時間をもっと確保するべきか。こうやってQOLが下がっていくのだろう。

③出費が増える
カテゴリ:経済(困り度:★★★☆☆)
カフェでの待機や迷った挙句のタクシー利用など、方向音痴でさえなければ支払う必要のなかった出費が「ちりも積もれば」でじわじわとかさむ。確定申告の際にこれら経費の合計が判明するわけだが、毎年ちょっとした小旅行ができそうな金額が計上されている。焦って疲労し恐怖を感じ、さらに時間もお金も奪われるとやるせない気分に。しかしこれ、一生ですからね。結構な金額になり得る。

④街中で遭難する/むやみに疲れる
カテゴリ:身体(困り度:★★★★☆)

ここからはフィジカルな悩みになる。迷うとだいたい+1.5~2万歩ほど歩く羽目になるのだが、とにかく毎回歩きすぎて疲れる。すでに少々疲れている状態での+1.5万歩は結構こたえる。「運動不足の解消になるからOK」と前向きに考えるようにしているのだが、当事者としては軽く遭難したような心境でやや恐怖を感じているため、身体的なカロリー消費に加え精神的なカロリーもだいぶ消費することになる。住宅街の中腹などに迷い込むと、タクシーが走っていないので歩くしかない。最近はGO(タクシー)のおかげで住宅街で遭難しても迎えに来てもらえるが、スマホの充電が切れるとアウトなので注意が必要だ。GoogleMapで使用するGPSは消費電力が高いことを忘れずに。カバンの中には食べ物と飲み物、充電器を常備している。

※GoogleMapの位置情報は、場所によってひどく狂うことがある。白金高輪駅周辺や自由が丘~深沢間など、都内には魔境のごとく位置情報が狂う場所が少なくないと感じている。

⑤強いめまい/恐怖を感じる
カテゴリ:身体(困り度:★★★★★)

私が最も悩んでいたのは、迷った際に強いめまいが生じることだった(<CASE 1>参照)。このめまいは非常に狂暴で、頭を強く殴られたかのようなショックを伴う。怖いし辛いし気分が悪くなってしばらく動けなくなることがある。とにかくめまいを起こした後は仕事にならない。また、室内で目的地までの道順を脳内で整理するときも、めまいを起こして具合が悪くなるときがある。パニック発作ですね。

ベストを尽くすのみ

困ることをいろいろリストアップしてみたが、方向音痴が発揮されると最も困るシチュエーションは、時間に遅れることで他人に迷惑をかけてしまう状況下にあるときや、経済損失・機会損失を与えるときだ。仕事、病院、ヘアサロンやレストランの予約時間、友人との待ち合わせ……。日々本当にたくさんの人々と関わり、彼らの貴重な時間を拝借し、技術や知識、人脈、友情に助けられて生きていると感じる。自分が損失を被るのであればまだマシだ。いつも助けてくれている彼らに、遅刻による損失を与えるのはやりきれない。「困ったときはお互いさま」と言われるが、こんなところで「お互いさまカード」を切りたくないじゃないか。

ということで、迷うことを前提に倍以上の移動時間を確保するしかない(それでも遅れることがあるので困っているのだが)。今のところ、これがベストソリューション&ベストエフォートである。ベストを尽くすのみ。

TEXT_みむら

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