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「足し算」の生産者目線と「引き算」の消費者目線

駅前にこんな感じのポスターが貼られていた。

突然ラーメン

店名、だろうか?やはりこの「突然ラーメン」とは。情報がQRコードしかないので店名かすらわからないけれどおそらく、ラーメン屋がオープンしたみたいだ。

いや、そもそもラーメン屋、なのか?反射的にそう思ってしまったが、もしかしたら違うかもしれない。しかしともかく、ラーメンに関してのなんらかのお店がオープンしたことには違いない。とりあえずカメラを起動して読み込んでみないとさっぱりわからないわけだが。

でもどうだろう?すごく興味が湧くじゃあないか。

黄色地に赤い文字、おそらく豚骨系だ。これでさっぱり塩味ということはないだろう。いやまさか、さっぱりわからないこのポスターゆえにさっぱり系などというシャレたギミックが仕掛けられている、なんてことがあるのだろうか?いやそれはないと信じたい。

そんなことを考えながら通りすぎて僕は本屋に入った。しばらく立ち読みしていたが、どうにもさっきのポスターが頭から離れない。印象に残ってしまっている。やはり戻ろう。戻ってQRコードを読み込んでみよう。こんなことならとりあえず読み込んでおけば良かった。

しかしまんまと「してやられた」気分だ。一体誰がこんなこと思い付いたんだろう。思うに、これは歯科衛生士のマスク効果のようなもんだ。マスクをしているからこそ「この子はきっと可愛い」だの「絶対綺麗な子に違いない」などと我々は想像を巡らすのだ。

もし歯科衛生士がはなっからマスクをしていなければ、それは最早「好みか好みじゃないか」の「比較検討のフェーズ」に移行してしまうわけだが、マスクで隠していることによって、我々は純粋に「興味のフェーズ」に留まっているわけだ。

マスクをしている限り、好きと、そうじゃないが同時に存在している。シュレーディンガーの猫といったところか。

この(おそらくは)ラーメン屋のポスターもしかり。興味のフェーズに我々の心を留めさせている。だからこそ、こうして僕はわざわざ戻ってきたわけだ。さて、QRコードを読み込んでみるか。

※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。

勿論案の定、予想通りの結果だったわけだが、遷移先のページにはクーポンが表示された。矢張りラーメン屋だ。そして豚骨系だった。これで塩味だったら僕は店に行くことはなかっただろうか。いや、そうは考えにくい。こんなポスター出すような店だ、味を差し置いても興味がある。しかもクーポンまで提供されてしまっては、わざわざ戻ってきてカメラまで起動した手間も考えると、それを使わないという選択肢は最早無い。サンクコストというやつだ。

そういうわけで僕はこの「突然ラーメン」に入店した。

味は普通だった。美味しいと一般の人なら評価するかもしれないが、900円という価格を考えると(無論クーポンを使用したので安くはなったが)、九州出身の自分としては400円程度でこれ以上の豚骨ラーメンを食べた経験が邪魔をして、自分史上「普通」と評するのが妥当な線だ。

しかしそれを抜きにして考えるならば、美味しい部類に入る豚骨ラーメンだった。接客態度も良好で、感染防止対策でマスクをしている若い女性スタッフが、僕に歯科衛生士を思い出させる。シュレーディンガーの子猫ちゃん、と名付けよう。

僕は考えた。仮にあのポスターに、この豚骨ラーメンの写真と価格などが記載されていたとするならば、入店しただろうか?と。おそらくだが、足を運ぶことはなかったのではないだろうか。なぜなら、そのようなポスターだったとするならば、比較検討のフェーズに入ってしまうからだ。

まず写真で美味しそうか否かの判断、他店との価格の比較、味の特徴の比較、そして、今ラーメンを食べたいのか、それとも牛丼を食べたいのかという自分自信の欲求との比較がなされる。結果的にそれほど特徴のある味という訳でもなく、他店と比較して秀でてる点が特に見つからなかった訳だし、価格に関しても東京では平均的な値段だった。

仮に激安を売りにしているラーメン屋であれば、価格を打ち出す手法もあったのかもしれないが。

おそらく店主は考えたのだろう。店は他店と比べて平均的だ。よくあるラーメン屋だ。だから普通にポスターを作っても勝負できない。ならば比較検討フェーズに入る前に店に入れてしまえ!と考えた結果が、あのポスターだったと推測する。

店主、と書いたがこれはデザイナーの仕業だったのかもしれない。

僕はふと、昔のことを思い出した。東中野のカフェのオープニングスタッフとして働いていたときのことだ。オープン初日、駅前でスタッフがビラを配っていた。しかしいくら声をかけてもみな通り過ぎてゆくだけで、なかなかビラをもらってくれない現状を僕は目にした。

そこで僕はビラ配りをしているスタッフにこう声をかけた。

「東中野にカフェがオープンしました」とだけ伝えてみてほしい、と。

その結果何人かの人が興味を持ちビラを手に取ってくれ、そのうちの何人かは店に足を運んでくれた。

僕がなぜそのようなことをスタッフにお願いしたのか。

そのカフェにはベーカリーの設備があり、焼きたて手作りのパンと食事が楽しめるカフェだったのだが、当初スタッフはこのように声をかけていた。

「●●カフェです。本日オープンしました!
 今ならお好きなパンをおひとつサービス
 しています。ランチセットもあるので
 よろしければ是非お越しください」

僕はそれを聞いて「情報が多い」と思った。そこまでの情報を与えてしまうと人は「比較検討のフェーズ」に入る。パンが好きか好きじゃないか。そもそも今、パンを食べたいのか?食べたいとしても、ベーカリーなら既に過去入店して美味しいと思っている、他の店の方がいいのではないか?その店より何が優れているのか?価格はどうなのか?ランチはどのようなメニューなのか、などなど。

というかそもそも言い切る前に通り過ぎてしまうし、実際にそのように見えた。だから僕は随分と情報を削って「東中野にカフェがオープンしました」とだけ伝えるようにお願いした。

狙いとしてはまず、東中野に当時カフェらしいカフェはなかった。ここでいうカフェというのはバワリーキッチンやロータス、ザリガニカフェなどの2000年代に起こったカフェブームの文脈でいうところの、所謂カフェだ。

だから東中野にカフェがオープンした、というだけで感度の高い20代女性なら興味を示す筈だ、そう僕はにらんだ。店名などは情報としていらない。パンがもらえるかどうかも必要ない(とはいえこれはケースバイケースだとは思うが)、ただただカフェが東中野にオープンした、そのことだけに絞った。そして結果的にそのワードが道行く人に刺さったのだ。

今回の突然ラーメンのポスターもまさに、情報を引き算して的を絞ったのだと思う。実はこれは簡単そうで非常に難しい。多くの人はこのポスターを見ると興味を示すだろうし、実際店に足を運ぶだろう。このポスターはナイスアイデアだ!とも思うかもしれない。その点だけでSNSに拡散する人も少なからずいるだろう。

しかしそれらの感想は、全て消費者目線に由来している。

もし仮に、自分でラーメン店をオープンさせたとするならば、これは途端に生産者目線になる。経営者目線と言い替えた方がわかりやすいかもしれない。確実に多くの人が「集客チャンスを取りこぼしてしうまうんじゃないか」という不安に陥ってしまい、情報を足し算してしまう。

つまり、美味しそうなラーメンの写真、メニューの豊富さ、価格、味の特徴、クーポンキャンペーン、駅から近いこと(ご丁寧にグーグルマップのQRコードも添えて)など。老若男女、全方位全ターゲットに漏れなく向けた情報をところ狭しと記載してしまう。

その結果、見た人は店に入る前に「比較検討のフェーズ」に入ってしまい結果、客を逃してしまうことになる。昨日まで消費者目線で物事を判断できていた人があっさり塩味ラーメンのごとく、生産者の(しかしそれは盲目的な)目線になってしまうのだ。

おそらく僕はまたあの店に行くだろう。あのポスターに対して勇気を持ってゴーサインを出せる店主が経営しているラーメン屋だ。情報の引き算ができる経営者はめずらしい。だから今後もなにかおもしろいことをやってくれるに違いない。最早僕は、ファンといっても過言ではない。

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