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エジプトでの一日(カツアゲ編)①

さすが、三大ウザい国の一端を担うだけある。空港から一歩出ただけですぐこれだ。やれ、タクシー乗れだ。おまえ、どこまで行くだ。またタクシー乗らないか、タクシー以外に市内に行く手段はないぞの勧誘の嵐。止まって腰を休める暇もない。

彼らの異常なる勧誘を断り、僕はスタスタと空港前のターミナルを横切って、新入生への対応と同じぐらいの喧噪まみれるエリアから二百メートル離れた先の歩道の横に腰を下ろした。キノコのように地面から生えている軒石の上で待つこと二十分。左の視界の隅からターミナル間を移動するバスが、なんだがバツの悪そうにとことこと道路の上をやって来た。事前に調べていた通り。ここには貧乏バックパッカーに優しい空港バスが走っているのだ。タクシーなんかに乗れば、市内まで300ポンド(日本円にして1800円)ぼったくられるそうだが、このバスでバス乗り場まで行き、そこから市内へと向かうバスになれば、ほんの数十ポンドで行ける(安ければいいの精神が僕の旅の基本基調だ)。そこで僕はいざと、バックバックと軽いショルダーバッグを片手にバスの内部へと潜り込んだ。

そこでまた数分。かのバス乗り場が見えてきたので、僕は数名の乗客と一緒に車内から降り、市内まで行くバスを探した。折しもそこにはバスの運転手らしい男が一人、手持無沙汰な感じで柱の横にひょろりと立っていた(いや、体型は洋ナシ型で、潰れたハンバーガーみたいな立派な体型をしていた)。僕は訊く。市内まで行くには何番のバスに乗ればいいんだ?そうすると彼は困ったような表情をした。彼の拙い英語を僕の拙い英語脳で訳すと、どうやらなんだかバスは出ていないらしい。なぜだ?オレはバスがあるのを知っているぞ、と意気揚々と僕は繰り返す(もうタクシーの運ちゃんみたいなクズなコントは十分だ)。彼は言う。時間が早すぎる。

そこで僕はポッケからスマホを取り出してみた。ほうほう、そういえばまだ朝の6時半だ(出来るだけ安い便を、とのことから深夜の便に手を伸ばすといつだってこうなる)。そこで僕はまた尋ねる。じゃあいつになったら、バスはくるんだ?彼の答えがこれ。後二時間後。ああ、無べなるかな。タクシーを追い払った後に来るのはいつもこれだ。神様はいつでも僕を見放す。神様はたぶんまだ寝床でぬくぬくと毛布にくるまって寝ているのだ。お母さんが朝ごはんだと呼びかけに階段を上ってくるまで。そこでのけ者にされた萎れたレタスばりに路肩で途方に暮れていると、横から二人の中国人がやって来た。彼女らは重そうな荷物をよいしょっと地面に降ろすと、僕以上に拙い英語を使ってバスの運転手に同じことを聞きだした。バスどこ。バスどこ。と。わたし達、ホテルに行きたいと。僕はそこで重い腰を上げ、中国人とバス運転手の間に身をさらけ出す。バスの運転手サイドに回って中国人を諭す。あと二時間はこないんだって。待つしかないんだってさ、って。

だが相手は中国人。わかっているのかわかっていないのか、同じ質問を繰り返す。バスどこ。バスどこ。わたし達ホテルに行きたいの、と。僕とバス運転手はそこで見かわした。こいつらは難敵であり、おそらく一度噛みついたならば、ピラニアほどの強靭なアゴで喰いついた獲物を逃しまいと。そうした愚鈍にみせる策が功を奏したのか、バスの運転手は一度ふうとため息をつくと、いきなり身を翻し、俺についてこいとのたまった。後ろから聞くところによると、彼はなんとタクシーの運転手も兼業しているというのだ。しゃあねえな、150ポンドで手をうとうじゃねえか、とも。

僕は困り顔の中国人に事の次第を説明し、三人で割れば一人50だという思いを胸にいざタクシーに乗り込んだ(通勤用でも使っているのだろう、タクシーは近くのバス乗り場の裏手に置いてあった。)

荷物を全てトランクに詰め込むと、僕らはいざゆかんとばかりにタクシーに乗り込んだ。僕は前、中国人二人は後部座席だ(会社の同僚なのだろうか。一人は40台半ばの女性。もう一人は30台前半の女性。僕の女性に対する目は極めて鋭いことで有名だ)。

バス兼タクシーの運転手は仕事にありつけたことが嬉しいらしく、走り出すとすかさずいろんなことをしゃべり出した。お前らこのどこから来たんだ、とか。この国は初めてか、とか。そして最近の国政事情やらにも一言。アラブの春か何だかで、ガソリン代が跳ねあがっちまって、とか。この国にいる時はキリスト教か無宗教って言うんだぞ、とか(なんだか最近タクシーで、仏教だと名乗ったアジアからの観光客がナイフで刺されたのだそうだ。いやはやとんだ国だよ、ここは)。

高速道路から見た風景は、どこの国も同じだった。視界の最果てには高層ビルが立ち並び、こちらにはなんだか模造品っぽいヤシの木が白線に付き従うように並んでいる。

そうして、空港から市内までに至る高速道路を進んでいる最中、いきなりタクシーの運ちゃんが、さてお前ら、お金はちゃんを持ってるんだろうな、とぼそっと言いだした。150ダラーだからな、わかっているだろうな、と、ぼそぼそっと。ん。んん!んんん!!150ダラーって?僕は訊き返す。150ダラーって言っただろ?お前らちゃんと金持ってんだろうな?僕は混乱した頭でもう一度聞き返す。150ダラーじゃないよ。150ポンドっていったじゃないか。ああ、この時の僕の頭にあったのは言うまでもなく、後悔の一文字である。ああ、こいつは僕達が初めてこの国に来たことをいいことにカモにしようとしているのだ。なんとまあ。クソ、エジプト人!

そしてこうも聞こえてた。If you don't pay,I'll kill you!

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