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「公共図書館」と「公立図書館」

「公共図書館」という用語について、少しだけ細かいことを書いておきます。 

日本の図書館界では、都道府県や市町村など、地方公共団体が設置する図書館に対して、「公共図書館」ではなく「公立図書館」という用語を使用するべきだと主張する人が多くいます。この主張が間違っていると言いたいわけではありません。それでも、「蟻のままに語る」では、あえて、「公共図書館」という用語を使おうと思います。

その理由は、主として以下の二つです。

一つ目は、「公共図書館」と呼ぶのか、それとも「公立図書館」と呼ぶのかはともかくとして、それらの図書館をめぐる問題を通じて、公共文化施設や公共サービス、さらには、公共という問題について考えてみたいと思っているからです。

 そして二つ目は、それらの図書館が「公立」であることよりも、むしろそれ以上に、「公共」であることの方が大切だと考えているからです。日本の公共図書館は、これまで本当に「公共」としての役割を果たしてきたのか、果たそうとしてきたのだろうか。「蟻のままに語る」では、例えば、こうした問題について、今一度考えてみようと思います。

 だから、以下にも述べるように、見方によっては不正確になってしまうのかもしれませんが、それでもあえて、それらの図書館に対して、できるだけ「公共図書館」という言葉を使いたいと思います。

ともあれ、日本の図書館界では、地方公共団体が設置する図書館に対しては「公共図書館」ではなく「公立図書館」という用語を使用すべきだと主張されることが多くあります。日本の場合、「公共図書館」の範疇に含まれる図書館は、「公立図書館」以外にも存在しているからというわけです。以下では、その理由について説明しておくことにします。というのも、この主張にも一理あるからです。

この主張の根拠は、日本の「図書館法」にあります。ただし、この法律には、「公共図書館」という語は一度も登場しないのです。それでも、現在の日本において、公共図書館とは、「図書館法」が規定する図書館だとみなすのが通例となっています。 

「図書館法」は、1950年に制定されたのですが、法案制定段階では、「公共図書館法」という名前だったこともありました[1]。つまり、「図書館法」は、図書館の中でも、いわゆる「公共」の利用に供される施設のみを対象としているのです。換言すれば、例えば学校図書館や大学図書館、あるいは国立図書館など、他の種類の図書館は、「図書館法」が規定する図書館ではありません。

「図書館法」には、地方公共団体の設置する図書館だけではなく、法人等が設置する一部の図書館も規定されています。そのため、この法律では、前者を「公立図書館」、後者を「私立図書館」と呼んで区別しています[2]。

とはいえ、ここでいう「私立図書館」が、「公共図書館」全体に占める割合は、僅か0.5%に過ぎません。2023年4月1日現在、図書館法が規定する「公共図書館」は、公立と私立を合わせて合計3,310館、その内、「私立図書館」は18館と記録されています[3]。 

また、これら2種類の図書館は、どちらも「図書館法」が規定する図書館ですが、適用される条項までもが全て同じというわけではありません。例えば、「公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」[4]と定められているのですが、その一方で、「私立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対する対価を徴収することができる」[5]と定められています。 

それでも、公共図書館とは、「図書館法」が規定する図書館だとみなす通例に従えば、そこには、一部の「私立図書館」までもが含まれるということになってしまいます。そのため、日本の図書館界では、都道府県や市町村など、地方公共団体が設置する図書館に対しては、「公共図書館」ではなく「公立図書館」という用語を使用するべきだと主張されることが多くなっているのです。 

最後に、やや余談にはなるのですが、一部の「私立図書館」が「図書館法」に規定されていることにまつわる1990年の逸話を1つ紹介します。

1990年7月、それまで鳥取県に運営されていた米子図書館が米子市に移管され、同年9月より米子市立図書館としてあらたに開館することとなりました。ただし、その運営の一部は、財団法人米子市教育文化事業団に委託されました。なお、当時において、「図書館法」が規定する「私立図書館」とは、「日本赤十字社又は民法第三十四条の法人の設置する図書館」のことでした。そのため、同市の教育長は、同年3月の市議会で、教育文化事業団が、民法第三十四条の法人であることを、委託の法的根拠として挙げたということです[6][7]。

 理解に苦しむ解釈ですが、ともあれ当時は、法律を拡大解釈してでも、図書館の外部委託が次々と進められつつある時代でもありました。

 地方公共団体が設置する図書館は、それが単に「公立」であればよいということではないと思うのです。その本質的な使命は、それが真に「公共」の施設であるという点に他なりません。だからこそ、「蟻のままに語る」では、地方公共図書館が設置する図書館を「公共図書館」と呼びたいと思うのです。

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[1] 「図書館をわれわれの手で(社説)」『毎日新聞』1950.3.11., p.1.

[2] 「図書館法」第二条

[3] 日本図書館協会図書館調査事業委員会日本の図書館調査委員会編『日本の図書館:統計と名簿2023』日本図書館協会, 2024, 521p., p.24.

[4] 「図書館法」第十七条

[5] 「図書館法」第二十八条

[6] 大野秀「報告 米子市から」『みんなの図書館』No.196, 1993.09, p.16-19.

[7] この出来事は、上記大野氏の「報告」を参照する形で、以下の論考でも取り上げられています。
山口源治郎「公立図書館における管理委託問題の系譜と今日的特徴」『図書館雑誌』Vol.87, No.10, 1993.10, p.742-744.

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