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なぜ「蟻」なのか?

「蟻のままに語る」。この表現は、フランスで発行された、ある事典から着想を得たものです。「図書館:まさに勤勉な仕事」という題名で、対象はフランスの図書館員なのですが、あちこちに蟻が登場するのです。蟻という言葉も記されているのですが、それに加え、表紙はもちろん、そこかしこにそれは魅力的な蟻のイラストが描かれています。というのも、この辞書は、図書館員を〈蟻〉に準えているのです。 

図書館員と蟻との間に、いったいどんな関係があるというのでしょうか。その説明をする前に、まずは、この事典そのものについても少しだけ紹介させてください。というのも、これは単なる事典ではないからです。

この事典では、フランスの図書館や図書館員にまつわる様々な言葉や現象、あるいは出来事等が見出し語として取り上げられています。けれども、その内容から判断しても、この事典の目的が、単なる見出し語の解説でないのは明らかです。そうではなく、この事典は、図書館員が、自分たちの権利保護を主張する際の拠り所になるために作成されたものなのです。

 発行元は、フランスの労働組合SUD、より正確には、SUDの地方公共団体を管轄する部門です。SUDは「solidaires, unitaires, démocratiques」の頭字語です。順に、「連帯した、統一的な、民主的な」という意味の形容詞なのですが、日本では連帯統一⺠主労働組合と訳すのが通例となっているようです[1]。けれども、何だか標語のようにはなってしまいますが、ここは「民主的に一枚岩で連帯しよう!」とでも訳してみたいところです。2018年12月発行の第1版[2]は全16頁だったのですが、2022年10月には頁数を3倍以上に増やした増補改訂第2版[3]が発行されています。

ともあれ、この事典には、蟻が〈何匹〉も登場します。そもそも題名からして──正確には副題なのですが──蟻という単語を用いた慣用句から成っているのです。フランス語で「勤勉な仕事」のことを「蟻の仕事」と表現することがあるのですが、この小冊子の副題は、この慣用句を用いたものとなっています。図書館員は、「まさに蟻のような働き方」をしているというわけです。

「ANT」という見出し語も設けられています。ぴんと来た方もいらっしゃるのではないでしょうか。そう。英語の蟻と同じ綴りです。けれどもここでは、「agent non titulaire」の頭字語として用いられています。agentsは職員、titulaireは(正職員として)任用するという意味を持つ動詞titulariserから派生した形容詞、それをnonが否定しています。つまり、ANTは、正規任用ではない形で勤めている職員ということです。

フランスの図書館にも、正規任用ではない形で勤めている職員が少なからずいらっしゃいます。そして、その不安定な立場が問題視されています。だから、巻末の用語一覧にも、次のように書かれているのです。

ANT : 正規任用されていない職員、つまり、不安定な「蟻」

 とはいえ、フランスでANTと総称される図書館職員の待遇は、日本の非正規図書館員とは比較にならないほど保障されています。その不安定さを解消するための試みが何度も実施されています。言葉の定義にもよるでしょうが、法的基盤などを考慮すれば、「非正規」の立場にあるとも言い難いと感じています。

 フランスの現状を肯定しているわけでは決してありません。そうではなく、日本とフランスとでは、格差の許容範囲や権利に対する意識がまるで異なっているのです。日本の図書館に勤める非正規職員が置かれている現状は、この許容限度をはるかに超えているということです。

 多くの見出し語には、その解説のみならず、この事典を発行した労働組合による要求事項が掲げられています。見出し語「ANT」に添えられた要求事項の1つは、「総勢的正規任用化」となっています。フランスでは、ANTが正規任用の職員となる道も用意されているのですが、それをもっと総勢的に実施せよというわけです。

 日本の蟻たちよ、今こそ民主的に一枚岩で連帯しようではないか!

そんな風に言い合える日が来れば良いなあ、なんて思ったりしています。

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[1] 松村文人「フランスの労働組合と左翼政党」『生活経済政策』No.139, 2008.8, p.24-33.

[2] SUD Collectivités Territoriales, Bibliothèques : un vrai travail de fourmis : Petit dictionnaire militant pour les bibliothécaires. Première édition. 2018, 16p.

[3] SUD Collectivités Territoriales, Bibliothèques : un vrai travail de fourmis : Petit dictionnaire militant pour les bibliothécaires et la défense de la lecture publique. Deuxième édition. 2022, 51p.


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