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ショートショート #7 『立方体の思い出』③

母の味噌汁の豆腐は綺麗な賽の目だった。わたしには出来ない。出来ないどころか、どうすればこんな、と目を剥かれるほど歪にしか切れなかった。

夫は君らしいと言って笑うが、その白々さが日々に堪えた。

思い余って帰省。とまれ、電車で一時間の距離。

久しぶりに母の料理の手際の良さを拝見しようと台所に立つと、豆腐を切る段になって、妙ちきりんな道具を取り出した。
「なにそれ」
「お父さんお手製の、賽の目カッター」

なんでも単身赴任中に考案して愛用したらしい。父には変な拘りがあって、味噌汁の豆腐は断然賽の目でなければ受け付けなかった。
「遺品を整理してたら出てきたのよ。だから今夜はこれで」

椀を覗き込んでわたしは言う。
「たしかに完璧な立方体なんだけど。ありがたくないというか、温かみに欠けるというか」
「でも、お父さんを思い出すでしょ」
「ちっとも」
「男の人は、つくづく損ね」

母の視線を感じながら、わたしは椀の底のもわもわをいつまでも見つめていた。

(409字)

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