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死者からの便り #1

バーチャル・セメタリーというのがあるじゃないですか。ひところCMでよくやってましたね。

anytime
anywhere
てん〜ごく〜

わたくしも夫も墓地を買うことに積極的になれなくて。正直、死んだら「無」と思ってますから、死後にお金をかけることの意味が見出せなくて。それに、土の下に故人がいるというイメージより、サイバー空間を漂ってるほうが、わたくしたちの感性にもしっくりくる。墓地のための土地が不足しているとも聞くし、遠くに墓を構えなどしたら、墓参りがしにくくなって、それこそ anytime, anywhere とはいかなくなってしまう。その点、インターネット上に墓があれば、いつでも好きなときに墓参できるわけで、かえって故人を偲ぶ気持ちや祖先を敬う心も育つんじゃないかと。

そんなわけで、多満田家は、インターネット上に墓を購入したわけです。月額200円で、命日や故人の誕生日を知らせてくれたり、定期的にお経を読んでくれたり(うちは浄土真宗)、墓のある場所(いわゆる壁紙ですね)を故人情報をもとに最適化してくれたり。供物の替えや掃除も定期的に行ってくれる(マニュアルにすると数ヶ月で墓は荒れ放題)。このアプリのおかげで、墓参りしない・できない後ろめたさからたちまち解放されたといいますか。先祖に思いを馳せること、そして日々感謝することは、やはり心の安寧のためには欠かせないと痛感した次第。

個人情報は保護されても故人情報はダダ漏れか! でお馴染みのオレオレ詐欺ですよね。あれは TenGoQ という先駆的アプリにあった「冥界通信」というオプションが引き起こした「事故」でしたが、当時はたいへん話題になりました。故人情報をもとにAIが故人のアバターを創造するというなんともユニークな発想で、これがあらゆるモダリティを駆使して生者にコミュニケートしてくる。

はじめのうちはメールのやりとりみたいな感じで、お元気ですか、元気だよ、そちらはいかがです、じつに快適だよ……なんて他愛もない挨拶に終始したのが、次第に死者の返答にニュアンスが加わり出して、お元気ですか、元気っちゃ元気、お変わりないですか、変わりばえしないってのもある意味地獄だね……となってきて、大概返答がシニカルになっていったといいます。

そしてついには、アバターがビジュアライズされるにいたりまして。それがまたタチが悪くって、鬼籍に入ってだいぶ経ってるのに、死装束の故人が画面に現れて、「俺だよ、俺。こちとら三途の川のまだ手前だよ。あんなお布施じゃ、とても渡しちゃくれない」などと不平をいったり、初七日にぺたりと地面に座りつき肩甲骨の浮き出た細い背中を見せながら、「奪衣婆に服をぜんぶ取られちゃった。寒くって寒くってかなわないよ」としくしく泣いてみたり、はては血まみれになりながら「地獄の沙汰も金次第というのはほんとうだね」と切々と訴えてきて、いずれの場合も最後は金を要求してくる。顔・背格好から声まで忠実に再現されていますからね、故人を冒涜するにもほどがある、と大半は憤慨して TenGoQ を退会するわけですが、なかにはあれは故人の霊だと疑わない人々も少なからずいて、指定された口座に大枚を振り込むということが頻発して、これが社会問題化した。故人に対するやましさにつけ込んだ、前代未聞の卑劣な詐欺だと、マスコミは連日TenGoQ の運営会社を吊し上げました。

警察に摘発された、で落着したかに見えたあの「事件」、結局は不起訴処分になったことまでは報じないのがマスコミの常。自分たちでさんざん盛り立てておいて、自分たちで幕引きを決めてしまうから、正義の最終的な行方まで知らされない国民はなんとも不幸です。それはそうと、不起訴になったわけですから、あれをオレオレ詐欺と呼称するのは不当だし、「事件」ではなく、「事故」というのが正しい。あれは純粋にAIの不測の振る舞いによるものだというのが、TenGoQ の運営サイドの一貫した主張で、故人によって指定された振込先が、故人の隠し口座だったり、愛人や隠し子のそれだったりしたことが判明して、それが決め手となり、被告側の主張は全面的に認められるにいたった。

そんなわけで、後発のアプリはこの点にはとても慎重で、わたくしが契約・登録した Jõdo にも、冥界通信ならぬ「死者からの便り」というオプションがございますが、こちらのモダリティは視覚の一点勝負、画面にロールシャッハ・テストのような絵が定期的に現れて、それを故人の意思なり気持ちとして利用者は解釈するにとどめられている。曖昧過ぎて、これでは事故の起こりようもない、というわけですが、なかなかそうでもないというのが、このたびわたくしがこうやって相談を持ちかけた次第なんでございます。

つづく

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