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死者からの便り #2

【前回までのあらすじ】バーチャル・セメタリーJõdoに故人情報を登録した多満田マチコは、早速有料オプション「死者からの便り」を試してみることに。

よせばいいのにわたくしも物好きなもので、早速オプションを購入しましてね。半年前に亡くなった義父の故人情報の登録はとうに済んでおりまして、あとは死者からの便りを待つばかりとなった。こちらから働きかけることのできないのがなんとももどかしいところで、それから待つことなんと三ヶ月、三ヶ月目にしてようやく着信のメールが届いて、PCを開くと漆黒の背景に明滅するドットが渦巻いていて、なにやら形をなそうとする最中だった。ロールシャッハ・テストのようとは聞いておりましたから、よほど複雑な模様が描かれるものと覚悟しておりましたのに、画面中央を仕切るようにドットが集まって、みるみる太さを増して棒のようなものになり、チクワかキリタンポか、拍子抜けするほど単純な形が出来上がりつつあり、するとだんだんに明滅が同期して波打つさまがまるで拍動を模するようでして、この瞬間にわたくし、まざまざと殿方のそそり立つ男性自身を思い浮かべたのでございました。

といいますのも、忘れもしない臨終の際、娘たちに顔を覗き込まれて、口々に、いかないで、いかないで、と連呼されるうち、病床の義父の股間がむくむくと天井に向けて張り出しましてね、皆よりやや後方にひかえたわたくしのみそれを目撃しておりまして、取り乱す姉たちからたまらず目を逸らした夫の視線もまたそれに触れ、思わず夫婦して同じ顔して見交わしまして。二の腕を夫に小突かれたわたくしは、すかさずシーツに両手を差し入れて屹立したものへ挑みかかったものでしたが、それを見た夫は目を剥いて、なにをしている! と声を押し殺してたしなめ、おりしも心電図の音が早まって、女たちの叫声の高鳴るなかわたくしもパニくりまして、手を離すどころかかえってしごきかかりまして、こういうとき夫はたやすく釣り出される人で、義父の下半身にいきなりダイブしましてね、おそらくは父の恥を身をもって隠蔽するつもりだったのでしょうが、義父のこと切れたのとそれとが同時に出来したため、女たちからは「悲しみのダイブ」と名付けられ、感情の抑制が昔からあなたは利かなかったなどと、のちのち夫がイビリの憂き目に遭うこととなったのはお察しの通りでございます。

とにもかくにもその光景をまざまざと思い出したわけでして、ただ、そのようにそれを見せつける故人の意図がやはりわたくしには図りかねるようでして。すると小学校から帰宅した娘の由香がこちらにPCを閉じる暇も与えず走り寄りまして、
「すごい! おじいちゃんからメッセージ届いたんだね」
あたふたしておりますと、
「これ、なんだろう。ママ、これ、どういうメッセージなの」
「ママにもわからない」
かろうじてそう答えますと、ふーん、といって由香はランドセルを背負ったままその場で海老反りになりまして、この子ときたら、考えごとするときはきまって海老反り、もとい、ブリッジするクセがございまして、先だっても担任の先生から、テストのたびに机の上でお子さんがブリッジするので困りますと苦情をいわれたばかりなのですが、額を床に擦り付けてなにやらぶつくさいっている由香がついに脚のバネと腹筋とだけでやおら立ち上がりまして、
「わかったわ!」
「なんなの、由香ちゃん」
「ソーセージよ!」
由香がいうには、ブリッジしたときに視線の先に仏壇があって、そのお供物を見てひらめいたのだという。
「ママ、あれじゃ、おじいちゃんも、かわいそうだよ」
そういって由香はあきれたように笑うのでしたが、いわく、毎日毎日白飯と魚の切り身と味噌汁ではさすがに飽きてしまうし、血圧にもよくないだろうと。お供物とは三膳と決まっていてコメと魚と味噌汁は日本人の決めごとなのよといおうとして、来る日も来る日も惣菜が魚ではうんざりするのも道理、そうわたくしも思い直しまして、ものは試しとばかりに早速冷蔵庫にあったソーセージを一本ボイルしてシャケの切り身の代わりにお供えしたところ、PCの画面に屹立したものがたちまち雲散霧消したのでありました。
「ほらね」
勝ち誇る由香。なるほど、子どもの視点とはなかなかあなどれないものだと感心することしきりで、今後の絵解きは由香を頼みにしようと思った次第ですが、これがそもそもの間違いだったのです。

それからきっかり一ヶ月後。再びメールが着信を知らせてPCを立ち上げると、黒い画面にれいの蛍の乱舞、それが渦を巻きながらだんだんに画面を縦に二分する仕切り状に凝集していきまして、そのかわりばえなさに早くも食傷するようだったのが、仕切りというよりは紡錘形、中央が膨らんで端にいくほどすぼまって、さながらラグビーボールかサーフボードといった形状に整っていきまして、極まったかと思われたその刹那、スッと上から下へ、中央に切れ込みが入ったものですから、完成したそれは、見まがうはずもなく、ご婦人方の女性自身でした。にしても、それをさらす義父の意図を図りかね、わたくしとしてはその場に座りついて赤面するほかなく、するうち、元気者の由香が帰宅して、こちらにPCを閉じる暇も与えず走り寄って、
「おじいちゃんからの二つめのメッセージが来たんだね! すごいね、ママ、これ、なんなの?」

つづく

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