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リバイブ ジャパン #1

 最初にそれが報道されたのは東京の池袋だった。

 某デパートの屋上から女子高生が飛び降りた。屋上には靴が揃えられ、その横に遺書も添えられていた。しかし結論からいえばその女子高生は死ななかった。自由落下する彼女の肉体は建物中階で急に減速すると、着地する間際はほとんど宙に浮くかのような軽やかさだった。観衆の見守るさなか、おそらくは恥ずかしさに耐えかねて両手で顔面を覆った彼女は、舞い降りるなりあらぬほうへ走り去ったという。そして同日、全国各地で出来した高所からの飛び降りがほかに八件、これは四月としては例年並みの数値だが、いずれも不可解な落下のありようを示して敢行者は皆一命を取り留めた。以来、飛び降り自殺の数は本邦において連日ゼロを記録することになる。そう、飛び降りに限っていえば、人は死ねなくなったのである。

「四月某日の奇跡」とのちに謳われるこれら九件の自殺未遂事件について、後日続報が入ることになる。生還者は口々に「天使を見た」というらしいのだった。例の女子高校生についていえば、数日して両親に付き添われて舞台となったデパートを訪れ、深々と頭を下げて今回の騒動を詫びたという。そうして、屋上に置いてきた靴と遺書とを引き取った。それを少女がメメント・モリにするかどうかは定かでないが、いずれそんなところだろう。四月某日以降に飛び降りを敢行して不首尾に終わった人々からも、天使を見たとする証言は伝わって、例外なく皆未遂に終わったことを心から喜んでいるという。命拾いをしてから、性格や生活態度がガラリと改まった者が大半だった。生まれ変わったようだと彼ら自身周囲に語るようだし、周囲は周囲で聖人のようだと彼らに熱視線を注ぐのらしい。

 日本でそのような不可思議現象が起きたとはたちまち地球の裏側まで伝わった。それなら自分らも天使を拝んでやろうとダイブを決行する輩が世界各地に続出し、そのほとんどが帰らぬ人となったのだから、なんにせよ、無鉄砲であることは戒めなければなるまい。なぜ日本でばかりそのような不可思議現象が起きるのか、各界の権威を巻き込んでの大論争となり、しまいにはこの現象の有無を担保に国境を画セヨと韓国のYouTuberが竹島に乗り込んで断崖からのダイブを試みたとかみなかったとか。続報の待たれるところだが、日本のマスコミも韓国のそれもダンマリを決め込んでいる。とまれ、本編は政治的意図は皆無ゆえ、竹島の話はあくまで余談。

 かくして日本は観光立国から巡礼立国へ舵を切ることになる。生まれ変わりを期して、日本各地の高所で世界の津々浦々から来た老若男女がダイブする。危険極まりないような話だが、幸い特筆すべき事故も起こらず、生還する者らは皆聖人のようになるのだから、元より事件の起きようもない。人々は多額の寄付金を日本政府に納め、晴々とした笑顔で故国へ帰っていった。

「Cool Japan」から「Revive Japan」へ。しかしこの新たなる標語を日本政府が引っ込めざるを得なくなるのも、そう遠くない未来のことだった。

つづく

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