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明るい家族計画

 対向車をやり過ごそうと自転車を避けた脇道の角にある交通標識のポールの陰に、その古い自販機は立っていた。
「ママ。明るい家族計画だって」
 同じく自転車の息子が藪から棒に言った。虚をつかれて背後を確認し、なんだろうねぇ、と妻はお茶を濁した。



 夫が浮気をしていると疑う妻。シラを切る夫。自然、家のなかは殺伐としていく。妻の沈黙は夫の弁明を待つからだし、夫の沈黙は逃げ切りを念ずるから。しかし黙れば黙るほどに、雄弁に語られてしまうなにかは如何ともし難い。

 その夜、卓上のそれを目の前にして、私たち夫婦はなにを思っただろう。冷戦勃発からはや二週間が立とうとしていた。置き手紙には、こうあった。

「早く仲直りしてください」

 重しとして置かれた銀色の箱の帯に、「明るい家族計画」の文字が踊っている。

 妻が先に吹き出して、やおら目尻に手をやった。



 私たち夫婦はふたりして無性に息子の寝顔が見たくなったものである。
 寝室に忍び込むと、息子の勉強机の上に、同じ銀の箱があって、これの封が切ってある。

 ベッドの脇に並んで膝をつき、向こうを向く子の耳の縁をなぞるように、かわるがわる髪を撫ぜる。

 肩まで布団を引き上げてやろうとして、妻が先に気がついた。そっと布団をめくると、子の胸元に掻き抱かれるようにして、あるのは大きな水海月。

「風船じゃないんだよなぁ……」

 子の祈りを揺籃しながら、眠りの底に、ひとつの明るい家族計画が、phosphorescence を放って静かに息づいている。

(629字)

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