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韓→日ウェブトゥーン制作PMとしての6年間

現役のPMが語るウェブトゥーン翻訳業界のお話シリーズその3

※注意:これはだいぶ昔の話ですので、最近のPMの採用条件や業務内容とはかなり相違点が多いです。キャリア的にはあまり参考になりませんので、ただの思い出話としてお読みいただければ幸いです。なお、秘密保持の関係上、詳しい数字などは公開できない点もご了承ください。



ことの始まり:書類選考に落ちました!

2016年、少ないバイト代で好きな漫画を買い漁り、ウェブトゥーンを片っ端から読みまくっていた就活生の私にある日一通のメッセージが。送り主は私が中学〜高校時代運営していた小規模の翻訳コミュニティで副管理者を務めていた子でした。

「あのさ、こういうの見つけたんだけど、興味ある?」

送られてきたメッセージに貼られていたリンク先は「レジンコミックス」という、当時韓国で話題沸騰中のウェブトゥーンプラットフォームの求人告知でした。採用条件は大体こんな感じ。

  • 日本語ネイティブかそれに準じる言語能力を持っている人

  • ウェブトゥーンが好きな人

  • 韓国のウェブトゥーンの日本展開に興味がある人

  • なんらかのサブカルチャーについて豊富な知識を持っている人

あれ? 私、これほぼ当てはまるのでは?と喜んだのも束の間。

  • 経歴者のみ

大学を卒業したばかりだったので、バイト以外まともな仕事をしたことがない私にはあまりにも高い壁でした。しかし、ここで諦めるには経歴以外の条件はほぼパスしているし勿体ない!と思ったので、一応ダメ元で履歴書とポートフォリオを提出しました。

求人で要求された書類はあまり詳しく覚えていませんが、私が提出したのは以下の通りでした。

  • 基本的な履歴書

  • 言語能力を証明できる各種資格認定証

  • 自己紹介文:漫画好きのオタクであることを重点的にアピール
     (自分が昔描いた東方Projectのファンアートも添付しました)

  • 自己アピール:私が日本ユーザー向けに直接書いたアメリカの某MMORPGのストーリー紹介記事(全5篇)

  • 課題:WT日本配信サービスに関する戦略・改善案

結果はというと…当然ながら未経験者ゆえ脱落。だよね〜って思いながらも少し悲しくなった私でしたが、なんと、数日後こんなメールが。

「条件(経歴)を満たさなかったので不採用となったが、送ってくれたポートフォリオが非常に興味深かった。もしよければ、実務テスト&面接を経てインターンからスタートしてみるのはどうだ?」

そう、まさに私の人生を大きく変えてくれた運命のメールだったのです。

実務テスト&面接:やったね!バッチリ好印象!!

送られてきた実務テストは、今のPMがしている仕事のうち、「翻訳のチェック」を重点とした内容でした。与えられた期限は3日。誤字脱字・番号付けミス・訳抜け・誤訳などが巧妙に配置されたそこそこ難易度の高いテストでした。あとで分かったことですが、実際に納品された翻訳をテストのために修正したものだったそうです。

提出から数日後、なんとか実務テストをパスし、面接に来いという連絡が来ました。面接用の部屋にはチーム長を含め3人がいました。自己紹介をした後、軽い世間話からの漫画、アニメ、ゲームの話…(先ほど紹介したように、条件の中に各種サブカルチャーに詳しい人であること、みたいなのがあったので、このへんはさすがだな、と思いました)。
それからはすぐ実務の話に移り、翻訳観を聞かれ「同じ作品に対してソース言語の読者とターゲット言語の読者の感想を一致させるのが理想的なメディア翻訳であると思う」みたいなことを言いました。そして今配信中のレジンの翻訳についてどう思うか(これに関しては当たり障りのないことを言ったような)、仕事について聞きたいことはないか(登場人物・背景のローカライズの仕方について聞きましたが「それは入社したら教える」とのこと)なども聞かれました。
面接が終わった後、すぐ帰宅させると思っていましたが、「仕事現場を直接見ていかないか?」と言われ、急に職場見学が始まりました。当時、デザイナーだった人に「もし合格したら出勤日まで心置きなく存分に遊んできてください」と言われたのは今でも忘れられません(ちなみに約6年後、その人とFRDSを設立しました)。

面接はいい雰囲気だったし、帰り際に仕事現場も見せてもらったから多分合格なのでは?とワクワクしながら合否を待っていると…2週間後、ついに合格したとの連絡が。そして、2016年3月!新米PMとして初出勤することになりました。

よし、頑張ろう!

当時先輩に教えられた、任されたお仕事一覧。

  • 制作進行 (担当作品の引き継ぎ)
    当時慢性的PM不足で苦しめられていたレジンは、一人のPMがいろんな業務を掛け持ちしている場合がほとんどで、私は運営担当者がPMとして制作していたWTを引き継ぎました。面接の時熱く語った「懲罰少女」の担当をすぐ任されたときはとても嬉しかったです。

  • ファイル管理
    編集のためのPSDや翻訳のためのJPGの管理を担当しました。単純作業ではありましたが、全作品の連載スケジュール&制作スケジュールを把握していないと期限内にファイルの供給ができないので、この仕事を通じてスケジュール管理の大切さ&コツを学べました。もちろん新入りが入ってきたときすぐこの仕事を譲りましたが…。でないと担当作を増やせなかったので。

  • 他社の動向調査
    日本ですでに漫画のネット配信サービスをしている他社のサービスを分析して報告するお仕事。私が入社したのはレジンが日本に進出して間もない頃で、色々参考にできるプラットフォームを分析する必要がありました。新入りなので担当作も少なく、ポートフォリオでの分析力アピールを高く評価されたのか、このような任務を任されました。

  • エゴサ
    レジンコミックスに関する日本ユーザーの反応はなんでもいいからかき集めるようにと言われました。新生プラットフォームあるあるですが、ネットでの反応が極めて薄く、ユーザーが何を求めているかがいまいちわかりにくかったので、エゴサを通じて反応を集め、参考にできるものは積極的に取り入れようとしていました。実はこれが癖になってしまい、この日から会社を辞めるまでエゴサは毎朝欠かさずしていました。

※補足:エゴサって本当に役に立つのか?
割と役に立ちます。新規会員登録をしようにも何故か自分が入力したパスワードが拒否されるという投稿を結構見かけ、原因を探ってみたら「パスワードのルールがわかりにくい」ということがわかりました。それで「もう少し目立ちやすく、説明も丁寧にしよう」と提案したところ、ちゃんと反映され、後に顧客管理チームから「パスワードに関するクレームがなくなった」と感謝されたことがありました。

正社員になりました

そして3ヶ月後、2016年6月、当初インターンは6ヶ月という話でしたが、私は3ヶ月にして正社員に昇格できました。おそらく権限を増やし、もっと沢山の仕事をさせる必要があったからではないでしょうか。実際のところインターンは本格的な業務用ツールなどにアクセスできる権限があまりなく、何かをさせようにも先輩にいちいち頼まなければならなかったのです。経営者との面接をパスしなければなりませんでしたが、さほど難しいことは聞かれず(内容はあまり覚えていません)普通にパスできました。先輩も「あくまで形式上の面接だから」と言ってくれたので楽な気持ちで受けられたのもありますが。

正社員になって任されたお仕事。

  • 精算
    翻訳フリーランスの当月作業量を確認し、明細書を作って財務部に送る仕事。新入りが入ったらこの仕事はすぐ譲りましたが、精算を任せられる新入りが入社したのは1年くらいあとだったので結構長い間この仕事は私がしていました。とても面倒で神経を使う作業でしたので、あまり好きではありませんでした(お金に関する仕事なのでミスは絶対に許されませんでした)。

  • 制作進行 (新作のセッティング)
    韓国のPD&作家と直接やり取りしながら一から私の手で制作できる新作を担当できるようになりました。スケジュールの編成も最初から私がしなければなりませんでしたし、設定集の検討やタイトルの決定も自分でしなければならなかったのでかなり辛かったですが、初めて連載がスタートしたときの感動は今でも忘れられません。残念ながら今はもう配信終了となってしまいましたが…。とにかくこの時期にKSの担当者になり、世界同時連載も入社して一年も経たないうちに経験するというPM人生で一番濃い時期を過ごしました。

  • SNS広告の企画
    フェイスブックに掲載するための広告用素材を作る仕事を任されました。作品を読んで、読者の目を引くようなコマを抜粋&加工して運営に渡すという内容。一番バズったのは「少年よ」というWTで(今は他のプラットフォームで一から作り直されて配信されている模様) 当時メンズが主流だったレジンコミックスに全年齢アクション漫画目当ての読者が増えるきっかけになりました。

  • 日→韓の仕事(*以降「日韓」で表記、今主に担当している韓→日ローカライズは「韓日」で表記させていただきます)
    当時は会社の規模が小さく、日本向けの運営と制作、そして流通が一つのチームで行われていたので(日本WTチーム)とにかく人手が足りませんでした。お陰で私は正社員になってから韓日の仕事だけでなく、日韓の仕事も担当することになりました(多分入社4ヶ月目あたりからだったような気が)。
    詳しい仕事内容としては、日本配信のために日本のページ漫画をウェブトゥーン形式に作るプロジェクトとそうやって作られたウェブトゥーンを韓国配信のために翻訳&編集するプロジェクトの2つがありました。
    韓日に加え、かなり重めの仕事を2つも掛け持ちしなければならなかったので、10時に出勤し23時に帰宅するというのがほぼ毎日続きました。残業代は出ませんでしたが、20代特有の体力と情熱を持て余した私は、なんの不満もなく楽しく働きました。実のところ一人暮らしで家も狭かった私は帰宅したところでやることが何もなく、会社にはおやつと漫画がいっぱいあったから、むしろ仕事を言い訳に会社に残って楽しく暇つぶしをしていたようなものでした。

※補足:これもあとで分かったことですが、これのせいで先輩はだいぶ怒っていたようです。韓日のPMとして採用し、一から教育してやっと使えるようになったというのに、日韓の人手が足りないからといって私を駆り出すのはあまりにもひどくないか、ということでした。

そして色々事情があって3ヶ月後、私が入社して約一年が経過した頃、チームの改編が行われます。

韓日WT制作に拍車がかかる

改編後のチームは以下のように分裂。

  • 韓日制作

  • 運営&流通(日→日&日韓)

チーム改編に伴い、これ以上私に日韓の仕事を任せるのはマズイということで日韓の担当者も正式に採用され、私はついに掛け持ち生活から解放されました。そして本格的な韓日PMとして働くことに…。

追加された業務といえば…

  • 翻訳フリーランスの採用補助(多分2年目から)
    1次書類審査(書類に不備はないかなどをチェック)、トライアル用の作品の選定(配信予定のある、もしくは配信中ではあるがまだ日本では未配信のエピソードのうちジャンル別に翻訳難易度が中以上のものを選定)、提出されたトライアルの1次審査などの仕事をしました。翻訳の1次審査と言っても、入社2年目のペーペーに本格的な任務を任せるわけもなく、ただ「期限を守れなかった人」や「誤字脱字がひどすぎる人」を不合格にするだけの簡単な仕事内容でした。そして「これはいけるかもしれない」という翻訳があったら私なりの意見を加えて先輩に提出するというのが一連の流れでした。

とにかく小規模だった頃とは違って私の業務の種類は減り、より多くの作品を担当するようになりました。少ないときは月1〜2つの新作が追加され、多いときは月4〜5つの新作を担当しました。約7年間働いて、ピーク時は月400話分の翻訳のチェックをしたこともあり(嘘ではありません…なんか仕事多すぎないか?とふと思い、数えてみたらビックリしました)、今思えば、どうやってあんな大量の翻訳をチェックできたのかわかりません。

※補足:入社3〜5年目

1. 新メンバーの採用のための面接には多分3年目から入れた気がします。そして「面接官も緊張するんだ…」って初めて気づいたのもあの時でした。

2.私がPMパート長になったのはおそらく入社4〜5年目あたりだったと思います。パート長として何をしたのかといえば…あまり覚えていません。やることはPMとほぼ一緒でしたが、チーム長になった先輩にいちいち許可をとらずに自己判断で仕事をできるようになった、としか言いようがありません。

3. 翻訳者の採用はPMパート長になってから私が全部担当することになった気がします。

4. 先輩が会社を辞めてから、チーム長にならないかという話はありましたが、あの時のチーム長はアジア圏(タイ・台湾・日本…)をすべて担当しなければならなかったので、日本語圏に集中したかった私はその提案を断りました。そして新しくチーム長になった方が会社を辞めてからは仕方なく臨時のチーム長として少しだけ仕事をしました。

ここからはもっとPMっぽいお話を

厳密に言うと今までの話のうち、日本語版の制作進行以外はPMのお仕事とはあまり関係ありません。私のどうでもいい雑務フルコースの紹介はここまでにしましょう。今からはPMの話だけに集中してみようと思います。

それで、日本語WTのPMとして私は何をしてきたか?という話ですが、新作の配信という最重要イベントを「計画」「手配」「制作」「送信」の4つの大きなフェーズに分けて語ってみようと思います。

  • 計画
    1. どの作品をいつ配信するかを決定します。(会社によってこれは運営の仕事だったりします)
    2. 作品と大まかな配信日が決まったら制作スケジュールを立てます。
    配信日から逆算してスケジュールを立てますので、配信日がなかなか決まらないと本気でイライラします。会社を辞める直前あたりから、配信日などは運営が決めるようになりましたが「頼むから配信日は配信する2ヶ月以上前に言ってくれ」と何度もお願いしたほどです。

  • 手配
    1. 作家の先生にご挨拶、PSDをくださいとお願いします。返信がない場合は韓国のPDさんと相談してなんとか送ってもらったりしました。作家によりますが、ここが一番大変な工程だったりしますので、常に危機感を持って行動しました。
    2. 翻訳者を手配。(翻訳会社には頼みませんでした)これもかなり大変です。当時レジンコミックスの在籍翻訳者の人数はとても少なかったので(多分15人未満でした)「ちょうど手の空いている翻訳者」という概念は存在しなかったのです。
    「計画」の話とも繋がりますが、配信日を早く決めないと翻訳スケジュールに余裕がなくなり、結果的に翻訳者の方に迷惑がかかるようになるし、翻訳のクオリティも落ちるので、迅速な配信日の決定はとても重要なことでした。

※補足
「どうして翻訳会社に依頼しないでフリーランスとだけ仕事をしたのか?」
はっきり言って、ことWTにおいてはクオリティが期待以下の翻訳会社しかなかったからです。百歩譲ってクオリティが低いのはいい(良くないけど)として、締切を守れない常識外の会社も多かったです。キャパも足りていないのに実績欲しさに「担当できます!」を連発して「やっぱり無理でしたテヘッ」って言われるともう翻訳会社なんて信用できません。(FRDSはこれらの会社を反面教師として、無理なら無理と言うようにしております)

  • 制作
    これは以前のエッセイにて説明しましたので、割愛します。
    あまり覚えていない、もしくはまだ読んでいない方はこちらから是非…!

  • 送信
    制作が終わった作品はサーバー内の所定のディレクトリに収められます。そして運営に配信のためのいろんな情報を渡し、バックエンドツールへのアップロードをお願いします。情報といえば、作品の固有URL(Aliasといいます)はPMが決めていました。(一部韓国のAliasを流用する場合も) 
    以下はPMが作成したり、決めて送る作品の情報(メタデータ)です。
    タイトル・作家名・連載開始日・値段・無料話数・連載周期・あらすじ・編集者コメント(作品のアピールのようななにか)・エピソード別のタイトル・Aliasなどなど…
    (ちなみにあらすじ作成が一番つらい作業です。韓国語版のあらすじを一部参考にしますが、一から書くというのが普通で、もはや翻訳ではなく創作でしたので…)

とまあ…このようなルーチンを会社を辞めるまで新作ごとに行っていたわけです。

※ 蛇足・小ネタ?
1. ロゴのデザインはチームのデザイナーさんのお仕事でした。もちろん邦題が決まらないと制作ができないので、設定集が確定してから連載する数日前までの間に作られました。いくつかのパターンを用意し、チーム全員の多数決で決めたりしました。

2. 休載の告知はテンプレのPSDがあって、PMが休載があるたびにテンプレの内容を修正して送信しました。

3. 韓国版にはない予告編というものが存在する作品がたまにありますが、それはPMがネームを作り、担当のデザイナーさんが仕上げた日本専用のオリジナルエピソードです。イメージとしては映画のトレーラームービーのような感じで、「美味しいシーンをいっぺんに見せて読者を増やそう」というのが目的でした。そしてバナー広告にも使えるように予告編は必ず全年齢向けに作りました。

お世話になりました

そうこうしているうちに、いつの間にか私は30代になり、20代の大半をレジンコミックスのPMとして過ごしたという事実に気づいてびっくり(いい意味で!)。しかしながらKIDARIとの合併後、チーム長としていつも私を導いてくれた先輩は会社を辞め、私も色々悩んだ末、約1年後大好きだったレジンを辞めて2021年11月11日、韓日WT翻訳会社FRDSを設立しました。

約6年間PMとして働いて、今でも「やっぱりこの仕事・職場を選んで正解だった」と思っています。いつも周りからは器用貧乏で劣等生扱いされてきた私でしたが、レジンは私の能力を高く評価してくれて、もっと力を発揮できるように育ててくれました。優しい仲間に囲まれ、一人のPMとして素晴らしい作品を担当できてとても幸せでした。

FRDS設立までの話に関しては「PMの経験談とあまり関係ないのでは?」と思って書かないつもりでしたが、こうやって振り返ってみると、やっぱりレジンでの地道な積み重ねがあったからこそ今のFRDSがあると気付かされました。いつか「なぜ会社を辞めたのか」「どうやって会社を立てたのか」「下積み生活が一体何の役に立ったのか」についても語ってみようと思います。PMとして働いていた時あった笑えないハプニングやトラブルについてもまたいつか(もちろんその前にWT業界不況の中、会社が潰れないためにもっと頑張らないといけませんが)。

今回の話は以上です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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