貴族の修論、学部4年の公爵
人間、20年少々も生きれば、さして欲しくなかった能力の一つや二つは出てくると思う。「探し物の発見力に長けすぎて、結局永遠に部屋が汚い」みたいな、そういうの。
僕にもある。異常なほどに校閲が得意。
これは高校3年間に及ぶ訓練で身についた。「山ほど文章を書く部」で、毎月毎月部員10人で苛烈な校閲バトルをした賜物だ。当時の同級生も同じ能力を備えていて、同じく嫌がっている(僕の見立てでは、僕も同級生もその校閲能力に一定のアイデンティティを感じているけれど)。
世に校閲の仕事が存在するくらいだから、当然これは役に立つスキルなのだけれど、一介の学生が持ち合わせるには邪魔すぎる。LINEの誤字や脱字や衍字、配られたレジュメの誤植、相手が発する覚え間違えた言葉、全部が気になって直したくなるから。
高校卒業後、初めてこれが役立った場面は、卒業論文に関わっての諸々だ。卒論締切の前日、添削で力尽きた指導教員が同期の卒論を僕に流して「最終確認は任せた」と言ってきた時には、最高精度の校閲を存分に発揮した。その代わり、LINEの向こうの同期を半泣きにさせた気配がした。
文章を美しくするには欠かせないもの、それが校閲。でも下手をすれば相手を傷つけてしまう、それも校閲。
邪魔だな。気にしたくて気にしているわけじゃないのにな。この能力、もうちょっとくらい衰えてくれねぇかな。
ごめん同級生、君も同じような話題をnoteに書いてたね。君をきっかけに、今から書くエピソードを記事化する目を持てました。
◆
新しい相談を受け取りました。
----------
学籍番号:@@@@@@
名前:NAME
相談内容:ーーーーーー
相談方法:LINE
----------
このメッセージはNAMEから手動送信されました。
僕と先輩のLINEのうち、3分の1くらいはこのテンプレートで送り合う相談から始まる。元ネタは、僕らが一緒に働いている、大学の学修支援室の相談フォーム。僕の悪ふざけが先輩にぶっ刺さったようで、バカウケしてお決まりの書き出しになった。
先輩は修士2年生、僕は学部4年生。陽気でさっぱりしていて、いつでも的確なアドバイスをくれるこの先輩のことがとても好きなのだけれど、よくまあこんな後輩に付き合ってくれてるな、と時々思う。だって僕は、先輩が言う授業の愚痴も修論のぼやきも、本当の意味で理解することができないのだ。学問的には同じ分野だけれど専門が違うから、出てくる用語も「あー、ギリ守備範囲外ですね」という感じ。僕なんかよりもその話に共感してくれる人、いっぱいいるでしょう?
そんな中、この1ヶ月ほどで先輩からの「新しい相談を受け取りました」が爆発的に増えた。修論とその抄録の締切が迫ってきたからだ。
「この概念って説明いるかな?」
「この用語がいきなり出てきたら戸惑う?」
「論理の流れがおかしい気がする……。読んでみて」
そんな相談が数日続いて、修論の提出日を少し過ぎたある深夜、またいつものテンプレートが届いた。
「抄録の誤字脱字、探してほしくて」
先輩自身と指導教員のチェックは通過しているけれど、不安だから第三者の目が欲しいとのこと。この校閲が終われば、完成稿として朝一番に提出するとも言われた。
OK、やりましょう。どこまでお役に立てるかは、分からないですけどね。
そう応じて原稿を読み始めて40分。読破した時には、30箇所以上のミスを見つけていた。「自分でも読んで、指導教員にも見てもらったって、マジで?」と、僕の中のリトル真琴が目をひんむく。あんなにお世話になった先輩に対して、しかも集大成の学位論文にこの数の指摘って、恩を仇で返しすぎじゃね? どうかLINEの向こうで半泣きになられませんように……。
そう念じながら、13枚に渡って赤入れしたスクリーンショットを送る。次にLINEの通知が鳴ったのは、2分も経たない頃だったと思う。
「めっちゃあるじゃん! 危なかった! ありがとう!!!!!!」
先輩からの文面は、予想の斜め上をいくハイテンションだった。あの膨大な量の生意気なスクリーンショットが、ものすごく喜ばれた。
「先生の精度よりすごいよ」
「マジで頼んでよかった」
「危うくミスだらけの修論が永久に保管されるところだったわ」
矢継ぎ早に届くLINE。極めつきはこの一文。
「私が貴族だったら、公爵くらいの位を与えたい」
校閲という前代未聞であろう功績をもって、僕はイギリスあたりの貴族になった。
あの「山ほど文章を書く部」以外で校閲を褒められたことが、僕には何より嬉しかった。この能力は生活上では邪魔かもしれないけれど、無駄な能力ではないということだ。先輩が「公爵」にしてくれたことで、自分を認められる要素がひとつ増えた。
いただいたサポートは、大学院での学費として大切に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。