見出し画像

パワハラ、セクハラ被害者は親近感を抱かれている

私は国会質疑やテレビでの討論番組での共産党の小池あきらさんの理路整然とした話し方にはいつも感心していて、『小池あきらの弁論術』という企画を妄想するくらいなのですが、先日、このようなニュースが出てショックでした(今、『山添拓の弁論術』を妄想中)。

自民党のM氏よりはよっぽどマシだと思うものの、こうしたことは相対的に評価すべきものではありません。ダメなものはダメ。

そして、こうしたニュースを見たときに考えなければならないのが自分の加害性です。
私も若い社員に横柄な態度をとっているのではないか、と。
私は入社以来ずっと平社員で何の権限もなく、無駄に年ばっかりくってるどうしようもない末端社員です。しかし、年齢や社歴を笠に着て、無意識的にでも高圧的に接する場面があったかもしれません。

以前、とある事情でイライラして家を飛び出し、油そばの看板がデカデカと掲げてあった近所の食堂に入ったときのことです。
メニューを見たら油そばが記載されていません。油そばを食べる気満々だった私は、注文を聞きに来た女性店員に「看板見て入ったのに、油そばがねーのかよ」と、つい小言を言ってしまったのです(イライラした態度。店員にエラソーな態度はクズの典型です)。バイトの女性店員に責任がないにもかかわらず……。もし、店員が女性ではなく男性だったら、しかも強面の男性だったら、私は同じことを言ったか――?

さて、こんな加害者側の悩みよりも、もっと深刻なのが被害者です。
「被害にあったら声を上げよう」とは言いますが、状況によってそう簡単にできるものではありません。
では、どうすればパワハラ・セクハラから逃れることができるか。
そのヒントとなりそうな箇所を、根本裕幸『なぜ、あなたは他人の目が気になるのか?」の中から一部抜粋、本記事用に改編して以下に掲載します。


いい人ほどパワハラ、セクハラの被害者に

 昨今、パワハラやセクハラは今さらニュースにならないほど頻繁に起きており、この本をお読みの方も実際そういう目に遭った方も少なくないと思います。
 パワハラ、セクハラ、モラハラの問題は、加害者側にその自覚がないことがほとんどで、「これくらいなら許されるだろう」「これも部下の教育の一環」「オレはもっとひどい目に遭ってきた」「これはコミュニケーションの1つ」などという一方的な思い込みによってなされているものです。

 ところが、こうしたハラスメントは、もちろん受ける側の心に深い傷を残しますが、ついつい「いい人」でいてしまうことで被害を大きくしている面も否定できないのです。
 たとえば、あなたは上司から理不尽な攻撃を受けたとき、それに対して毅然と「その言い方はいかがなものでしょうか?」と切り返すことはできますか?
 また、あなたが女性だとしたら、飲み会の席で上司に軽く肩を触れられて「それ、セクハラです!」とはっきり言うことはできるでしょうか?

加害者をつくっているのは誰だ?

 もし、パワハラやセクハラを告発したら、「さらなる嫌がらせを受けるから」「そんな勇気はない、我慢したほうがいい」「口では勝てない」「そんなことしたらクビになってしまう」などの理由ではっきりとNOと言えないのであれば、悲しいことに自分自身がパワハラやセクハラを助長させてしまいます。
 学校でのいじめの問題にも通じるのですが、「いい人」をしてしまったり、「嫌なことも場の空気を読んで我慢」したり、「相手が逆上するから」と何もしなかったりすると、相手は「それをしてもOK」という学びを得ます。
 上司が部下の女性に「これくらいなら部下とのコミュニケーションの一環だ」と思い込んでセクハラをしたとして、それを彼女がすごく不愉快な思いをしたのに黙って飲み込んでしまったのならば、その上司は「うん、それでよし」となってしまうのはわかりますよね?
 つまり、自分を受け入れてくれた、自分のやり方を受け入れてくれたとして、親近感を持ってしまうんです(もちろん、加害者は相手がどんなに許容と思える態度を取っても、セクハラは絶対にしてはなりません)。
 それはまずいですよね。自分の思いとは全然違う方向に話が進んでしまうんです。

どうしても「NO」が言えないときは

 もちろん、NOと言えばいいとわかっているのにできないときはあります。
 そして、NOと言えない自分が悪いんだ、なんて思い込んでしまう人もいるかもしれません。
 いい人をしたり、我慢したりすることは私もおすすめしません。でも、直接言うことだけが正しいとも思っていません。

 そこで、私は自分で言えないのならば、言える人に助けを求めよう! という提案をいつもしています。
 たとえば、次のような職場の先輩からのセクハラに困っている女性のこんな事例がありました。
 一応、NOと伝えているのですが、全然心に響かないようで、彼女のプライバシーへどんどん踏み込んでこようとします。先輩は職場では信頼の厚い人だったため、上司にそれとなく相談しても、「君の思い過ごしじゃないか?」と取り合ってもらえません。
 ただし、彼女のほうも事を大きくしたくない事情がありました。彼女にとってその仕事は好きなデザインに関われるもので、かつようやくつかんだ正社員でもあったからです。
 そこで、彼女にこんな提案をしてみました。
「職場でもプライベートでもいいんだけど、厳しい系、スパルタ系の友達っていないかな?」
 すると彼女は職場ではなく、学生時代からの友人に思い当たる人がいるとのこと。「じゃあ、ちょっとその友人に手伝ってもらいませんか」
 彼女は実践してくれ、あっという間にその先輩は彼女に対する態度を改めることになったのです。
 それは何かというと、そのスパルタな友達に前述の事情を説明し、セクハラな先輩とのLINEのやり取りを側で「監修」してもらったんです。
 さすがはスパルタな友人です。友達のためだからなのか普段以上の切れ味で、先輩にあれやこれやときつい言葉を提案してくれたそうです。先輩はとても口が立つのでいつもなんだかんだ丸め込まれていたのですが、このときはそうはならずに彼に謝罪させるところまで指導してくれたのです。
 たまたま友人に適役な人がいたのは幸いですが、いなかったとしても、できるだけ相談できる人には相談して「オープンにする」ということが大切です。

「NO」と言える環境づくりを

 私はプライベートでも仕事の問題でも、1人で解決することをあまりおすすめしていません。
 必ずチームづくりを提案しています。
 自分ではちっぽけだと思う問題に対しても、いろいろな方の意見を取り入れることは決して恥ではないばかりか、自分にはない視点を与えてもらえる最良のものです。
「NO」と言える環境づくり、そのために、職場の内外でぜひ「味方」をたくさん募り、こうした事例にも対処できる体制を自ら構築してみてほしいと思います。
 私のもとにも多くの相談事例が寄せられるのですが、私もそのチームの一員に入れていただき、いろいろなアドバイスをさせてもらっています。時には職場のお局様に援助を求めることを提案しましたし、またあるときは別の部署の上司に相談して解決してもらったこともあります。
「案外人って捨てたもんじゃないですよね」なんて話をそのときはしました。
 誰かに相談することで突破口が開けることはよくあることです。
 そこは勇気を出してチャレンジする価値があると思うのですが、いかがでしょうか?

 もし、人に言うのが苦手だったらネット上の掲示板などに書き込んでみてもいいと思います。
 おおごとになってしまう……と不安になる方もいますが、「もうすでにあなたがそこまで追いつめられている時点でおおごとなんですよ」と私はお話ししています。
 声を上げることで、必ずまわりがあなたのために動いてくれます。自分でできないことは人に頼む! ここまで何度も出てきた「相互依存」ですね。自分にできないことはそれができそうな人に頼むことで、お互いがハッピーになれるのです。
 そもそもハラスメントの被害はあなた1人に留まることはないものです。
 今後も被害者を増やさないために、また、その加害者がこれ以上罪を重ねないように、アウトソーシングを意識してみてください。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(編集部 いしぐろ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?