見出し画像

気持ちを表現するのは難しい? 感情を切り取りたい時に役立つ本

編集部の稲川です。
オリンピックも閉会し、日本はまたコロナという現実に引き戻されます。
私たちはオリンピックという束の間の感動や喜びに浸りながらも、今日という日を生きていきます。
日々、感情は揺れ動き、不確実性が増す未来へ向けて挑戦は続いていき、明日に目を向けていきます。

だからこそ今思うと、私はオリンピックの開催はよかったのではないかと感じています。当然、これから迫りくるものの大きさに不安にならないわけではありませんが、過去には戻れません。

どんな形になるにせよ、日本のストーリーは日本人がつくっていかなければならないのだと思います。

◆どこにでも行ける未来を見据えて……。田中希実選手が紡ぐ言葉

と、感慨深いことを言っておりますが、オリンピックでのアスリートの言葉には、やはり深いものがありました。
彼らがオリンピックを目指してからの、またメダルを獲ることを目標にしてからの、さらにこの5年間のストーリーに、開催賛成派も反対派も思う心に変わりなかったのではないかと思います。

そんなアスリートたちの中で、話題となった“走る詩人”こと、田中希実(のぞみ)選手がいます。
田中選手は、オリンピック女子1500メートルで日本人初の決勝に進出し、8位入賞というすごいことをやってのけた選手です。

田中希実選手の決勝レース、インタビュー等はこちら(東京2020公式HPより)
https://www.gorin.jp/athlete/1319313/

彼女は8位入賞後のインタビューで、「日本人初の1500メートル決勝ということで、新しいことができた。そのご褒美です」と言いながらも、「1500メートルは、針の穴に糸を通すような感覚で突き抜けることができた(その前の5000メートルにも出場するも予選敗退を受けての回答かと)。これからは(この成績)おもりなるかもしれないが、入賞以上、優勝争いができるようにしたい」と答えています。

また、彼女が“走る詩人”と言われるインタビューが、予選で日本記録を更新したあと、さらに自身の新記録を打ち立てた準決勝後にありました。
この準決勝は、日本人として1500メートル4分を切った決勝進出を決めたレースです。

中学3年の時の全国大会で、驚異の後方から追い上げで優勝したレース。彼女は今でも人生のベストレースに挙げています。
そして、「あの時は最初から最後まで気迫をまとい、やる気の塊のようだった」と振り返りました。
今回のレースで久々にその精神状態になったとし「今後いつ、めぐり合えるか。気持ちや状況は一期一会なので」と語っています。

一期一会……。

こんな言葉は、ずっと陸上を続けてこなければ出てこない言葉だと思います。

彼女のこの言葉は、どんな思いから出てくるのだろう。
気になった私は、彼女が中学時代に書いたある詩に行き着きました。

彼女は「楕円」という詩を書いていました(「楕円」は陸上トラックのことを指しています)。その一節にこんな言葉があるそうです。

私は走る 楕円を走る
 
どこにも行けないのに
 
どこにでも行ける気がして

「どこにでも行ける気がして」
そんな思いで走り続けた日々。そのご褒美が、中学時代に見た風景をオリンピックという舞台で再び目にすることだったのだと思います。
そう考えると、今の田中希実選手の言葉の数々に、数え切れないほどのストーリーが詰まっています。

彼女の言葉は、未来への大きな希望を与えてくれた言葉でした。

◆感情をどう表現するかは、その人の生きてきた証かもしれない

感情を表現する機会は、実際に多くの人が増えているのではないでしょうか。
ソーシャルメディアなどで、気持ちをつづることがあるでしょうし、仕事のうえでは、あまりにも直球すぎる表現はコミュニケーションギャップを生みかねません。
また、ブログやとくにメルマガなどは、意識的に感情を揺さぶる表現が使われており、巷にはそうしたキャッチコピーの本もたくさんあります。
また、最近では(最近でもないですが)ホームページやランディングページなどで、自身のパーソナルな部分を語ったり、会社であればストーリー(コーポレートストーリー)を語ることでブランディング化するのが常識となっています。
もちろん、そうした類の書籍も売れています。

そこで、私も時折、感情表現の参考にしている書籍があります。

『感情表現辞典』(中村昭編著、東京堂書籍)

画像1

この本は1993年に刊行され、超ロングセラーになっていますが、私が編集者になって間もない頃、人からすすめられて以来、使っている本です。

国語学の著者、中村先生は冒頭「この本の使い方」でこうつづっています。

表現に悩んだとき、人はいったいどういう手立てを講じるのだろうか。(中略)ある感情があって、それをあらわすことばをさがすとき、これは既成の辞典類ではほとんど役に立たない。しかたがないから、そのときは自分のその気もちを内省し、喜びと恥ずかしさ、淋しさと悲しさ、怒りと怖さ……といった要素のうちどれが切実かを検討して、その結果、ごく概略ななみのことば表現するていどで諦めているのが現状だろう。

そう、感情を表現するのに、何かかゆいところに手が届かないもどかしさを解消してくれるのが、この本です。
『感情表現辞典』は、さまざまな感情を表す言葉が「語句編」として最初に掲載されていて(漢和辞典の部首が最初に載っている感じです)、その言葉をたよりにページを引くと、「表現編」として凡例と、文豪たちが書いた感情表現が載っているという、まさにThe感情表現という感じです。

たとえば、「喜び」を表現したいとき、語句編には「喜」というところから、たくさんの表現(ことば)が羅列されて登場します。
「喜」だけでも、その数139個。圧巻です。

「わくわく」を引いてみると117ページにこう記載されています。

心が軽くなったみたいにわくわくする
◎ぼくなんだが、心が軽くなったみたいだ。わくわくするなあ、さあ早くいこうよ(新見南吉『病む子の祭』より)

わくわくは、本来「心が軽くなった時の表現」だとわかります。
手元に1冊あるだけで、とても役に立つのではないでしょうか。

もう1冊、感情をどう表現していいか迷った時におすすめなのが、こちら。

『感情類語辞典』(アンジェラ・アッカーマン/ベッカ・ハグリッシ著、フィルムアート社)

画像2

こちらはベストセラーの翻訳本で、最初に出版されたのが2015年で、その後、ページも倍近くになって増補改訂版が2020年に出されました。

こちらは直接的な表現の凡例というより、感情の非言語的な部分を表した事典で、「感情が紋切型にならない表現を生み出す手助け本」と言えます。

書かれている項目は「外的なシグナル」「内的な感覚」「精神的な反応」「一時的に強く、または長期的に表れる反応」「隠れた感情を表すサイン」「この感情を想起させる動詞」の6つから解説されています(これだけでは何を言っているかわかりませんね。ここが翻訳の難しさでしょうか)。

わかりづらいと思いますので、例を挙げてみます。
たとえば、先ほどと同じ「喜び」の項目なら、こんな感じです。

喜び
外的なシグナル
  ・満面に微笑みが浮かぶ
  ・表情が全体的に明るくなる
内的な感覚
  ・胸の中に温かいものが広がる
  ・笑みが止まらない
精神的な反応
  ・充足感が広がり、ストレスや心配が消える
  ・喜びがいつまでも続いてほしい
一時的に強く、または長期的に表れる反応
  ・自負や自信を高める(何かが成功して喜んだ場合)
  ・生産性が高まる
隠れた感情を表すサイン
  ・口の端が引きつる
  ・口を固く結ぶ、唇を噛みしめる
この感情を想起させる動詞
  ・目を輝かせる
  ・クスクス笑う

ほかにも例が載っていますが、冒頭の2つずつを載せてみました。
こうした感情感覚から、自分自身の表現を生み出すヒントになります。
紋切型の表現にならないためには、こうした本も役に立つと思います。

以上、2冊を紹介させていただきましたが、このほかにも感情表現のヒントになる本がありますので、自分に合ったものを手元に置いておくと、中村明先生ではないですが、「ごく概略ななみのことば表現するていどで諦める」こともなくなるではないでしょうか。

最後に、「感情をどう表現するかは、その人の生きてきた証」などと大それたことを言いましたが、私はその感情表現を選び取る作業は、その人の過去の集積からしか表すことができないと思います。

たとえ同じ場所で同じ経験を共有したとしても、その感情はまったくもって違うからです。

私の今の感情?
やっと記事を書き終えて、ほっと安堵の胸を撫で下ろしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?