【小説】バベルの塔 十八話

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 ここは、『バベル』北東に抜けた先にあるダンジョン、『無名の遺跡』。
 この奥にある、『火』属性の魔石アイテムが、『煙草』の錬成に必要という事で、俺はトゥレーネを伴い先へと進んでいた。

 レベル的には、現在開放されている中では、難易度はそこまでではない。
 決して楽では無いものの、この三日間、結構な時間を『バベルの塔』内部で過ごしていた俺達にとっては、無理さえしなければそこまで危なくもないダンジョンだ。

 古びた石柱が立ち並ぶ通路を越えて、崩れた壁を迂回し、遺跡の中に入ると待ち受けている罠を解除しながら、少しずつ奥へと進む。
 ここまで何の問題もなく進めていたが、そろそろ最奥部が近いため、モンスターも強くなってくるはずだ。

 そろそろ罠も多くなってくるし警戒を、と俺が言いかけたその時、

 ――――カチリ

「あ………」

 物珍しげに壁に手をおいたトゥレーネが、乾いた音の後、少し間の抜けたような声を出す。
 続いて、石と石がこすれるような、鈍い音。

「…………ごめんなさい」

 トゥレーネの声がか細く響く。
 少しだけ、声をかけるタイミングが遅かったようだ。
 
 今俺達がいる遺跡内の通路。
 不思議な光沢を放つ石でできた壁には、幾何学的な文様が刻まれている。

(難しかったって言ってたなぁ、これを表現するの)

 少しだけ、現実逃避をしてみる俺。

 そうしているうちに、鈍い音が終わり、一部分が凹んだように動いた壁の中から、石兵型のモンスターが現れる。

 壁のある位置に触れると、現れるような仕様になっていたらしい。幾何学模様のせいで、罠の場所を見逃してしまった俺のミスだ。


 …………一応、あまり壁とかに触れないでって言ったんだが、しかし、ある意味褒めよう。

 その、目の前のモンスターを見て、そう思う。

 俺たちの前に立ちふさがったのは、
『古代機兵(レムナント・ゴーレム)』。

 こいつは、男のロマンに固執した俺の会心作だ。目の前で威嚇してきていなけれ
ば細部にわたり自慢するところだが。…………やっぱりこういう風に見ると違うな、等と考える。

 巨大だ。
 
 頭が通路の天井に届こうかという巨体。
 なめらかなフォルムにして無骨な石の光沢。
 そして、画面で見るのであればわからないであろう威圧感をひしひしと肌で感じる。
 
 やばい、これはやはり格好良い。
 何で俺、無機物系は捕獲できない仕様なんかにしたんだろう……痛恨のミスだ。

 あぁ、このゴーレムに乗ってフィールドを歩いてみたかった………。

 このゲームでは、特定のモンスター(特殊な技能を持ったものが多い成長型モンスター:全部で20種類程)と戦闘し、瀕死状態にした場合、超低確率で捕獲(テイム)することが出来ることがある。

 最も、その確率は非常に低く、相性もあり、かつ、種族特性だけではなく、ランダムな個々の性格も存在している。つまり、出来るのは幸運の女神に微笑まれたものだけだ。

 最も、そんな中々手に入らないモンスターにはそれぞれ特徴があり、治癒効果を持つものであったり、支援効果であったり、戦闘参加であったりと様々だ。一度何らかのモンスターを捕獲(テイム)すると、二度とそのプレイヤーは他のモンスターを捕獲することはできない。

 そのモンスターが『死亡』した場合の措置としては、『死亡』後、そのモンスターはカードとして持ち主にドロップし、これまたフィールドやクエストで得られることのある、『黄泉の実』というレアなアイテムでのみ復活させることが出来る。

 そんな事を思う間に、ゆっくりとその足音を響かせて『古代機兵(レムナント・ゴーレム)』が近づいてくる。

 今俺がソロでいるならば、時間をかけてヒットアンドアウェイで削っていくか、さっさと逃げ出すところだが、今は背後にトゥレーネがいる。
 
 仲間がいる。
 しかも美人だ。

 おそらく性質にもう一つ空きがあれば、『見栄』が入っていたかもしれない。
 遺跡に入る前にトゥレーネにかけてもらっっていた支援(パフ)効果と秘密スキル(注意 そんなものは存在しません 運営チームより)『男の見栄』を受けた俺が、いつも以上の速度で、相手に小さく攻撃しながら注意をひきつける。

 太い腕が通り過ぎる。紙一重で避けるなんて芸当はできないから、速度差を生かして、避ける、避ける。

 速度はあまりないが、大きいということはそれだけで脅威だ。見えていても避けられない場合もあるから、その位置取りにはならないように、地形、トゥレーネの位置、自分の速度、相手の速度を頭に入れて、微調整していく。

 食らえば一撃でもかなりのHPを持って行かれるだろう攻撃だが、有機系と違って無機系はパターン自体は読みやすい。

 まだ戦闘に完全に慣れているわけでもないトゥレーネにも指示しつつ、タイミングを縫って攻撃を浴びせていった。

「そろそろ、行けそうです、言霊が場に溜まって、唄が見えてきました!」

「オッケー、そっちには行かせないから、思いっきり頼んだ」


 背後で、聞きなれてもなお、聴き惚れるような綺麗な声が滔々と響き始める。
 俺にとっては援護となる、目の前にいるこいつにとっては死へ向かう詩。


 『―――私の声が聞こえますか?』 


 『―――戦いに赴く人を助けたいの』 


 『―――私の声を聞いてくれますか?』


 『―――共に助け導く歌を歌いましょう』


 『―――風に乗せて届けて』


 『―――減衰の詠歌(ファウェルクテス・ハーム)』


 数節の詩の終わりと共に、影色の風が眼前の敵にまとわりつき、目に見えてゴーレムの動きが鈍くなる。
 
(作成時間72時間の愛しき我が子よ、最後に綺麗な声を聞かせたトゥレーネに感謝して眠れ)
 
 俺は心の中で目の前のゴーレムにささやき、先ほどまではその腕が邪魔で狙えなかった額の石を狙って飛ぶ。

 クリティカルは狙って出せることは確認済みだ。
 最適な場所に、最適な角度で。
 現実よりも性能の良い身体が動く。


 数秒後、その巨躯に見合う大きなライトエフェクトと共に、ドロップカードを残して影は消えた。
 

 「やりましたね、トールくん!」


 いいタイミングで相手の動きを止めてくれたトゥレーネが、声をかけながら駆け寄ってくる。

 「あぁ、いいタイミングだった、ありがとうな」

 俺も、そう言って笑う。

 正直、大人数でのパーティ行動やソロには慣れていたが、二人でダンジョンに潜るというのは経験が少ない。

 それも、目を引くような美人となんてなおさらだ。むしろ少ないと言うか、無い。

 ……よく考えると、近頃俺は恵まれ過ぎていないだろうか?
 あれ、これってフラグ立ったりしてないよな?
 まさか俺……死ぬのかな?


 そんな事を半ば本気で思うくらい、近頃調子のいい俺だ。色々愚痴ってはいるが、最初に比べて恵まれすぎていると感じていた。
 俺の内心などには気づかずに、トゥレーネが笑顔を向けてくる。

 (何で、俺なんかをそんなに信用するのかね)

 あの状況で助けたとはいえ、何でだろう。心から不思議に思う。

 気になってこっそり尋ねたところ、ローザやアイナなどには、冷たい微笑と困ったような微笑ではぐらかされた。どっちがどっちかは…………言わなくてもいいよな?


 そろそろ目的のものがあるはずの、最奥部手前の広場に着く。帰りは転移で街に戻れるため、もうひと踏ん張りで終わりだ。

 ふう、と一息ついて回復アイテムである『治癒薬』を復元する俺。
 味は栄養ドリンク的な味である。

 そんな事を考えていた時、俺の索敵に、また新たなモンスターが引っかかった。

 ――――こちらに向かってくるようだ、これは一戦は避けられないかな。

 そんなことを思いつつ、気配が近づいてくる方向に目を向ける。
 こちらの様子にトゥレーネも気がついたようだ。遺跡の壁、その曲がり角を見る。

 角から、黒い影が結構な速さで向かってくる。咄嗟にトゥレーネを背に、双剣を構えた時、相手の情報が見えた。

 それを見て、油断はしないものの俺は心のなかで歓喜の声を上げる。

(おお! ここに来て黒影虎! けっこうなレア物 …………いや、待てよ)

 喜びも束の間、危機感とともに思考が回り始める。

 『黒影虎』

 Lvが低いうちは警戒心も強くあまり遭遇しない、みかけは、現在見えているような少し大きな黒猫のような外見の状態であり、大した敵ではないが、こいつはLvが高くなると文字通り虎になる。
 しかもピンチになると影に潜る強敵である。こいつは、モデルが実在の動物であったりしたため、結構作成時間は短かったが、成長する要素を持つレアなモンスターだ。

 そう、あまり遭遇しない。警戒心の強い敵が隠れることもなく全力で走っている。こちらに向かっているのかとも思ったが違う。

 何かから、逃げているのだ。

 視認できるようになるとわかる。
 こちらが何かをするまでもなく、黒影虎はボロボロだった、そして、とうとう後方から飛んできた粘性の液体を避け損なう。

「来るぞっ!」

「ーーーーっ!」

 俺が叫び、トゥレーネが黒影虎に目を取られつつ、現れたそいつに息を飲む。

「蛇?」

 トゥレーネが、その全容をみて、呟く。

「いや、違う、こいつはーーー」

 それに対して、首を振り、訂正する。これは、この迫力は蛇などではなく、現実にいないのに有名にすぎるもの。

「レッサードラゴンだ」


 クエスト『はぐれ劣龍の討伐』を開始しますか。

 ▶︎はい
 ▷いいえ

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