【小説】バベルの塔 十一話

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 先ほどの戦闘の会った場所から、森の中を歩いて五分程、俺は、トゥレーネ、ローザ、リュウの四人でパーティーを組み、当初の目的地にやってきていた。

 道すがらに話していると、やはりトゥレーネはあまりMMO慣れ、どころかゲーム自体もあまりやった事がないと言う事だった。

 なんでも知り合いの勧めで入ったとかで、その知り合いに案内役は教えてもらうつもりだったのだが、こうして外部へと連絡が取れなくなった事で合流もできなかったらしく。

「結局、知り合いとの連絡も取れないですし、その紹介頂ける予定だった方の名前も名字しか分からなくてここだと意味が無いですし」

 そう言って、困ったような表情を浮かべるトゥレーネに、リュウも深く頷いている。

「なるほどなぁ、嬢ちゃんも苦労したんだな、俺もこういうゲーム?自体は初めてなんだが、体を動かすことは得意だったし、フェイルと偶々会ってからは何とかやっていけてるからな」

 この人も、何故ここに居るのか、凄く世界観に外見は合っているのだが、現実のことを考えると不思議ではある。

「そうですね、うちとしても、そういった方はなるべくフォローしていきたいのですが、そういった方ほど掲示板などは見ないですし、全てをフォローできているわけじゃ無いのですよね」

 ローザもそう言って、何かを考えているが。


 俺はというと、先導しながら少しだけ冷や汗をかいていた。

(……………このBabylonを勧められて、そして、当選した人を知っている人間?)

 少しだけ、少しだけ思い当たる節がなくも無かった。

 俺が尊敬してやまない先輩の同期で恋人?で、元、どこかの大学のミスという噂の広報の華。強面の先輩が頭が上がらない。並ぶと美女と野獣のようなのに、不思議と絵になる先輩に言われた言葉(頭が上がらない相手が頭が上がらないのだから、俺との関係性は推して知るべし)が。


 あれは、確かログインする少し前だったか。会社で帰り際に会ってーーーー。

「あれ?どうしたんですか? 先輩はもう帰りましたけど」

「うん、それは知ってる。今日は、幸運を使ったキミにもう一つ幸運を上げようかと思ってね。
 私の大事な場所の後輩が、同じように行くのだけど、全くゲームに慣れてなくてね、その子も入って落ち着いたら、連絡とって紹介するから教えてあげてほしいの。覚えててねーーーーすごく可愛い子よ」

「なるほど、初めてのゲームがこれっていうのも凄いですね、はまっても他に戻れなさそうだ」

「ちょっと危なっかしいところもある子だから、かなりのゲーマーでもあるし、能力もある。更にいうと良い人、かつ、ヘタレでもある君に任せたいのよね」

「…………全く反論はできないですけど、最後の言う必要ありました?」

「何言ってるのよ、大事な妹分を任せるのに、すぐ手を出すようなやつに任せられないでしょう、その点キミは最高の人材なのよ」

「ひどいことを言われている気がする!」

「じゃあ紹介はいらないのね?」

「お願いしますすみません先輩!」

「……………なんかがっついてて少し迷うわね、考えさせて頂戴」

「…………」

「冗談よ、彼もキミには期待してるし、もちろん私もね。向こうで、よろしくお願いするわ、頑張ってね」

 しょぼくれた俺に苦笑するように、そう言って別れたのが、そういえば最後だった。



(あれ、それって俺じゃね?)

 完全に忘れていた俺は、全く見えても聞こえてもいないはずの先輩相手に焦り始める。言い訳させてくれ、忘れてたわけじゃ無いんだ、少なくとも覚えてはいた、『アル』のせいで、飛んだだけで。

「それって、名字以外は何も聞いてないの?」

 そして、内心を押し隠してトゥレーネに聞くが?

「そうですね、このゲームに少し関係ある方でもあるらしいんですけど…………影山さんっていう以外は何も」

 はい、ビンゴです。
 というか状況証拠どころじゃなくて本名登場しましたね。いけませんよ、ゲームの中で本名出したら。

「…………そ、そうか。 でもまぁ良かった。今後は少しフォローしていけると思うから」

「はい! ありがとうございます、よろしくお願いしますね、トールさん、ローザさんも、リュウさんも」


 そうこうしているうちに、行き止まり、目的地に到着する。

 会話の結果、挙動不審になった俺に対して視線を向けられていて聞かれるかヒヤヒヤしていたが、ローザから聞かれたのは別の言葉だった。

「……ここは? ただの行き止まりのようですが、なにかあるのですか?」
 
 ローザが、戸惑ったように尋ねてくる。
 トゥレーネやリュウも、あたりを見渡しているが、不思議そうな表情を浮かべている。

「何も無いよ……ただ、これから起こることを、たまたま知ってさ、ほら、もうすぐだ」
 俺は答える。そう、もうすぐ、日が暮れる。
 
 ローザの感想も無理はない。
 ここは、『黄昏の森』の奥にある、このフィールドにおける最終地点の洞窟から、少し南に外れた場所。
 稀少なアイテムがあるわけでもなければ、イベントモンスターもいない。

 従来のRPGで、画面の中のアバターを操作する場合であれば、
 「おい、行き止まりなのに宝箱も何も無いのかよ!」
 と画面に突っ込んで――(声に出す、出さないは、皆様の自由となっております)――来た道を戻るだけの場所。

 他のゲームで、そんな経験が実際にあった俺が、このVR(バーチャル・リアリティ)の世界の構築に携わる上で、それでも敢えてこだわったもの。そしてーーーー

 (……何とか間に合ったな)

 俺は内心でそう思い、眼の前に広がる、透明な深い闇のような泉を目をやる。
 
 『黄昏の森』

 この、名前は、俺の提案を受けて、デザインの先輩が付けてくれたもの。

 正直、俺が言うのも何だが、森自体は、RPGのダンジョンによくある設定で初心者から初級者が慣れるためのもの、強い敵も、レアな敵も、アイテムもなく。森で戦うためのノウハウを得るための場所。

 ただ、その名前を冠した理由、そして、少しだけ、ほんの少しだけ違うのが、これから起こるだろうこと――――。


「……始まった」

 俺のその言葉に、三人がこちらを見る。

「…………これが見たくて、ここに来たんだ。この状況で、この先、きついことがもっと起こるだろう……だからこそ、この世界にも少しは綺麗なものもあるって、見たかったんだ」
 
 そんな三人に、俺は呟く。
 そして、今日、本来会うはずの時期から一月ずれ、そのために危ない目と嫌な目に合わせてしまったものの、助けられた彼女へ、言葉を告げる。
 ただのフィールドの一部である、森に湧き出す泉のグラフィックを、静かに指し示しながら。

「……あのさ、トゥレーネ。……こんな状況だし、さっきのこともあるけれど、プレイヤーが皆、あんなんだと思わないでくれよ。ゲーム自体が、嫌なものなわけじゃ無いんだ。
 今日が、嫌なことがあった日ではなくて、良い一日だと思えるようになるように、俺もできるだけ、手伝うから」

 その、つかえながらの俺の言葉に、にこにこしていたトゥレーネは、はっと、その笑顔を崩し、黙って、俺の指差す方向へとまた目を向けた。
 その視線の先に、変化の兆しが訪れはじめる。
 
 【Babylon】では、現実と同様に時間が流れる。
 何も変わらず、太陽は東から昇り、西へと沈んでいく。
 実際この世界を球体に作っているわけでは無いが、全ての『言霊』が開放され、全フィールドに行くことが出来るようになると、『バベル』を出て一定方向に真っ直ぐ進み続けられれば、街の逆側にたどり着くようになっている。

 それで、俺が考えたのが、この、目の前の情景。
 とはいえ、俺は仕様とデザインのパーツを色々とまとめて、お願いしただけ。実際に見るのは、この中でと決めていた。
 タバコ1カートンの報酬で、おそらく熱意しか伝わらなかったであろう俺の妄想の実現に協力してくれた、グラフィックデザイナーの先輩には感謝の念に耐えない。
 
 頭上には、太陽の光をほとんど遮っている樹々。
 ここは、この森の南西の端……少し戻った先の樹々のトンネルを西にくぐると、そこにはまだ開放されていないエリア、『熱砂の砂漠』が広がっている。北には洞窟のある山が荘厳に聳(そび)え立ち、東にはバベルへと続く道が存在する、深き森の名も無き場所。

 太陽がその役目を終え、紅く輝きながら眠りにつく時間。
 その、長い一日の、限られた数分間、ある一定の角度からのみ、木漏れ日が挿し込む場所がある。

 計算に計算を重ね、実現した場所。
 闇深く、閉ざされていた泉を、夕日の橙色が照らし始める。

「…………これは、すごいもんだな」

「綺麗……」

 リュウと、ローザの声が聞こえる。

 その光りに照らされた先には、その本来の姿を現した泉。
 線状に漏れる光が、配置された泉の中にある水晶に乱反射し、色とりどりのハーモニーを奏でる。

「凄いです、言霊が、この場所は凄く光って渦巻いてます…………サブ、クエスト?」
 
 そんな、光の競演が織り成す幻想的な光景の中、俺も知らない言葉と共に、トゥレーネか虚空を読むように歌い始める。

 呪文の詠唱ではない、純粋な歌。
 それを聞いて、そして、悟る。

(1カートンじゃ安いどこらの話じゃ無いですよ、植田先輩)

 俺の妄想などとんでもないレベルで昇華されて、始まったイベントに目を奪われる。
 おそらく、吟遊詩人のための、サブイベントだが、それ以上に、目の前の風景が凄い。

 そして、光景に見入っていたトゥレーネから、漏れ聞こえる声。
 それは、少しづつ大きく、光の波に乗るように奏でられていく。
 演奏も何もない、ただただ透明な歌声。
 
 だが、俺達はそれをただ、自然と静かに聴き始める。

 (………………)
 

「ーーーー黄昏の讃歌」

 美しく静かに奏でる声の、結びと共に、光の競演もまた、終わる。
 俺たち全員に、黄昏色のオーラが纏われている。パーティ全体へのバフの効果だろうか。

 ただ、そうは思っても、何も言えなかった。
 システム的な何かを言うには無粋すぎて。

 後には、沈黙と、静かな闇が広がるのみ。

 パチパチパチ、と拍手が鳴る。
 その音にはっとして、俺も、手を鳴らす。

「トールさん。ありがとう、ありがとうございました」

 トゥレーネが、真っ直ぐに俺の目を見て、告げる。とても。真っ直ぐに。

 瞳が、凄く綺麗で。

 俺は今、どんな表情でいるのだろうか。赤いのだろうか、笑っているのだろうか、ほっとしているのだろうか。


 向けられるのは、とても、綺麗な微笑。

「ううん、綺麗な、歌だった、イベントもあったなんて、知らなかった」

「そうなんですか? 私のために連れてきてくれたのかと思いました」

「はは、そうだったら良かったんだけど」

「でも、結果は何も変わりません。今日は、色々ありましたけど、わたしにとって、良い事があった日になりました」

 嬉しかった、そして、目が、そらせなくて。

「…………そうか、俺の方こそ、ありがとう」

 そうしているうちに、本格的に日が沈み始める。宿に戻る時間だ。今日は、色々なことがありすぎた一日だった。
 

「本当は、色々と聞きたいこともあるのですが、今日はやめておきます。……いいものを、見せて頂きました。また、次も機会がありましたら」
「借りができたな、何かあったら、いつでも言ってこいよ」
「今日は、本当にありがとうございました、またすぐ連絡します」

 別れ際、そう言ってくる三人に、俺も頷いた。


「いや、一人で見ようと思ってたけれど、大勢で見るのも、悪くなかった。……いい歌も、聞けたしな、今日はゆっくり休んで、また、少しずつ教えていくよ」

 そして後半は、トゥレーネに告げる。
 ローザ達に預ければ、宿なども大丈夫だろう。

 
 これまでの、一人であちこちのダンジョンを飛び回って過ごした1ヶ月とは違う、不思議な感覚。

 【Babylon】にログインして初めて、その夜宿に戻った俺は、深い眠りについた。

 
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 簡易登場人物パラメータ
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 【トール】 
 職種:盗賊(シーフ)
 主要武具:双剣
 属性:闇
 性質:臆病者・優柔不断・裏方
 
 【トゥレーネ】
 職種:吟遊詩人(バード)
 主要武具:棍(こん)
 属性:風
 性質:

 【ローザ】
 主要武具:細剣(レイピア)
 職種:戦士(ウォリアー)
 属性:霧(水)
 性質:

 【リュウ】
 主要武具:大剣(グラン・ソード)
 職種:戦士(ウォリアー)
 属性:地
 性質:

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