【小説】バベルの塔 十話
眼の前の三人を見て、俺は呟いた。
「さて、どうするか」
事情を理解したローザ達――説明を終えた後の、リュウとネイルの激昂も結構なものだったが、それよりも、普段より更に冷たくなったローザの視線と雰囲気のほうが怖かった――と俺は、『監獄の檻』という犯罪者プレイヤー用のアイテムで動きを封じた上で、その処遇について話していた。
今ネイルが、ローザに言われて団長のフェイルにフレンドメッセージ(ゲーム内でのメールのようなもの、連絡をとる際に使用できる)を飛ばして連絡をとっているらしい。
するとローザが不意に俺の隣にいた、襲われていた女性に目を向け、口を開く。
「初めまして、私はローザ、ギルド、銀の騎士団に所属しています。あちらの二人も同じ所属です。剣士の方がリュウ、魔術師がネイルです。失礼ですが、貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ……すみません。私、助けていただいたのにお礼もまだで――――私は、さ……あ、じゃなくて、トゥレーネ、です。えっと、職業は吟遊詩人です。このたびは、危ないところを助けに来ていただいて、本当にありがとうございました」
彼女が、そう言って深々と頭を下げる。
トゥレーネ、か。そういえば俺も説明や後始末を先にしていて、自己紹介すらしていなかった。
咄嗟に言いかけたのは、現実での名前だろう。もしかすると、MMORPG自体、そこまで詳しくはないのかもしれない。
そういえば不思議だ。
ここから出られなくなって、曲がりなりにも生活しているのに、俺も、他の人間も、ここのアバター名で通していて、それを疑問に思ったことはなかった。
まだ、ここにいることを現実とは認められていない、ということなのだろうか。
「私たちは何もできていません。お礼なら、その方に」
俺が、トゥレーネの言葉にそんな事を考えていると、ローザがこちらを指さして告げる。
その言葉に、俺の方を見るトゥレーネ。
「あ……あの、ありがとうございました。えっと……」
そして、お礼をいって口ごもる。そういえばまだ名乗っていなかった。
「トールだ。……いや、そんなにかしこまらなくていいよ。結果的にあいつらを捕らえたのはあんただからな。――――綺麗な、歌だった」
俺はそう自己紹介をして、思っていたことを告げる。
「ありがとうございます。これだけは、私の取り柄だから―――あの、トールさんも、知らない私のために、本当にありがとうございました。もう、頭が真っ白になって、本当にどうしようもないと思って……怖くてたまらなくて…………そんな時に突然来てくださって、物語みたいに格好良かったです」
そんな俺に対し、トゥレーネは何度もお礼を言い、ぺこりと頭を下げた。
普段言われ慣れていないどころか、初めてに近いような褒め言葉に、俺は少し顔が赤くなるのを感じる。
実際に真っ赤だろう。まるで現実で美人に褒められた時のように。褒められたことなんてないけど。
…………皆まで言うな、社交辞令だったとしても、そんなに耐性があるほうじゃないのは自覚している。
それにしても、顔に血が上って紅潮するとか、ゲームには不要だと思うんだ……同僚としてはすごいと思うけど、今は特に言いたい。頑張るのそこじゃなくね??
先ほどは混乱で、その意思の強い目しか印象に残っていなかったが、初めて、真正面からゆっくりと彼女を見ると……実際美形なのは間違いない。
背はローザと同じ位、俺の肩に目の位置が来るほどだから、160cmは無い程度だろう。
ライトブラウンの大きな瞳に、淡く赤みがかった毛先に癖のある茶色の髪が似合っている。
ローザと同じく美人なのだが、雰囲気とあいまってそこに佇む様には、可憐、という形容詞が浮かぶ。
仮想現実(バーチャル)、現実(リアル)を問わず、俺には縁がないような人種だ。
それにしても、フェイルに出会ってから、ゲームで少しはいじれるとはいえ、美形に大勢出会う日なことだ。違うのはリュウさんだけだし。同類とは思えないけど。
生まれて初めてそんな事を言われるのがこんな状態なのは照れるが、いつまでも照れてはいられない。何かローザ達の視線に生暖かい感じが入ってるのも嫌だ。
気を取り直して、しておかなければならない話を振る。
「なぁ、あんたは、あれをどうしたい?」
俺はそう視線を、アイテムの中でおとなしくしている(というか身動きはできないのだが……)三人に向けた。
「……どうしましょう? 本当なら警察とかのはずですけど、こういう場合はどうするのですか?」
トゥレーネは、少し嫌悪感を目に浮かべそちらを見た後、俺に目線を戻しそう言う。
(くそっ、しまったな、少し落ち着いてきたのに思い出させてどうする……照れ隠しに頭が回らなくて気遣いできないなんて最低だぞ)
自分の気の利かなさに後悔しつつも、ローザ達を見て俺は尋ねる。
「本来なら、こういうのは運営コールでアカウントを削除するものだと思うんだが、今回は期待できないしな、あてはあるか?」
「はい、そういう事もいずれは起こりうるのではないかという話は出ていたので、その件で今団長に連絡をとっているのですが……」
ローザは俺の言葉に頷き、そしてネイルの方を見た、それを受けてネイルが答える。
「うん、今ちょうど連絡が取れたよ。そういうプレイヤー用に場所を用意して受け入れるから、転移させてくれ、ということだ。仕方がないから、僕も説明のために一緒に戻るとしよう」
さすがに早い対応だ、頼りになる。
そう思った俺は頭を下げ、頼んだ。
「すまないな、面倒事を押し付けて」
「いいえ、…………それに、貴方が信用できると思えたのが一番の収穫でしたから」
首を振った後、少し考えた後ローザは続けた。
「フェイルから、話は聞いています。ただ、もし、少し借りに思って頂けるのであれば、うちのギルドの中でも、検証好きな人間がいまして、押しかけるのも迷惑でしょうし、今後も情報の交換をさせていただきつつ、一度いらしていただけると嬉しいですね」
「あぁ、了解だ、特に連携はこちらこそお願いしたい」
「ありがとうございます……では、犯罪者の男三匹の処遇はこちらで引き取らせていただきます」
あれ? さらっと言ったけれど、何か人を数える単位おかしくないか?
まあいい……そしてなんでか最初からローザの事が苦手というか、美人なのにそんな認識なのかがわかった。似てるんだ、怒らせてはいけない先輩筆頭の女性に。
自分の知る苦手な先輩を思い浮かべた俺は、気になった部分は華麗にスルーすることに決め、もう一つの懸念を話すことにする。
「……こっちも保護してあげたほうがいいと思うんだが」
「もちろん、お望みとあらばいつでも御受け入れは致しますが……」
「いや、そりゃギルドに入ったほうがいいだろう」
少し言葉を濁したローザに、俺は言った。
「フェイルの直々の誘いを断った方のセリフとは思えませんね……それに」
「それに……?」
「まずは彼女自身の意見を聞くべきでしょう」
ごもっともです。
そう思い、トゥレーネへと目を向ける。
「どうする?所属していない俺が言うのもなんだが、ここのギルドは互助ギルドの中でも信頼できると思う、女性でもあるローザが幹部であることから女性の所属も多いようだし、暮らすにしろ、戦うにしろ、1人で行動するのもお勧めはできない」
「ーーーーそうですね。あの、今のお話だと、トールさんはローザさんと同じギルドの人ではないんですか?」
トゥレーネが、ローザと俺をそれぞれ見るようにして尋ねてくる。確かに、四人でパーティを組んでて、一人だけソロだとは思わないよな。
「ああ、あっちの三人はギルド所属。俺は……そうだな、ソロの情報提供者で顔見知りってとこか、縁あって同行してるんだ」
「えっと、ギルドはギルドでお世話になりたいなとも思うんですが。今回のお礼もちゃんとした形でしたいですし…………トールさんにも助けていただくことはできますか? 厚かましくてすみません!」
そう言って、頭を下げて、はにかむように微笑むトゥレーネ。揺れる髪に目が奪われる。
(…………………)
あぁ、わかってるよ。これはお礼だ、お礼。
「……あんなことがあった後、一人で放り出すわけにもいかないしな、とりあえずトゥレーネはさっきのを見るかぎり、きちんと戦い方を覚えれば戦力になりそうだし、身を守れるようになるまでは手伝うよ。フレンドリストの登録、わかるか?」
俺の、なんというか取り繕うような、慣れない様子を見て、三人を転送させる準備を終えたネイルまで、こちらを見て笑っている。没収したスクロール型役に立ったようだ。
お前は笑うな、残念な二枚目のくせに。さっさと帰るんだ。と思った俺は間違ってない。間違ってないはずだ。
「……では、名残惜しいが僕は戻るよ。皆はどうするんだい?」
そんな声が聞こえたわけでもあるまいが、ネイルが俺達に向かってそう聞いてくる。
「そういえば、そうだった……うん、そろそろいい時間だな」
俺は当初の目的を思い出し、そう呟く。
そして、トゥレーネ達を見て言った。
「こんな時だけど……もし、まだ少し気力があったらでいいんだ。フレンド登録の記念にいいものを見せたい。すぐ帰りたいかもしれないが、一日の終わりは良いことで上書きした方が良いと思うし、それが戦士の秘訣だと、先輩にも教育されてるんだ。
お二人は、どうする、すぐそこだしせっかくだ、来るか?」
「それはもちろん、私達がいて、お邪魔じゃないのならば」
…………貴女も冗談なんて言うんですね。
少し苦笑して頷いた俺の肩を、リュウが叩いて言う。
「男ならしゃんとしろ、しゃんと。……で? どこにいきゃいいんだ?」
心強い、らしい言葉と、行く気満々な言葉が帰ってきた。まだこの方がいい。
「こっちだ。もう近いはずだから」
一人で思い立って見に来るだけのはずが、他の人にも見せることになるとはな、どうしてこうなったんだろう。
俺はそんな事を思いながら、ようやく目的地に向けて本格的に足を進めた。
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