【小説】バベルの塔 十四話

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 窓から差し込む光と共に、俺は眠りから覚め、目を開けた。
 不思議なものだ、現実にいたときは、起きるためには、目覚まし時計が必須だったのに(むしろそれでも二度寝デフォルト……)、ここに来てからは、朝日が差し込むと共に自然と目が覚めるのだから。

 この1ヶ月で見慣れた、木造の一室。
 俺は、オブジェクト化したままの双剣を手に取り、いつものように食堂へと向かう。

 ここは、始まりの街『バベル』西部にある名も無き宿屋の一つだ。
 恰幅の良いおばさんのNPCが経営している(基本AIが『アル』に影響されているようで、結構会話が成立するのが驚きだった)、朝飯が美味しい俺の住処。

 他はレンガ造りのモダンな雰囲気であるのに対して、ここは木造で少々古く、大通りからも外れた場所にあるため、俺以外にはここを使っている人間は今のところいない。

 そもそも、100万人以上が同時にログインするのも通常の想定とされて設計された世界だ。
 現在ログインしている15000人程度なら、この街だけでも余裕がありすぎる。

 しかし、人気があろうがなかろうが、目の前にあるのはふかふかのベッド、清潔なシーツ、そして朝日の挿し込む東南向きの窓。
 ……俺の現実の家である、アパートの一室等よりも健康的で快適なのは間違いない。
 
 いまさらだが、この世界について、説明しておこう。
 この世界には、フィールドからフィールドの間に、町や村が点在している。
 それぞれに和洋中の特徴があり、この『バベル』の街並みは西洋風で表現されている。
 
 そう、西洋風なのだ。
 そんな中で、俺が、大通りから離れた便利でも無いこの宿に滞在することを決めたのは、今俺の目の前で落ち着く香りと共に湯気を立てている、それにあった。

 白いご飯に味噌汁。そして、絶妙な塩加減で調理された、いい焼き色の付いた赤身の鮭。
 いやー、ほんと良い仕事をしている。

 やっぱ朝は味噌汁だろう? ……現実ではカロリーメイトが多かったが。
 
 ところで、基本的にはNPCの作成する料理は、いうなれば普通である。
 まずくはない、しかしわざわざ通う程でもない。そんなところだ。

 近頃は、『料理人』であるプレイヤーの店なども出てきたようだが、まだまだLvが低いためかそこそこのレベルでしか無い。
 例えば、俺がフェイルと会った喫茶店は、実はプレイヤーの経営する店だが、そこはコーヒーに特化しており、他のケーキ等はあまり美味しくはない。…………見た目はいいんだよ? 見た目はね……。喫茶店だからコーヒーが美味しければいいとも言えるが。
 
 しかし、しかしだ。
 この宿は西洋風である『バベル』の中で、数少ない和風の食事が出る宿。
 しかも、基本とは異なり、かなり美味いのだ。昼や夜は別の場所で食べたりするが、俺はまだここ以上のものを食べたことはない。

 もちろん、そんな例外なのだから、その分不都合もある。
 …………俺はここに来てから二週間、ずっとこのメニューを食べ続けている。
 何故か?
 それは、このお品書きを見てもらえたら理解してもらえるだろう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 <お品書き>
 朝の部
 ◇焼き鮭定食(味噌汁・卵付き)・・・50nr(ナール)。宿泊の方は無料。
 昼の部
 ◇焼き鮭定食(味噌汁付き・漬物付き)・・・50nr(ナール)。
 夜の部
 ◇焼き鮭定食(味噌汁付き・大根おろし・漬物付き)・・・50nr(ナール)。
 飲み物
 ◇烏龍茶・・・10nr(ナール)
 ◇ビール・・・30nr(ナール)
 ◇白雪の酒・・・100nr(ナール) ※攻撃力アップ効果 稀にステータス異常・混乱付加

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 

 わかったか? ……いや、感想はいらない。
 きっと、ありとあらゆるツッコミはこの1ヶ月で俺が終えている(果たして誰だ、こんな宿を作ったのは……)。
 それでも美味い。しかも和食。俺は、これを越える『料理人』プレイヤーが出るまでは、ここで食べ続けるだろう。
 …………早く出てきてくれないだろうか? 頑張ろうよ生産職の皆さん。俺は薬師なんだよ、栄養ドリンク位しか味に拘れないぞ。


 コホン。
 ところで、初めてご登場願ったが、ここでの通貨は共通でnr(ナール)という。
 基本的には、1nr = 10円で考えてくれればいいと思う。

 何故この単位にしたのか、ふふ、これは俺の発案が通ったので詳しいぞ。
 通貨単位、『ナール』はイラクのディナールからとってきた。

 何でイラク?というと、バベルの塔のモデルとして最も有名なのは、「ウルのジッグラト」というものなのだ。諸説はある。
 ウルは、イラクでバグダッドからクウェート方面に350kmほどの場所にある、実際に行ったことはないが某マップサイトで訪れたことは何度かある。

 バベルの塔のあったと言われるメソポタミアの古代都市「バビロン」。
 古代メソポタミアとは、主にティグリス川とユーフラテス川に挟まれた地帯で、イラクの殆どがその地域に該当するのだ。

 
 
 ちなみにだが、モンスターを倒してもお金は得られない。
 代わりに落とす(ドロップする)、素材アイテムなどを売却することで、日々の収入を得られることになっている。
 これが曲者で、プレイヤーのキャラクターのみならず、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)ですら値切ってくる(誰だよこんな仕様考えた奴……)。

 しかも、全体での流通により相場が変わるため、例えば季節によって素材の購入金額が変わる。
 
 現在の俺はと言えば、情報収集のため、雑魚モンスターの落とすレアアイテムなども効率よく集めることができたのと、『言霊』の情報をローザに買い取ってもらったため、結構裕福である。

 
 ―――せっかくなので、『言霊』についても少し言及しておこうか。

 『バベルの塔』の中は、迷宮型のダンジョンとなっている。
 広さとしては、500m四方のダンジョンが上空まで100層積み重なっている積層型。上空から『バベル』を見たならば、綺麗な四角形が二つ重なっているように見えるだろう。

 1階層ごとに、次の階層へ至る為の広場には、一体の『守護獣』、つまりボスモンスターが存在する。そして、厄介極まりないことに(考えたのは俺達ではあるのだが)、一定期間でその『守護獣』は復活し、再度倒さなければ広場を通ることはできなくなる。

 しかし、ただ一つだけ、各階層の広場にある『言霊』を開放することで、『守護獣』の復活もなくなり、街にある『マルドゥク神殿』から、塔の開放された広場に転移することが出来るようになる。

 ちなみに、これまためんど……いや、凝った造りになっており、『言霊』の出現場所はある程度以上には決められていない。
 何故ならば、それはモンスターに宿っているからである。
 モンスターを倒せば、『言霊』の封じられた水晶がドロップし、その水晶を塔の内部の広場にある対応する窪みにはめれば、開放されることになるのだが、このモンスターがまた曲者なのだ。
 一度誰かがマークすれば、居場所が判明するものの、特殊な技能(スキル)をもっているものや、やたらと逃げ足が早いものなど、一筋縄ではいかないモンスターが、決められた範囲のフィールドやダンジョンのどこかに湧出(ポップ)する。

 …………一応言っておくが、このアルゴリズムを考えたのは俺ではない。
 これは、難易度に文句が多いユーザーのスレとか見てほくそ笑むような、額に『ドS』って書いてそうな先輩の作品だ。

 ちなみに俺も全容は把握していない、なぜならば、俺ももちろん【Babylon】が完成したらやりますよ、って言った俺に、「じゃあお前は知らなくていい」、と言い放った……あの人は本物なのだ。自分の仕事量を増やしてまで、ゲームの中の俺に必死で『言霊』を探させたいのだ……。

 以上だ。わかってもらえただろうか? 思考がだだ漏れているのはいつものことだと諦めてくれ。

 
 「ふう、やはり朝飯は味噌汁がいいな」

 俺が満足してそう呟き、いつものようにいつもの朝食を平らげた時だった。
 ガチャ、と木の扉が開き、宿に人影が入ってくる。

 怜悧かつクールな眼差しに似合う眼鏡。銀の騎士団団長補佐、ローザその人である。


 そういえば先日別れるとき、トゥレーネの宿などについても任せきりにしたのだったが、「明日、何点かお伺い出来なかったお話があるのですが、大丈夫でしょうか」、と言われたのだった。

 こちらに気づき、頭を下げ、近づいてくる。
 何故か、自然と背筋が伸びる俺。

 …………何故だろう、多分年下だと思うんだが、変に緊張するというか、お客さんに相対するみたいだな。


 そんなことを考えながら、俺は席を立って出迎えた。


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