【小説】バベルの塔 十七話

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【チュートリアル 塔攻略状態 第一層】


 先輩を恨みながら、毒づきながら、『紅の平原』を『モコ』を連れて走りまわったあれから4日後、俺はギルド―銀の騎士団の本部になっている建物に来ていた。
 
 「あ、トールくん」

 建物の前にいた俺を見て、ちょうど買い物から戻ってきたらしいトゥレーネが声をかけてくる。

 出会って二日目、ものすごく丁寧な敬語で話してくるトゥレーネに、どうにもむず痒くなった俺が、慣れないからできたら敬語はやめてくれないか、と言ったら、たどたどしい変な言葉遣いになって少し萌えた俺だ。
 ……きっと間違っていないと信じている。
 
 まぁ、その後さすがに、普通に喋りやすいままでいい、と言ったら戻ったが、「さん」は「くん」になった。
 これもまた…………いや、自重することにしよう。

 隣にいる、トゥレーネよりもさらに小柄な女の子にも頭を下げられる。鈍色の髪を後ろ手にまとめ、歩くごとにその髪が揺れるのが可愛らしい。

 あの後から、ローザの紹介でトゥレーネと一緒にギルドの所有する建物に住んでいる、銀の騎士団所属の『アイナ』という大人しい女の子だ。職業は『僧侶』と『薬師』、人選はさすがローザとでもいうか、トゥレーネとはどうやら波長があったようだ。

 ダンジョンに行く前に買い物に行ったり、食べ物を探索に誘ったりと、あんな事があり、普段はニコニコとしているものの時折暗い顔をするトゥレーネに気を遣いつつ、あえて普通に接しているように見える、無口だが優しい子である。
 

「今日は早いんですね。すいません、ちょっと待ってて下さい、すぐ用意してきます」


 つられて頭を下げる俺に笑顔でそう告げると、トゥレーネはアイナと建物に入っていく。

「……そんなに急がなくてもいいからな」


 俺は、足早に去っていく後ろ姿に声をかけ、壁に近づきもたれかかった。

 
 さて、あの逃走劇の翌日から三日間、俺が何をしていたかというと、俺はバベルの塔第一階層の迷宮を調査していた。

 これは、『言霊』を封じた水晶を得ることができたため、バベルの塔の扉が開き、いよいよ塔の攻略が開始されたからである。

 助けを待つか、それともチュートリアルの終わりのリスクを負ってでも攻略を進めるのかが、掲示板でも、実際に顔を突き合わせての話し合いでも紛糾はしている。

 しかし、そもそもチュートリアルが時間によって解除されるのか、攻略度によって解除されるのかもわからず。
 もしも時間によるものであった場合、初期の状態でそれを座して待つのは愚策に過ぎる。

 なので、恐らく一層をクリアするまでは攻略としても大丈夫だろうという事で、有志で勧めている。俺もそこに参加していた。

 ただ、俺にとってそれまでと違ったのは、ソロではなかったという点。
 俺は、トゥレーネやローザ、リュウ、ネイル、それにアイナといったメンバーとパーティーを組み、探査を行なっていた。

 ギルドではない俺と、幹部でもある二人が行動していていいのかという質問には、フェイルの許可は得ているので問題ありません、とあっさり答えられたので、その六人(このゲームにおける一番基本とされる人数が、六人なのだ)で行動していたのだ。

 何でそういう事になったか、まずは順を追って話そうか。

 あの、死ぬ思いをして走った日――
 
 俺が何とか指定された地点に『モコ』をおびき寄せると、ローザの用意したギルド所属の呪術師達が、その場に準備していた束縛陣(バインド・スクエア)で足止め、そして、ネイルを始めとする『火』属性の魔術師が用意していた詠唱を重ねて一気に焼き払うという見事な連携で、一瞬にしてかたがついた。つまり、死ぬ思いをしたのは俺だけ………しかも美味しいところは持っていかれた
 

 ――俺は、開発者であることを知られたという事もあり、ローザに一つの提案をした。


 それは転職クエストについての、おそらく現在は俺以外は知りえない情報。


 現在、この【Babylon】にいるプレイヤーは、皆基本職のままである。

 戦闘職、生産職に限らず、生物の進化樹の様に職業は分岐しており、一つのことを極める職、複合的にバランスの良い職、特殊な職業など様々な物が存在する。

 その起点となる転職クエストは、初めてバベルの塔を登った時に開放される『言霊』で言葉がわかるようになる、神殿のNPCから受ける事のできるクエストであり、これをクリアすることで、他の職業への道が拓ける仕様になっている。

 そして、おそらくは十層などのキリでは無いかと思ってはあるが、時間的な制限であるかもしれないチュートリアルの期間のうちに開放し、上級職の戦闘に慣れることで、少しでも生存率を上げるべきだと俺は提言した。

 助けは、来ない。

 ハード面から何とかなるのであれば、恐らくもう助けか何らかの連絡は来ている。
 先輩達は、有能だ。
 誰が何と言おうと、あの人達を俺は知っている。そして、あの人達も俺がここにいることを知っている。

 だから、一月を過ぎてなお、連絡も取れないということは、そういう事、何だと判断している。

 
 本来は、これはある程度街の外の初期のフィールドが攻略され、あちこちの情報が集まった後、第一階層の『守護獣』を倒すことで初めて得られる情報なので、どう伝えるか考えあぐねていたのだが、ある意味幸いとローザに話したことと、元々あなたに危険がないのであれば、攻略を進めようとしていた人間も多く、今のうちに攻略を進める動きが出てきたのだ。

 そしてその結果、その攻略部隊の一員に俺も加わることになり、更には元々言っていたように、トゥレーネのレベル上げも同時進行が良いという話が出たため、それならばと、面識のあるローザ、リュウ、ネイルの三人に、同居者のアイナを加えたパーティーが結成された。
 
 第一階層からこれか、と頭が痛くなるような罠(トラップ)等を抜け、上層へつながる広場が判明したのは先日のこと。

 そして、『守護獣(ガーディアン)』に挑むかどうかで、やはり方向性をこの世界の中で示さことは必要かという話もあり。今日は休養日とされた。
  
 つまり、ようやく俺は四日前の目的を果たせる時間ができたのだ。

 そう……聞いてくれ! 今日こそは、待ちに待っていた、『煙草』を錬成してもらう
ための素材を取りに行くのだ!


 ………………あれ、反応薄い? 


 いや、そんな目で見ないで聞いてくれ。

 近頃世間の目は厳しいが、この中でなら吸い放題……もちろんマナーは守る。


 どんなに吸っても現実の体には影響はないし、現実ほど吸う場所や捨てる灰皿を必死に探し求める必要もない。
 何故ならアイテムは基本的には使うと消えるからな…………まだ詳細は知らないのだが、考えた奴は天才だ。

 完全に自分のための用事だったため、本当は一人で行くつもりだったのだが、その話をしたところトゥレーネも一緒に行ってくれるということになり、こうして今日も迎えに来たのだった。

 ちなみに、どうやら三日間行動を共にした人間の中では喫煙者は俺だけのようで――それを聞いた時、俺はリュウさんに裏切られたように感じた。…………何故、何故俺なんかよりタバコが似合いそうな外見の貴方が健康志向なんですか、リュウさん!――、その話に乗ってくれたのはトゥレーネだけである。

 「お待たせしました!」

 俺がそんな回想にふけっていると、扉が開き、トゥレーネが建物から出てきた。
 ニッコリと笑って言う。
 
「二人でどこかに行くのって初めてですよね? 私も頑張ります、前衛よろしくお願いします」
 
 そして、ぐっと拳を握り締めるように気合を入れ、そう言ってさくさく歩き出す。――――前衛のはずの俺を置いて。

 「ちょ、待て待て、張り切り過ぎだって、第一場所わかってないだろ!?」

 そう言って、慌てて俺も後を追うのだった。


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