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分子栄養学について調べてみた

Twitterの栄養界隈は大きく二つに分かれているらしい。

一つは管理栄養士を中心とした、食事摂取基準など活用しつつ、さまざまな独自性を持っておられる方々。世間一般的な栄養の専門家です。

しかしながらよくよく眺めると上記とは異なり、「分子栄養学」「オーソモレキュラー」と呼ばれる、別の集団がどうもいるようです。

とりあえずググってみると、、

うーん、予測変換が香ばしい。

これは調べるしかない!ということで、私なりに調べてみました。

結論

「栄養学」とは現場で使える、すなわち実践学の意味合いが本来大きいものですが、この「分子栄養学」は実践手前の「理論」段階だと感じました。

つまり、治療や疾病予防など期待するには情報が不足しており、少なくとも個人レベルで判断して実践することは困難で、健康リスクもあり得ます。(医師が介在する場合は私の守備範囲外なので言及できません)

ただし、他の健康食品と同じような立ち位置ととらえて、付き合い方に気を付けながら試したい人は試してもよいかもしれない、というのが私の調べた限りの感触。

付き合い方としては、消費者庁のサイトや手前味噌ですが私の以前書いたコラムをぜひご覧ください。

※私自身メーカー(産業)側の人間なので、そのバイアスの影響で比較的擁護に回ったコメントが多いかもしれません。そんなフィルターを意識してご覧ください。

分子栄養学とは?

そもそも分子栄養学に複数団体があることを調べて初めて知りましたが、例えばこんな感じ

オーソモレキュラー栄養療法(orthomolecular medicine)は、我が国では「栄養療法」「分子栄養学」「分子整合栄養医学」とも称され、栄養素-適切な食事やサプリメント・点滴、糖質コントロール-を用いて、わたしたちの身体を構成する約37兆個の細胞のはたらきを向上させて、様々な病気を治す療法です。

オーソモレキューラー栄養医学研究所

ほかにもオーソモレキュラー医学会とかオーソモレキュラーアカデミーとかいろいろあるので、気になる方はリンク先へ。

団体の違いで多少の違いはあれ、彼らの主張をざっくりまとめると

●栄養素(糖質、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル)には病気を治すほどのすごい力がある
●一般的に(食事摂取基準などいわゆる栄養学で)言われている栄養素の必要量は全然足りていない
●それらを摂取することで細胞一つ一つを根本から良くすることができる

うーん、一言でいえば、栄養に対する過信とでも言えましょうか。

しかしながら、ネット上の情報だけで判断するのは早計かと思い、先日とあるセミナー(医師や研究者が多く参加する学会での一講演)で代表理事の方の話を聞いてみました。

そこで得られた情報はネットほど極端ではなく、良い点と問題点が双方垣間見えましたので、実際に聞いた感想も交えてまとめてみます。

ちなみに、大学で「分子栄養学」という名前の授業や研究室がありますが、これは分子生物学をベースにした栄養に関する学問である場合が多いので、全く別物だと思った方が良いでしょう。
(むしろ元々こっちのイメージしかなかったです。。)

分子栄養学の良いところ

研究報告は少なくない

栄養素が重要であることは周知の事実なので、それをさらに深堀して新たな発見をしたくなるのが研究者の性。

ですので、研究自体は少ないわけでもなく、機能性成分(フィトケミカルと呼ばれる、ポリフェノールなど)に比べるとやや多いか。

ビタミンDやロイシン(アミノ酸の一種)など、特定の栄養素に絞って摂取方法も工夫しつつ様々な介入研究がなされ、適切な試験デザインでヒトにおいて特定の効果が認められる事例もそれなりにあるようです。

これは意外と知らない人もいるんじゃないでしょうか。

理にはかなっている

例えば、たんぱく質(アミノ酸)を代謝するときにビタミンB6を消費しますが、栄養機能表示として「ビタミンB6は、たんぱく質からのエネルギーの産生と皮膚や粘膜の健康維持を助ける栄養素です。」と記載できます。

だから、たんぱく質と一緒にビタミンB6をとろうとか、ビタミンB6を大量に摂取しようとかなるわけですが、分子レベルで一部分を切り取れば理にはかなっているように思われます。

ただし、これにはいろんな落とし穴があり、次に問題点を整理しましょう。

分子栄養学の問題点

ミクロとマクロの違い

「分子生物学」をはじめとした分子(ミクロ)の世界は体の働きやメカニズムを追うものであって、実際に治療に有効であるかは疫学的(マクロ)に捉えていく必要があります。

つまりどんなに理にかなっていても、それが実際に健康に良いのかは別問題ここが一番の問題点でしょう。

ここをすっとばして「細胞が元気になる」はそれっぽく見えるけど、健康に対してはあまり意味のない主張です。

分子メカニズムの拡大解釈

代謝経路というのは非常に複雑で、どこかが止まればどこかが代償的に動くし、どこかが増えるとフィードバックがかかって増え過ぎないようにしたり、化学反応の一つだけを切り取って栄養素を拡大解釈することはナンセンス

「分子」と名乗るならここまでケアして当然ですが、そのような言説は見かけませんでした。

だからこそ近年はオミクス研究と言ってぐちゃぐちゃな世界をデータサイエンスで単純化しようと試みている研究者が多数いるわけで、一部分切り取れるのは本当にごく一部の場合のみです。

エビデンスレベルが低い

栄養界のバイブルと言えば食事摂取基準ですが、そこに載っている栄養素の基準(推奨量や目標量など)を定めるためには論文一つだけではなく数多くの論文を統合し、種々勘案した結果あの数値が出てきているわけです。

分子栄養学の主張するものは既存の栄養学で必要とする栄養素の基準値より多量であることが多く、一歩先を行った新しい知見であると言う印象を与えることもあるようです。

しかしながら、それを主張するには元の基準とはエビデンスレベルが比べ物にならないので、病気が治ると主張するのは早計かと。然るべきデータをとって、しっかり議論の場に上げて、ガイドラインへの導入を目指すべきです。

つまり、研究段階としては割と面白い結果も出ているのですが、それを実践まで持っていくには時期尚早というのが私の見解です。

アセスメントが足りない

実際に治療に取り入れておられる方の話を聞いても、あくまで自分の診察した患者さんにいろんな取組み(複数組合せ)を試してもらって改善しているらしいので、これでは何が効いているのか分かりません。

もちろん、標準治療でないものを医師の責任で色々検討して、結果患者さんが改善するならそれは否定されるものではないですが、かといってそのレベルで誰にでも効く万能なメソッドとしてビジネス化するのはいかがなものかと。

つまり、その人にとって何が必要なのか、しっかり評価(アセスメント)してからスタートするのが基本のはずです。

これについては、分子栄養学を取り扱う医師も問題視しているようで、一部のSNSでは鉄やマグネシウム、必須アミノ酸などが神格化されていますが、実際は時と場合によって必要なものは異なるはずです。

中間因子ではなくアウトカムを

治療というからには病気が治るということなのですが、話を聞くと改善した物が血液の検査値だったり、主観的な評価だったり、それは最終的な病気が治ったとまで言ってよいのか疑問が残ります。

そういった中間因子の改善は良いことですが、最終的に病気が治るとまで言うならもう一歩踏み込んでアウトカムが改善した(しかもただの前後比較ではなく適切な対照と比較した)というエビデンスも欲しいところ。

過剰摂取も危険性

栄養素の中には、耐用上限量と言って過剰摂取が懸念されているものもあります。それらを無視、あるいは危険性を過小評価することで、いくらでも摂取してもよいかのような表現を多く見かけますが、これは即刻見直すべき。

栄養素は自然の食品にも含まれているからいくら摂っても大丈夫、なんて考え方は正気の沙汰ではありません。

食事のように多種多様な成分が含まれていればまだリスクの分散が可能ですが、サプリメントでは過剰摂取が起きやすい。

さらに言えば、仮にその過剰摂取で起きる弊害対策で別の栄養素を配合しても、ただのいたちごっこで解決になるとは限りません。

治療機会を逸する懸念

疾病を治療すると言うのは命を預かるわけで、それ相応の責任と覚悟が必要です。

エビデンスの質の悪いものの何が問題かって、本来受けるべき治療の機会を逃してしまい、悪化してしまうことですよね。

こういう患者さんを少しでも減らしたいと思いから、標準治療でないものに苦言を呈す医師も多いのではないでしょうか。

病気は食品では治せない。これはやっぱりキホンのキ。

栄養と機能性を混同している

さて、良い点と問題点を(かなり偏りつつ)両方見てきましたが、ここであげたものほぼすべて通常の健康食品の抱える課題と同じ構造です。

機能性表示やトクホではビタミンやミネラルが関与成分になることは基本的にはないので、栄養と機能を混同することはありません。ポリフェノールで病気を治すなんて言った日には、ぼっこぼこの袋叩きです。

しかしながら、栄養素であればその重要性自体は理解されているので、一般の方にはそれっぽく(体によい成分で病気が治りそうと)聞こえてしまう・・・このことが、栄養素を治療と捉えていない人から異端(エセ、偽物)の烙印を押される真相ではないでしょうか。

機能性食品として認識されるべきものをあたかも栄養のフリをして語ること。これさえなければ分子栄養学とはうまく付き合っていける望みが少し見えました。

なお、栄養と機能性の違いが分からない方はこちらをどうぞ。

盲目的に分子栄養学を批判する人へ

さて、最後に「分子栄養学はインチキだ」と断言する方に逆にお伝えしたい。色々調べたり話を聞いて感じましたが、分子栄養学自体はインチキ/エセとまでは言い切れません

特定の栄養素の多量摂取で何かしらの効果効能を期待できる、という論文は確かに存在しています。必死に患者さんの課題を探り、解決の道を示し、共感しようと努力し、実際に改善している医師の事例もあるようです。

確かに公衆衛生上問題があるという点において袋叩きにするのも一つのやり方ですが、これをインチキ呼ばわりしてもただ両者の分断を生むだけのように思えてなりません。

インチキなのではなく、分子栄養学を医療の現場で実践するにはまだ情報が足りていない、論理の飛躍がある、というのが私の中の答えです。

さらにはSNSなどでバスりやすい極度に単純化された健康情報は、分子栄養学の専門家の語るロジックや論文の内容すら理解できておらず、結果的にさらなる論理の飛躍が起きてデマ認定に拍車をかけています。

でもね。これって自分たちにも起きうると思うんです。

ガイドラインを表面的になぞって理解した気になっていませんか?食事摂取基準がどんなロジックで組まれているかも理解せずに、推奨量など数字だけで判断していませんか?

元の文書がどんなに信頼できるとは言え、上の問いかけに思い当たる節があるならば、それはある意味分子栄養学がインチキだと言われている構造と同じことをやらかしているかもしれません。

自分が基準にしているもの(ガイドライン)は本当に正しいのか?それはなぜ正しいと言えるのか?ある意味これらを見つめなおす良い機会を与えてくれているようにも私は感じました。

そもそもガイドラインだって変わるじゃないですか。

新しい研究で新しい事実が分かり、それをどんどん実践の場に取り入れていく。分子栄養学はその途中かもしれないし、明後日の方向かもしれない。それはまだ誰にも分からない。

つまり、分子栄養学的アプローチが万能な治療法と主張することはできないですが、一方でそれがデマであるとも断言できないのです

まとめ

最後にこれだけはちゃんと言わなければならないのですが、特定の食品を多量摂取しても、疾病が治癒したり、健康が増進することはほとんどありません。

そういった食品や栄養への過信は捨て去るのが吉。

その上で、栄養素という特別な存在として見るのではなく、あくまで健康食品の一部だと思って、そのような付き合い方をしていくことができれば、分子栄養学(もはや食品機能学でいいんですが)にも道はあると感じました。

そして、分子栄養学を広めようとされる方には、疫学的にしっかりエビデンスを取得し、議論/批評の場に上げていくことで、「機能性研究を始めた日本だからこそこんな発想を持てるのか」と世界を唸らせるような斬新な栄養素の摂取基準を作るくらいの気概で研究してもらえたらこれ幸いです。

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