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読まずにわかる!「アスベスト」本

読まずにわかる! 生物学・医学の一般書から医師がセレクトした3冊をテーマごとにレビュー「3冊でわかる」シリーズと銘打っていましたが、レビューだけでもそこそこわかる!という声が多いので読まずにわかる!シリーズに改名しました・・

今回は読まずにわかる「アスベスト」本「アスベストって昔の話でしょ?」と思っていませんか。ところがアスベストによる健康被害のピーク予想は2020~2040年なのです。

夢のような物質、アスベスト 戦後は一大産業に

そのため医師が参加する研修会や学会でも、ここ2~3年、アスベストをテーマとしたセッションが組まれるようになっています。アスベスト被害、まさに今から未来に向けて直面していく問題として捉えなおしましょう。

最初に紹介するのはアスベストの基本知識のための一冊、「アスベスト 広がる被害」です。アスベストとは天然の鉱物からできた綿のような繊維の集まりで、石綿(せきめん・いしわた)とも呼ばれます。

アスベスト(石綿)、読んで字のごとく鉱物(=石)としての特徴と繊維(=綿)としての特徴を併せ持ち、引っ張り強度がきわめて大きく、耐火性・耐熱性・絶縁性にすぐれ、なおかつ繊維状に加工しやすい、夢のような物質と言われてきました。

日本のアスベスト産業の始まりは、日清戦争で清国から接収したドイツ製の戦艦に多量の断熱用アスベストが使われていたことです。これにより軍艦での有用性が認識され、主に耐火や防音のための隔壁、ボイラーなどの保温被覆として使われるようになりました。

そこから太平洋戦争までの軍拡の時代に、アスベスト産業は軍需産業として急速に拡大発展していきます。終戦に伴い軍需がなくなってもアスベスト産業は生き残り、戦後は民需、特に石綿含有建材を中心に一大産業となりました。

アスベストの健康被害も次第にわかってきてはいましたが、おりからの高度成長建築ブームに後押しされる形で1970年代には年間30万トン以上のアスベストが輸入され、2004年の使用禁止までに1,000万トンが輸入され使用されました。なんと21世紀初めまで使われていたのです。

最大の問題は、大量に使われたアスベスト建築材です。高度成長期には建物のいたるところにアスベスト建築材が使用されました。鉄骨や天井の耐火被覆としてセメントと混ぜたアスベストの吹付塗装が当たり前のように行われ、ビル建築や倉庫などで大量に使われてきました。

バブル期を含めて20世紀に造られた豪壮なビル建築、高度成長期の中小ビル群(学校や図書館も免れません)にはアスベストが大量に存在しています。

アスベストの2020年代問題

では、アスベストで何が起こるのか。アスベスト繊維の吸引で肺の損傷を引き起こし、いわゆるじん肺の一種である「アスベスト肺」になります。そして、長い年月の後に「中皮腫」「肺がん」を引き起こします。

ここで問題になるのは、アスベストへの曝露(吸引)から発病まで20~40年のタイムラグがあるということです。アスベスト使用が日本より20年ほど先行していたイギリスでは、輸入量ピークから50年経った2015年に中皮腫死亡のピークが来ています。

これを日本にあてはめると、日本の中皮腫死亡のピークは2020年から2040年にかけてとなり、死亡者数は人口や輸入量を考えるとイギリスの倍以上(年間5,000人以上)になる可能性があります。

そしてもう一つの2020年代問題は、この先のアスベスト曝露です。2020年代に、過去に建てられたアスベスト吹付建造物の解体ピークが来るのです。過去の曝露の結果としての発がん、そしてこれからの曝露、この2つが「アスベストの2020年代問題」だと認識しなくてはならないのです。

漫画で知ろう、アスベスト被害のリアリティ

文章だけでは伝わりにくいアスベスト被害のリアリティを漫画で伝えてくれる本が「改訂新版 石の綿―終わらないアスベスト禍」です。アスベスト被害のさまざまな歴史的局面を、6人の漫画家が6編の漫画で描きます。

1.「洗濯暴露」 家族が工場で石綿まみれになり、それを洗濯しつづけた妻。夫婦ともども悪性中皮腫に。

2.「クボタ・ショック」 尼崎市のクボタの工場では工場労働者だけでなく、周辺に降り注いだ石綿で住民にも悪性中皮腫が発生。

3.「泉南―国賠訴訟の原点」 大阪府の南、泉南地区は戦時中から石綿関連中小企業が多く、特に軍需石綿を加工しており多数の悪性中皮腫が発生。

4.「震災とアスベスト」 阪神淡路地震から25年経ち、当時のがれき処理に携わった方の中からも悪性中皮腫が発生。

5.「アスベスト・ポリティクス」 アスベストの利用開始から最盛期、そして健康被害の発生、使用の禁止という流れを世界と日本に分けて年表形式の漫画にしました。

6.「エタニット―史上最大のアスベスト訴訟」 規模と被害者では世界最大といわれるアスベスト禍となった、イタリアのエタニット事件を描きます。

どれも興味深いのですが特に、自然災害でガレキが発生することが増えているので4番目の「震災とアスベスト」は身近な恐怖です。東日本や熊本の大地震でのガレキ処理やボランティア作業を通じてアスベストに曝露されるのです。

通常の解体作業ではアスベストを排出しないような規制のもとに行われていますが、震災ガレキではそうはいきません。今後も首都直下型地震や南海トラフ地震などが予測されている中、そこにもまた新しいアスベスト問題があるのです。

小説家の自己体験としてのアスベスト

3冊目は、小説家が自己体験を私小説としてまとめた「石の肺 僕のアスベスト履歴書 」。筆者の佐伯一麦さんは高校を卒業後、電気工として働きながら作家を目指していました。小さい頃から電気工作が好きだったので電線や配管がひしめく天井裏での仕事にやりがいを覚え、充実した日々を過ごしていました。

しかし、その天上裏やエレベーターのシャフトなどには大量のアスベストが使われていました。吹きつけられたアスベストの壁や天井にドリルで穴を開け、アスベスト粉塵で前が見えなくなるような現場で何の防御もせずに働いていた日々が、小説家らしいきめ細かな描写で描かれます。

アスベストの危険性がすでにわかっていた時代ですが、現場で働いていた電気工や製造工場の工員にはリスクの認識などほとんどありませんし、教えられてもいなかったのです。

アスベストメーカーの元職員のインタビューにある、

「部署の十数名の社員のうち定年まで生きていたのはたったの一人。毎週のように社内の誰かが死にその葬式には、会社の人間が何人も酸素ボンベを引きずりながら弔問する」

という話は胸に迫ります。

まとめ

「アスベスト中皮腫」や「アスベスト肺がん」については国の救済制度があります。その制度を運用しているのが「独立行政法人 環境再生保全機構」 という機関です。アスベスト被害の場合、曝露から発病までの年月が長いため、職業上の暴露とその数十年後の中皮腫や肺がんの因果関係を証明することは困難です。

そこで救済制度においては「アスベスト中皮腫」「アスベスト肺がん」と認定する際の「医学的判定の考え方」が示されています。眼前の「中皮腫」や「肺がん」の患者あるいは遺族が救済を受けられる可能性があるのであれば、医療者には適切なアドバイスをする義務があるとも言えます。

また、アスベスト問題が大きく取り上げられた2000年代には厳密に行われていた解体にともなうアスベストの排出抑制についても、最近の解体では業者によって実質がともなわない場合もあるようです。われわれ自身の健康問題として、近隣のビルの解体が始まったならそこにはリスクが潜んでいると考えたほうがいいでしょう。

このように医療者としても生活者としても、アスベストによる健康被害は決して過去のものではなく、むしろこれからの問題なのです。

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