見出し画像

ニートを辞めたきっかけ 東日本大震災から11年

11年前、人間関係で大きなトラウマを植え付けられ、働くことを怖がりまたどこかアルバイトを探さないといけないと憂鬱な気持ちで思っていた時期。

批判をされるかもしれないけど、11年前にあったあの地震は自分自身が人間として再出発するきっかけになった。

自分は人間として何ができるのかもう一度探すために。

今日も記事を見つけていただき、ありがとうございます。

あの日から、11年。
当時はニートで、社会にできることを拒む生活を始めていた時期。
本当に情けないし、エネルギーもゼロになった時期でした。

そんな中で起きた、未曾有の災害が発生した時の思い出と
そこで生まれた、人間として再起するきっかけをお話ししようと思います。

震災時、何が起こったのか理解できない。

当時は、自宅の部屋のPCで呑気にネットサーフィンしながら
次の短期バイトをどうするかを考えている最中でした。

そして、あの時刻・・・

日本が終わってしまうのではないかと思うくらいの揺れ。
最初は富士山でも噴火したのではないかと思ったくらいです。

PCの棚に分厚い本を積んでいたのですが、それが床に落ちて凶器に変わり
初めて机の下に逃げたのをよく覚えています。

しかもその当時は広辞苑を何故か棚の上に置いていたので、降ってきたときには自分の行動を後悔。

自宅にいたので、買っていたペットと一緒に外に出て近所の人と話をして
親に家が壊れていないことと、無事であることを連絡。

父親は会社に出勤していたので、しばらくは帰れない
母親はとりあえず無事、妹は何故かそのとき海外に・・・・

テレビで、あの揺れの正体を確認したときに東北で起きた光景を見たときは
目を疑いました。

現実を見て、唖然としてのを覚えています。

これを見て、自分の悩んでいることが本当にしょうもないものであることに気が付かされました。

たかが、会社をクビになって人間信じられなくなっているだけで甘えていた。

無一文にもなっていない人間の悩みなんてカスのようなこと。

自分は何も失ってなかった。失うとはこういうことだと11年前に思い知りました。

ボランティアへ行くための5000円を渋った後悔。

そして、自分がフリーターとして再起を決めたきっかけはこれだけではありません。

お恥ずかしい話ですが、あえてお話しします。

ボランティアに行くための費用5000円を躊躇ったこと。

貯金も底を尽きている状態でしたが、自分みたいな何もしていない人間こそ、被災地に行って何かをしないといけない。

そう思ったのですが、募集要項にあったバスでの移動費に5000円かかることが判明。

今思えばそれくらいの金を親に出してもらえばよかったのですが

自分はこの5000円を出し渋りました。

正確にいうと

5000円というお金を失いたくない自分を正当化して、自分が行かなくてもよい理由をみつけていまいた。

たかが5000円です。

無一文にはなっていませんでしたが、自分を守ってしまいました。
そう、人間として最悪な考えを選びました。

己の善意は余裕がないとできなかった。

そこで覚えたことがあります

お金は手段でもある、こういう時のためにすぐに使えるお金を用意することが重要。自分が思っていた善意は余裕があって初めてやれることだった。


ニートでいる自分が本当に情けない気持ちになりました。

お金がないと助けることもできない、そしてそのお金を払っても助ける余裕が自分にはないということを悟りました。

そして、今の自分には誰かを助ける余裕がないほどまでに落ちぶれていた。

悔しくてたまらなかったです。

自分はこの後悔をしたことで、ようやくニートを辞める決断をしました。

ニートを辞めるというよりも、お金を持つことで手段を広げるという最低限の方法をやろうという考えでした。

まとめ

11年前の自分のお話しですが、今は戦争が起きたりと
本当に世の中何が起きるかわかりません。

そして、それから11年後にある程度不自由も少ない状態で過ごせているのは感謝でしかない。

お金は目的にはならないが、手段にはなる。
フリーターであってもお金を稼げている状態にすることは本当に必要であることを震災で学んだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ふぉあぐら



この記事が参加している募集

サポートいただき、有難うございます。サポート以外でもスキやフォローいただけると、今後のnote活動の励みになります。