Casper はいかにして今の地位に登りつめたのか・創業物語と IPO 後のいま
前々編・前編 を通し、アメリカ D2C マットレス業界のホームページの UIUX 分析や、175 社が乱立する業界の事情について調べてきました。
そのなかで興味が湧いてきたのが、各社がどのようにして今のポジションにのぼりつめたのか = 創業物語。また、過熱する業界においての現状はどうなっているのか?今回はそんな記事です。
対象としていた全 5 社に対してこれを行うと浅く広く、になってしまうので、最も有名な Casper 社 の創業物語・現状をリサーチ。
できれば両雄並び立つ Purple 社についてもやってみたかったのですが、軽くリサーチした感じ、個人的にそこまで魅かれなかったので、一旦は Casper 社のみ。以下目次:
01# Casper 社の創業初期のローンチ前の苦労・直後からの猛発信
CNBC のこの記事 によると、創業初期に関して、Casper のチーフ戦略オフィサー Parikh 氏は以下の通り回顧:
当初は VC に全く相手にされなかった Casper
“At the beginning, we met with dozens of investors who all said, ‘No one is ever going to buy a mattress online. This is a dumb idea, don’t do it,’”
"(意訳) はじめの頃は、会いに行った数十もの投資家の誰もが「マットレスをオンラインで買う人なんていない。馬鹿げたアィデアだ、やめなさい。」と言ってきた。
もちろん、彼らはその助言を無視。大きな投資を得られなかった彼らは、ほとんどすべてを自費で賄い、ついに事業をスタートさせます。
“We were just, like, racking up debt. We put, like $50,000 to $100,000 on our credit cards, which probably was irresponsible. But, we were all in,”
"(意訳)僕らはただただ負債を増やしていった。クレジットカードの借り入れ額を 5万 ~ 10 万ドル(600~1200万円) にまで増やしてね。無責任だったとは思う。でも、僕らはオールインでベットしたんだ。"
2014 年 1 月、ついに複数の VC からの投資を得た彼らは、4 月にプロダクトをローンチし、なんと初日に在庫のすべてを売りきることに成功。
officially launched in April 2014 and, even to the surprise of its founders, Casper sold out its entire inventory of mattresses (which, at the time, was still just 40 beds) on the first day the company’s website went live.
"(意訳)2014 年 4 月に公式にローンチ。創業者にとっても予想外なことに、Casper はウェブサイトがローンチとなった初日に在庫のすべてを売りきった(とはいえ、そもそも当時はまだ 40 個の在庫しか抱えていなかったわけだが。)
ローンチ後、Casper は 1 年で達成しようとしていた売上目標 180 万ドルをわずか 2 カ月で達成。そのため、何千ものユーザーがマットレスを受け取れず、現場はカオスに 陥った、とあります。
マットレスを受け取れないユーザーが Casper に関して悪い口コミを広げてしまうのを防ぐため、前述の Parikh 氏はマットレスの配送待ちユーザーに対し、代わりに Amazon で空気マットレスを代理注文、一旦の Casper 社からのプレゼントとして個別に配送。
"Through the chaos, came creativity: Parikh came up with the idea to ship air mattresses via Amazon.com to customers whose orders were held up, as gifts from Casper."
”(意訳)混乱の中で創造性が生まれた。Casper のマットレス配送が遅れているユーザーに対しては、Amazon でマットレスを注文してそれを Casper からのプレゼントとして送るアィデアを Parikh 氏が思いつきました。"
そして、2015 年 3 月には、フェイク品すら横行する圧倒的人気のコスメブランド「Kylie Cosmetics」を展開する Kyle Jenner が Casper について Instagram でシェア、87 万いいねを獲得。
この記事によると、Casper の共同創業者 Neil Parikh は以下のように発言しています。相当のアクセス爆増があったのは想像に難くありません。
“Oh my God, when Kylie Jenner posted about Casper I think it broke our website"
(意訳)Kylie Jenner が Casper について投稿した際、マジか、当社サイトがぶっ壊れるかと思ったよ
ちなみに、Casper の投資家一覧には レオナルド・ディカプリオ や アシュトン・カッチャー・NAS などのセレブレティも多く名前を連ねています。
02# キャズムを超えた Casper の猛進撃 : 「睡眠業界のナイキを目指す」を合言葉にプロダクトを展開
2016-17 年にかけ、Casper 社はプロダクトラインをマットレスのみならず、枕・シーツ・コンフォーター・犬用マットレス・ナイトスタンド・ベッドフレーム・ランプなどに拡張。猛進撃を続ける。(参考記事)
Besides bedsheets and pillows, Casper sells dog bed, a nap pillow, a humidity-fighting duvet, and even furniture, like nightstands and bed frames. Many of these products come out Casper Labs, a state-of-the-art sleep research facility that Casper launched in early 2017.
"(意訳)ベッドシーツ、枕に加え、Casper は犬用ベッド、昼寝用枕、湿気対策を施した掛布団、更にはナイトスタンドやベッドフレームなどといった家具にまで職種を伸ばした。こうしたプロダクトの多くは Casper 社が 17 年にローンチした「Casper Lab」研究施設により開発された。
そもそもマットレスの寿命は、業界的には 8 年から 10 年とされており、当然のごとく早々買い替えるものではありません。であれば、サブプロダクトをより多く展開して顧客あたりの単価を上げに行くのは当然の動き。
TechCrunch のこの記事によると、2019年暮れ、ついにはアメリカ各州で娯楽目的での使用が認可され始めているマリファナ(大麻)の有効成分である CBD を使用したグミの販売も提携先と始めているようです(=リラックス効果による催眠を狙っているっぽい)
03# 直販モデルのみならず、提携通販・実店舗卸に柔軟に舵をきった事業展開
Casper は 2016 年にはアメリカの中堅インテリアショップ 「West Elm」と提携し、リアル店舗での体験の提供を開始。同時に、ドイツ・スイス・オーストリア・カナダおよびフランスへの事業展開を開始。(参照)
2017 年 5 月には、米大手スーパー Target が $10 億ドルでの買収を検討するも断念、代わりに投資を行い、また Casper 製品を店頭で取り扱うとの報道がなされる(記事 1/2/3)
In 2017, retail giant Target reportedly looked into buying Casper for $1 billion, but instead invested a reported $75 million in the company and started selling Casper products in its stores.
"(意訳)2017 年、米大手スーパー Target は Casper 社を 10 億ドルで買収とのオファーをしたものの、決着はつかず代わりに 7500万ドル の投資を行うことで着地。同時に Casper の製品が Target で購入できるように。"
日本との比較が難しいですが、Target と言えば、「安売りスーパー」のイメージが強く、日本で言えばドンキホーテがイメージしやすいかも(適当)。
また、ちょっと正確な時期は不明ですが、2018 年 8 月段階で執筆されたこの記事ではその段階で既に、Amazon および米系老舗デパート「Nordstrom」で Casper マットレスが取扱いされていると書かれています。
04# 成長とマーケットシェアにフォーカスし、苛烈な広告展開を行う成長期
Casper は、2014 年の立上げ当時から、多くの VC に支えられた他のスタートアップもそうであるように、トップラインの成長およびマーケットの中でのシェアをいち早く築くことにフォーカスし、地盤を固めてから利益追求に転換する戦略をとり、利益よりも売り上げを追求して莫大な広告費を投下しています。
前記事 で取り上げた通り、実に 180 社近くもの競合が参入し過熱しているマーケットの中で頭ひとつとびぬけるために、同社は 2018 年は実に 1 億 600 万ドル (約 120 億円)をセールスおよび広告費に投下、直近 3 年の合計額は 4 億ドル (約 440 億円) にまでのぼっています。
この記事より抜粋 :
It blankets billboards, taxis, and subways in major cities with ads, and has also invested in national TV, radio, and podcast ads. It has also spent money making sure that it has favorable reviews on mattress blogs,
(意訳)屋外広告、タクシー広告、主要都市における地下鉄広告、テレビ広告、ラジオ、Podcast 広告等、ありとあらゆる広告を展開。更にはマットレスレビューサイト等にも資金を投下、自社に有利なレビューが展開されるようにした。
他サイトを参照すると、一マットレスあたり $50~$60 ドルのキックバックを提供するアフィリエイト・マーケティングも行っていた時期があるよう。また Casper に対して否定的な評価をしている複数のレビューサイトを提訴、かなり泥沼の裁判にもなっていたようです。
05# 更には、自社での実店舗展開を開始
2020 年 2 月についに IPO を行った Casper 社。先だって提出された S-1 では「既に実店舗を 60 店舗展開。200 店舗を目指す。」とあります。以下にちょっとイメージしやすいように S-1 からの画像を転載。
実店舗の様子(from S-1)
展開エリア (from S-1)
個人的にも、いかに D2C マットレス業界の盟主であろうと、実際に触って寝てはじめて価値を理解できるマットレスの特性からして、返品プロセスを面倒くさがる「どうしても試してから買いたい」層は一定以上は存在するはず。(n=1 で僕。この記事によると 95% 以上のユーザー)
僕も実際に Casper の直営店に行きました。
ただし、多くの人は想像がつくと思いますが、これは同時に、この戦略がうまくいかなかった場合に大きな負債として乗しかかってくるはずで(そもそも D2C とはこうした実店舗の経費を圧縮できるのが強みのひとつだったはず…)この戦略がどう帰結するかは個人的にも興味深いです。
上述記事によると、2016 年には 15 都市でのトラックを使った Mobile Nap ツアーや、2018 年には 「The dreamery」というキャンペーン($25 を払って専用のパジャマとマスクで 45 分の睡眠を体験できる)などを展開しているようです。
Mobile Nap の光景(参考)
06# IPO 後、マーケットに広がる不信感
猛烈なグロースで華々しい IPO を遂げるかと思えた Casper 社。しかし、ここに来てその華々しさに陰りが見えるとされています。
01. 売上が成長していても、縮小しない赤字幅
前記事で調べた売上額に収益額を追加してみました。成長額の伸びに対して赤字幅の減少がそこまで進んでいないことがわかります。
内情をまったく知らないので、ここではあまり「こうだ」と書けるような知識は持ち合わせていませんが、この状況はマーケットから厳しく見られているようで、株価は下がり続けており、ピーク時に比べて - 60 % となっています。
02. 以前として成長しつつも減速しはじめているトップライン
投資家の間でもう一つ、懸念されはじめているのが減速しはじめているトップラインのようです。依然として二桁成長ではあるものの、両雄ならびたつ Purple 社に対しての成長の鈍化は否定のしようがありません。
「二桁台成長って十分じゃないのか…」と個人的には思ってしまうのですが、Purple 社の猛烈な追い上げは懸案材料となりそうなのは確かに。
03. 参入する競合、激化するユーザー獲得費、既に利益を得ている競合
前記事 にてより詳細に取り上げましたが、D2C マットレス業界は参入障壁が低く、雨後の筍のように競合が乱立しています。
こうなると、オンライン広告でのユーザー獲得費がうなぎのぼりになり、札束の叩きあいになるのは目に見えていて、こうした先行き不透明な状況をどう打破していくのかは気になるところではあります。
また、この記事 によると同じマットレス業界でも Purple 社のように黒字化している競合があるため、Casper 社に対する不信感が募っているのもなるほどではあります(このあたり素人なので、是非間違っていたらご教示ください。)
07# 「スリープ・エコノミーの旗手」を体現してマーケットの不安を払拭できるか
こうしたマーケットからの不安材料に対して、IPO に先だってファイルされた S-1 では繰り返し「Sleep Economy (スリープ・エコノミー)」というキーワードが繰り返されています。
「我々は単なるマットレスカンパニーではなく、睡眠に関するすべての経済にタッチすることを狙っている」
という意思表示が見て取れ、実際にそうした動きが同社の動きに現れてはいます。マットレスのみならず関連プロダクトへの展開や、大麻成分入り睡眠導入剤、更にはまた噂話程度のようですが、フィットネス業界への参入検討をしている?といった話もいくつかの記事で見かけました。
個人的には、そうした多角化戦略でどこまでユーザーの生活に対して浸透していけるのか、は注目ポイントかなぁと思っています。
08# まとめ
やるつもりの無かった業界分析にまで手を出してしまいましたが、Web UIUX の戦略分析も含めて計 3 記事(後 2 記事公開予定)を書きました。マットレス。僕の生活の一部でしかなかったものに対して、ここまでのリサーチをするとは思わなかった…
Casper 社の財務分析や、「こらあかんやろ、うまくいかへんで」といった、これより圧倒的に専門的な分析記事も note 上にたくさんあがっているので、気になった方は是非検索してみてください。
日本でのマットレス業界の戦いはどうなっているんだろうな、という疑問がふと頭をもたげましたが、マットレスはもうおなか一杯なのでこれ以上のリサーチはしたくない。けど、是非やられた方がいらっしゃいましたら Twitter 等にてご教示いただけましたら幸いです。めっちゃ読みたい。
09# 次回予告
次回、シリーズ最終回の記事は以下からどうぞ:
マットレス編は一旦締めにしたいと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。どなたかの参考になっっていれば、本当に嬉しいです。
お断りとお願い
本稿および note の全記事は個人的な解釈に基づいたもので、所属していた/している会社の意向・見解とは一切関係ありませんので、その旨ご理解いただけますと幸いです。
恐縮な事に時々サポートを頂くので……頂きましたサポートはある程度の時点でコロナで被害を被っている業界への寄付に使わせていただこうかなぁとぼんやり考えています。また気が向いたらご訪問いただければ嬉しいです :-)