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「すべて真夜中の恋人たち」を読んで

“人と言葉を交わしたりすることにさえ自信がもてない。誰もいない部屋で校正の仕事をする、そんな日々のなかで三束さんにであった”

ラストに胸がぎゅぅっとなるストーリーでした。学生時代から一人でいることが多く、ぼけっとしてて周りからイラつかれしまうようなタイプの冬子が三束さんと出会い、不器用な二人がゆっくり、ゆっくり、距離を縮めていく、そんなお話です。

大きな事件は起こりません。ただ表現がとても丁寧で綺麗です。音楽や、風景や、三束さんのことを考える冬子の頭のことを、私も一緒に見たり聞いたり体験したりできました。

ひとつひとつの音の輝きを指のはらでそっとなで、それを連ねて首飾りにして胸にかけ、それからその光の輪を両手でにぎって足を入れて何度も何度もくぐりぬけ、おおきく息を吸いこめば透きとおってしまった胸がまるで何万光年もむこうの星雲を飲み込んだようにうっすらときらめいているのがみえた。

これは冬子が三束さんにもらったアルバムを聴いている場面。光の感触にみちたメロディを冬子はこんな風に感じ取る。私も冬子と同じように、三束さんを想いながらそのメロディを聴いている気分になれました。

冬子と同じ感覚を味わいながら物語を読み進めていくと、二人の距離が縮まっていくのと同じように、少しづつ成長していく、変わっていこうとする冬子を心から応援してしまいます。今まで傷つくことを恐れ、自らの意思で選択してこなかった自分。それを認め、そんな人生の中で初めてできた大事なこと。なくしたくないもの。そのために必死に勇気を振り絞る冬子の姿にすっかり感情移入してました。

やって後悔するかも、そう思いながらも勇気を持って行動する冬子。それを優しく温かく受け止めてくれる三束さん。なんて素敵な二人なんだと思わせてくれます。

ただ、後半二人の距離が縮まっていくにつれ、そこ三束さんから言ってくれないの?やっぱり冬子から切り出すの?と疑問に思う場面も出てきます。そんな疑問の答えも、ラストに明らかになります。

ハッピーエンドではないものの、この経験を通して冬子が初めて自分で言葉を生み出した瞬間。切ないけれど、この経験は明らかに冬子にとって大事なものであったことを感じるラストでした。ラストを読み終わってから、1ページ目に戻って、今まで読んできたページをめくり返したくなる、そんな素敵な小説でした。

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