心から素敵だと思った、ある営業マンの話
営業の面白さと素晴らしさを知ったのは、営業を始めてから5年が経った頃だった。
当時、わたしは「家庭用のエアコンを、見ず知らずの工務店に売る」という仕事をしていた。いわば新規開拓である。
結果的にたくさんの工務店と取引を始めることができ、めでたしめでたし。
という話は以前に書いた。
そのときに出会ったお客様の中に、とびっきり素敵なN部長という方がいた。
N部長はとある工務店の営業部長で、とても人柄のいいおじさんだった。
たまにいる、見た瞬間にいい人だとわかるほどのいい人。
口調も穏やかで、エンドユーザーさんに対してはもちろん、わたしのような二回り以上も年下の若造に対しても、その丁寧さは変わらなかった。
ただ一つ、N部長の持ってくる仕事には致命的な問題があった。
毎度、現場がトリッキーすぎるのである。
少しだけ専門的なことを書くと、エアコンを取り付ける際には室内機の真裏に室外機が置ける状態が望ましい。
ところが、N部長が持ってくる案件のほとんどがその条件から外れており、室内機と室外機をどうやって繋ぐべきか、まったく検討がつかない現場ばかりだった。
実際、エンドユーザーさんが家電屋さんに下見に来てもらっても
「付けられません」
と断られていたらしい。
そんなことは知らずに新規営業をかけてしまったわたしは、N部長と一緒に訪れた初めての現場で
これ、どうするよ・・・と唖然。
エンドユーザーさんいわく複数のメーカーや工事会社に「施工不可」と言われてしまい、半ば諦めているとのこと。
「やっぱり無理ですよね・・・Nさん、だから言ったじゃないですか!」
ユーザーさんに責められるN部長が、捨てられた子猫のような目でわたしを見ていた。
しかたない。
一本の電話をかける。
かけた先は、元エアコン工事屋の頼りになる先輩。
「屋根裏しかないなー」
「点検口つくるならここかなぁ…」
テレビ通話機能を使って相談し、限られた可能性を探しだす。N部長とお客様に、その方法を提案する。
エアコンはどうしても建物を傷つけるし、見栄えも悪くなる。
したがって、このようなトリッキーな工事をする場合は工務店の協力が欠かせないのだが、N部長は最上級に協力的だった。
N部長はわたしの提案をしっかりと理解するまで質問してくれて、自分の言葉でエンドユーザーさんにちゃんと説明していた。
その姿勢はまさにプロだったし、本当にいい仕事がしたい人なんだろうなーと、こういう人がお客さんに好かれるんだろうなと思った。
迎えた7月某日。
無事、取り付けが終わりエアコンから冷たい風が流れた。
「嘘みたい!だって、もう諦めてたんだもの!」
かかった工事費は、通常の3倍以上。N部長がいくらで提示したのかは知らないが、けして安くはない額だっただろう。
にもかかわらず、ユーザーさんは何度もお礼を言ってくれた。
しかし、それはわたしのおかげではない。
見ず知らずの飛び込み営業マンを無視することなく、人の声に耳を傾けるN部長があなたの担当者だったから、あなたの家に冷たい風が吹いたのだ。
「いやぁ、助かりましたよ」
そんな風に労ってくれたN部長。
その後も関係は続き、他の営業マンもたくさん紹介してくれた。
「いつも大変な現場でごめんね」
それがわたしの仕事なのでまったく構わないのだが、必ず現場に立ち会うN部長こそ大変なんじゃなかろうか。
そうして数年がたち、わたしは次の活躍の場所を求めて会社を去った。
最後の挨拶のときまで、丁寧だったN部長。
素敵な人と出会うことができるのも、営業の醍醐味かもしれない。
✏️___________
わたしが退職してから、2年の月日が経った。
先日、法事で札幌に帰った際に、仕事を引き継いでくれた元エアコン屋の先輩と話す機会があった。
「そういえばさ、N部長亡くなったって」
は?え?嘘でしょう?
詳細はわからなかった。ただ、わたしと仕事をしていた当時、たまに長いお休みをとっていたことを思い出した。
「たいしたことないんだけどね」
いや、たいしたことあったんじゃん。
どうして、いい人ほどすぐに逝ってしまうんだろう。
エビデンスがあるわけじゃないけど、そんな気がしてしまう。
N部長と一緒に仕事をしたのは3年足らずのことで、現場で会ったのは多く見積もっても20回くらいだろうか。
たった20回しか会うことがなかったけれど、N部長の柔らかい物腰とお客様に一生懸命に説明する姿は、今でもわたしの脳裏にしっかりと焼き付いている。
#セールス
#Vol_3
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